奥野一成のマネー&スポーツ講座(38)〜バブル期以来の株高

 昨年度から始まった高校生向けの投資教育。集英高校の家庭科の授業で生徒たちに投資について教えている奥野一成先生は、野球部の顧問も務めている。その奥野先生から、練習の前後などに、経済に関するさまざまな話を聞いているのが3年生の野球部女子マネージャー・佐々木由紀と新入部員の野球小僧・鈴木一郎だ。

 前回は、企業への就職の話から始まって、テーマは「転職」に。実際に転職をするのかどうかは別にして、「いつでも転職できるだけの付加価値を高めておく」ことがいかに重要かという話を聞き、深くうなずくふたりだった。

 ここ何回か、大学生を念頭に置いた就職や収縮活動の話が続いた。人気企業ランキング、売り手市場と買い手市場、企業訪問、実際に就職してからの働き方......特に3年生の由紀には、あと数年したらふりかかってくることだけに、他人事ではいられなかった。

 そしてその間も、現実の経済は動いている。奥野先生の話を聞いているうちに、練習前の野球部室ではこんな会話も繰り広げられるようになっている。

由紀「『株価がバブル崩壊後の最高値』って、結構大きいニュースになっているわね」
鈴木「バブルって言われてもよくわからないんだけど......。テレビでバブルの話になると、いつも壇の上で派手なカッコのお姉さんたちが踊りまくっている映像が出てくるんだけど、あれは何を意味しているんでしょう」
由紀「私たちが生まれるずっと前の時代だからわからないけど、経済が実態よりも高く評価されたことで、株や不動産の値段が上がって、景気が過熱した時代だった......という説明を聞いたことがあるわ」

 部室に入ってきた奥野先生が「だからその泡(バブル)が破裂すると、株も不動産も急激に下落した。これが『バブルの崩壊』で、今から30年も前の出来事だね」と、説明を加えた。

鈴木「じゃあ現在の株高というのはどういうことなんだろう」
由紀「これまで先生からうかがってきた株式投資の話とどうつながるんですか?」

【バブルとは?】

奥野「株式投資についての格言に、こんなのがあるんだよ。『強気相場は悲観のなかで生まれ、懐疑のなかで育ち、楽観のなかで成熟し、陶酔のなかで消えていく』。

 ジョン・テンプルトンさんというアメリカの投資家が言ったことで、彼はファンドを設立して大勢の人たちのお金を運用していたんだ。日本がまだ高度経済成長期に入る前から、日本企業の株式に投資していたなんていう話もあって、投資に興味を持った人ならきっと、彼がこの世に残した投資格言のうちのひとつぐらいは耳にするだろうね。

 テンプルトンさんが残した格言は他にもたくさんあるんだけど、これを持ち出したのは、今の株式市場がこの4つの段階のどこに位置するのかを考えてもらうためなんだ。

 さっき、鈴木君も言っていたけど、壇上で女性が派手な服装で踊っていたのは、1991年から1994年にかけてのこと。株価は1989年12月をピークにして下がり続けていたんだけど、まだこの時期はバブルの残滓があって、日本は結構、元気だったんだ。そして、お立ち台の上で派手なカッコをした女性が踊っていたのは、まさに『陶酔』の最後の局面だったのかもしれない。ここから日本経済は急速に冷え込んでいく。そういう時代だったんだよ。

 だから、もし株式投資をしているのであれば、今はこの4つの局面のどこにあるのかということを、常に意識したほうがいいだろうね。

 たとえば日経新聞などで毎日のように『株価が高値を更新』という見出しが続いている時は、株価に対する見方は楽観的。そのうち『もう何でもいいから買うしかない』『今、株式を買わない人はバカだ』くらいの声があちこちから聞こえてくるようになると、これはまさに陶酔の局面に入っていて、やがて株価は下落に転じていく。

 現在の株式市場は、まだそこまでは行っていないだろうけどね。

 その続きを言うと、株価が底なしのようにどんどん下がると、もう悲観的な声しか聞こえてこなくなる。『買っても、もっと下がるかもしれない』という、恐怖に似た感覚に支配されて、誰も買わなくなってしまうんだ。総悲観状態だね。

 でも、面白いもので、こういう総悲観局面のなかに、強気相場の種が生まれてくるんだ。何だか理由はよくわからないけれども、株価が大きく下がらなくなり、ジリジリと値上がりする動きすら出てくる。こういう局面の時に株式を買うと、その後の上昇局面を大きく取れることもあるんだ」

鈴木「なんだか簡単そうですね、今がその4つの局面のどこなのかを見極めればいいだけなら」
由紀「これまでは悲観的な感じだったから、今こそ株式に投資するチャンスということですか」

