(写真: EKAKI/PIXTA)

「健康で幸せな人生を送るために必要なのはよい人間関係だ」とハーバード大学が84年にわたり2000人以上を追跡調査した研究で判明した。しかし一口に「よい人間関係」といっても、自分のまわりにどんな人がいて、その人たちに自身がどのようなことを与え、与えられているか、じっくり振り返ることはあるだろうか。自分がどう人間関係築いているか、どう感じているかを把握することがすべての基礎になる、と本研究を基にした書籍『グッド・ライフ 幸せになるのに、遅すぎることはない』の著者はいう。同書から一部抜粋・再構成して、人間関係を振り返る方法を紹介する。

自分の人間関係を振り返る質問

人間は社会的な生き物だ。つまり、生きるのに必要なものをすべて自分ひとりで手に入れることはできない。他者がいなければ、秘密を打ち明けることも、恋をすることも、教えを受けることもできないし、大きなソファを動かすことすら不可能だ。

人は交流し合い、助け合うために他者を必要とするし、他者とつながり、他者に支えを与えることで幸せを感じる。与え、与えられるプロセスが、有意義な人生の基礎になる。自分の人間関係全体をどう感じているかは、他者から何を受け取り、他者に何を与えているかに直結している。

本研究では、長年にわたり、被験者に他者からのさまざまな支えについて尋ねる質問を行ってきた。代表的なものを見てみよう。

・夜中に不安で目が覚めたとき、電話するとしたら誰ですか?
・危機に直面したときに、頼りにするのは誰ですか?

安全と安心を与えてくれる関係は、人間関係を構築していくにあたっていちばんの基礎になる。この質問に対して具体的な人物をリストアップできた人は、とても幸運だ。安心できる関係を育み、大切にすることは何よりも重要だ。ストレスの多い時期を乗り切り、新しい体験に乗り出す勇気を与えてくれる関係だからだ。人生がうまくいかないときでも、こういう人たちに頼れると思えることが大事だ。

・自分が新しいことに挑戦したり、チャンスに賭けてみたり、人生の目標を追い求めるときに、応援してくれるのは誰ですか?
・自分のことを、何もかも(あるいはほぼすべて)理解しているのは誰ですか?
・落ち込んでいるときに電話して、自分の気持ちを率直に話せる相手は誰ですか?
・困ったときにアドバイスを求め、そのアドバイスを信頼できる人がいるとしたら、誰ですか?あなたを笑わせてくれる人は?
・あなたが映画やドライブに誘う人は?一緒にいるとリラックスして心が落ち着き、絆が感じられる人は?

自分が目指したい方向が見えてくる

このエクササイズは、レントゲン検査のようなものであり、人間関係が織りなすソーシャル・ユニバースの表に現れないものを見るのに役立つツールだ。ここに挙げた支えのすべてが自分にとって大事なわけではない、と思う人もいるだろう。

その場合は、大事だと思う支えについて、十分な支えが得られているかどうか振り返ってほしい。人生に何らかの不満がある場合、この表において欠落している項目と一致していないだろうか? 浅い付き合いの知り合いならたくさんいるが、いざというときに心の底から頼れる人がいないことに気づくかもしれない。あるいはその逆かも。

欠落している部分が判明したり、結果に驚いたりするかもしれない。助けを求められる相手が1人しかいないこと、近くにいて当然だと思っている人が安全と安心をもたらしていること、思いがけない人が自分らしさを肯定するうえで重要な役割を果たしていることに初めて気づくかもしれない。

筆者の2人は心理学や精神医学の専門家だが、このやり方で自分の人生を見つめ直すとなると、相当の集中力が必要だ。実際にやってみて、そう痛感した(学会の歓談タイムでも同じ感想をよく耳にする)。

こうした振り返りを行うだけでも自分が目指したい方向が見えてくるが、行動を変えたい部分がわかったとしても、最初の一歩を踏み出すのはそう簡単ではない。

人間の動機づけは、それだけで1つの研究分野があるほど大きなテーマだ──人が決断を下す理由は何か。行動を変える人もいれば、どうしても変えられない人もいるのはなぜか。この研究分野は広告業界で人気が高い。消費者の購買意欲を刺激するのに利用できるからだ。だが、自分のやりたいこと──例えば、人間関係の改善に向けて一歩を踏み出す──に向かって自分で自分の背中を押すためにも使える。

人間関係の改善に向けて、心に留めておくと役立つ基本ルール

ここではすぐに実践できる方法と、心に留めておくと役立つ基本ルールを見ておこう。

まず、順調な関係に注目しよう。いちばん始めやすい関係だからだ。元気をくれる関係に目を向け、こうした関係の長所をさらに高め、確実にする方法を考えよう。相手に心からの感謝を伝え(態度で示すのも大事!)、その理由も伝えよう。すでに生きる力を与えてくれている関係なのだから、今までの2倍感謝しても損はない。順調な人間関係であっても、停滞を感じる部分やテコ入れの必要な部分があるものだ。良好な関係であっても、マンネリ化することはよくある。そういうときは、何か新しいことを試すべきだ。