【株価の上げ下げを捉えるのは難しい】

奥野「残念ながら、そう簡単に今がどの局面にあるのかを当てることはできないだろうね。皆が悲観的だから、『そろそろだな』と思って買ったら、まだ下がったなんてことも結構あるからね。

 現在の株価がどうなのかということになると、6月19日に日経平均株価で3万3772円をつけた後、3万2306円まで下げて、3万3762円まで戻したものの、再び下げて7月10日が3万2065円だった。この動きを見て、懐疑的な見方をする人もいるようだから、まあ、『このなかで徐々に上昇する芽が育つのかな』なんてことを考えるのもいいんだけど、本当に育つかどうかは、まだわからない。

 要するに、今の株価の動きを見て、皆が悲観的なのか、懐疑的なのか、楽観的なのか、それとも陶酔状態なのかを当てようとしても、ほとんどムダだということなんだ。そんなことに時間を使うなら、淡々といい会社を見極めることに時間と労力を注ぎ込んだほうが、いいんじゃないかな。

 投資家にはいろいろなタイプの人がいて、株価の上げ下げを上手に捉えて売買を繰り返す人もいれば、ひたすら企業価値に着目して、成長する会社の株式に長期投資をする人もいる。

 どっちが正解とは言えないのかもしれないけど、株価の上げ下げを捉える、つまりタイミングを捉えて利益をあげるというやり方は本当に難しくて、たいがいは外れてしまう。そもそも買いや売りの最適なタイミングがわかったら、投資する会社を選ぶ必要がなくなるよね。多くの人はタイミングがわからないから、いい会社を必死に探して投資するんだ。

鈴木「先生が言ういい会社ってどんな会社なんですか」
由紀「そういう会社が見つかったとして、それに投資する時も、タイミングって大事なんじゃないですか」

奥野「いい会社というのは、ちゃんと利益を上げて、しかもその利益を将来にわたって、しっかり増やしていける力を持っている。確かにその時々で株価は上がったり、下がったりを繰り返すけれども、そういう会社の株式を持っていれば、長期で見れば、右肩上がりで上昇トレンドを描いているものなんだ。

 だからそういう会社に投資する時は、タイミングをはかる必要なんて一切ない。『今、なんだか盛り上がっているから投資しよう』などと慌てて行動に移す必要もまったくない。じゃあ、どうやって投資すればいいのかというと、タイミングなんか無視していいから、淡々と積立投資をするのが一番だね。

 もし手元にまとまったお金がないなら、毎月のお給料の一部で、いい会社の株式を少しずつ買っていく。500万円くらいのまとまったお金がある場合、まずは5年〜10年で積み立てるとして、年間50万円〜100万円、月間4万円〜8万円という計画を立てて、相場にかかわらずコツコツと積み立てを開始するんだ。その5年〜10年の間には、必ず「リーマンショック」「コロナショック」のような暴落が起こるので、その時に積立額を増加する、あるいはまとまったお金で買う、そんな感じじゃないかな。

 今まではデフレと円高の時代が続いていたから、なんとなく円の預貯金をしているだけでも、そのお金でモノを買う力は強くなっていった。だけどこれからはインフレと円安の時代になる可能性が高いので、そのような考え方だと、資産の価値がどんどん目減りしてしまう。

 円安になったら、同じ1万円で交換できる外貨の額は減ってしまうから、海外旅行に行った時、円高だった時に比べると贅沢ができなくなってしまうし、もしインフレが進んだら、同じ1万円で購入できるモノの数量も減ってしまう。言い方を変えると、円の現金だけじっと握りしめていると、どんどん貧しくなってしまうんだ。

 そういう時代がこれから来るとしたら、円の現金なんて最低限の金額だけを持っていればいい。

 それよりも、海外の市場で活躍している日本企業の株式や、世界的に有名なアメリカ企業の株式に投資したほうが、20年後、30年後を考えた時には、はるかに自分のためになっていると思うよ」

奥野一成(おくの・かずしげ)
農林中金バリューインベストメンツ株式会社(NVIC) 常務取締役兼最高投資責任者(CIO)。京都大学法学部卒、ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士(Master in Finance)修了。1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。2014年から現職。バフェットの投資哲学に通ずる「長期厳選投資」を実践する日本では稀有なパイオニア。その投資哲学で高い運用実績を上げ続け、機関投資家向けファンドの運用総額は3000億円超を誇る。更に多くの日本人を豊かにするために、機関投資家向けの巨大ファンドを「おおぶね」として個人にも開放している。著書に『教養としての投資』『先生、お金持ちになるにはどうしたらいいですか?』『投資家の思考法』など。『マンガでわかるお金を増やす思考法』が発売中。