次に、元気をもらえる関係と消耗する関係を分ける線上に位置する関係について考えてみよう。少し刺激を与えて、今以上に元気をもらえる関係にする方法はないだろうか。ちょっとした変化によって、積み重なっていた小さな心の負担が軽くなることもある。

消耗すると感じる関係については、もっとじっくり振り返る必要があるだろう。普段は連絡しない相手に連絡したり、メールやメッセージを送ったり、会う計画を立てたり、イベントに誘ったりするなど、思い切った行動をとる必要もあるかもしれない。最近口論したとか、嫌味を言ってしまったなど、2人の間のわだかまりに対処することになるかもしれない。

その場合、非常に大事なポイントがある。それは、実際に連絡を取り、カレンダーを引っ張り出し、夜の予定を空けて、会う計画を立てることだ! できれば定期的に会う計画にしよう!

いちばん良好な関係すら、付き合い方のマンネリ化のせいで以前のように元気をもらえなくなっていることに気づくかもしれない。そこで、筆者らが研究と臨床の両方を通して見つけた、生き生きとした関係を取り戻すための効果的な人付き合いの原則を紹介する。

提案1 寛大になる

人間関係への無力感や絶望感への対処法の1つは「自分がしてもらいたいことを相手にする」という考え方だ。相手の自分に対する関わり方は変えられなくても、自分が相手にどう関わるかは変えられる。自分が受け取れていない支えはあるかもしれないが、自分がそれを他者に与えられないわけではない。

他者を助けることは、その人自身の利益になる。寛大さと幸福の間には、客観的かつ直接的な関係がある。神経科学や実際の行動の面からも説明可能だ。寛大な行動は、脳内にいい気分を生み出すし、いい気分になれば、また他者を助けようという気持ちになりやすい。寛大さは心の上昇スパイラルを生む。

人間関係がもたらす支えに関する質問にもう一度立ち返り、自分に正直になり、逆の立場から答えてみよう。自分はそうした支えを他者に与えられるだろうか? もしそうなら、誰に対して? もっと支えたい相手はいるだろうか?

他者との関わりをするうえで大切なのは?

提案2 新しいダンスのステップを習う

何ごとも、繰り返し練習すれば上達する。自分のためにならないことでさえ、気づかないうちにうまくできるようになってしまう。

他者との関わりは人の感情を強く揺さぶる。人との交流はうれしいことや人生の意味をたくさんもたらすが、失望や痛みをもたらすこともある。私たちは愛する人に傷つけられる。相手に失望させられたり、捨てられたりしたときには、心に鋭い痛みを感じるし、相手が亡くなれば大きな喪失感を覚える。

人間関係のネガティブな側面を避けたいという欲求は、合理的だ。だが、他者との関わりから何かを得たいならば、ある程度のリスクは受け入れなければならない。また、進んで不安や恐怖の先にあるものに目を向ける必要がある。

提案3 好奇心を強くもつ

人間関係での苦労と、人生の他の面での苦労は、原因が同じである場合が多い。つまり、自分のことばかり考えすぎているせいだ。自分がうまくやっているかどうか、望んだものを手に入れられるかどうかを心配する。自分のことに執着しすぎると、他の人の人生に考えが及ばなくなる。

よくある落とし穴だが、避けられないわけではない。人が本や映画から新しいことを学ぶときには好奇心を発揮するが、好奇心はごくありふれた日常の人間関係の改善にも役立つものだ。

他者への強い好奇心がもたらすもの

自分が二の次になるほどの、他者への強い好奇心には、生きる喜びをもたらす力がある。慣れていないと最初は戸惑うかもしれないし、努力も必要だ。他者の人生に対する本物の、深い好奇心は、大切な人間関係を育むうえで大いに役立つ。

好奇心が会話の幅を広げ、相手の知らなかった面が見えてくる。すると相手も、理解されている、認められている、と感じる。まだそれほど深まっていない関係の場合も、好奇心は重要だ。思いやる気持ちを伝え、結ばれたばかりの脆い絆を強くしてくれるからだ。

絶えず人に声をかけ、相手の話や意見を上手に引き出す人が、あなたの周りにもいないだろうか。この手の人がたいていいつも上機嫌で元気いっぱいなのは、偶然ではない。他人に積極的に関わることは予想以上に私たちの気分を改善し、幸せにしてくれる。


「この人はどんな人で、何を大切にして生きているのだろう?」とわざわざ考えてみること。そうすれば、質問をし、答えに耳を傾け、自然に会話に乗っていけるはずだ。

何よりも重要なのは、好奇心をもつことが他者とのつながりを深くし、そのつながりが自分の人生への関わり方を深めてくれる点だ。心からの興味や関心をもてば、相手は心を開いて話してくれるし、だから相手への理解も深まる。

このプロセスは、関わっている人全員を元気にする。相手にちょっとした興味をもって一言声をかけることが、新たな喜びや新たなつながりを生み、新たな人生の道が始まる。

寛大さと同じく、好奇心も心の上昇スパイラルを生むものだ。

(ロバート・ウォールディンガー : ハーバード大学医学大学院・精神医学教授)
(マーク・シュルツ : ハーバード成人発達研究副責任者)