アウディのBEVの助手席から屋久島の景色を望む(筆者撮影)

離島でのBEV(バッテリー電気自動車)普及が、地域社会にとって最適解なのではないか。この命題を、鹿児島県屋久島を訪れて考えてみた。

ガソリンやディーゼル燃料を島外から輸送するためにクルマの維持コストが高い離島では、暮らしの中で使う電気でクルマを走らせることがベターチョイスではないか。


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離島では、自然環境保全の観点からも走行中の実質的なCO2排出量がゼロであるBEVがマッチしているのではないか。さらに、再生可能エネルギーによる地産地消のシステムが構築できないか。

このような発想のもと、離島では国が主導してBEVの実証実験を行ったり、また県と連携してBEV普及に向けた活動をするなど、さまざまな試みが2010年代から行われてきた。

だが、そのほとんどがいわゆる“実証のための実証”で終わってしまったり、自治体・企業・個人のBEV所有が若干増えた程度にとどまったりと、島をあげて一気にBEVシフトが進んだ事例はこれまで存在しない。

そうした中で、島で使う電力の99.6%を水力発電が担う屋久島ならば、BEVシフトが順調に進む可能性があるのではないか。そんな期待を抱いて、屋久島に向かった。

「ひと月に35日雨が降る」と言われる所以

九州本土から約60km、鹿児島空港から約30分。いわゆる兄弟島である種子島や、屋久島町内である口永良部島(くちのえらぶじま)とともに大隅諸島を形成する“南の島”だ。周知のとおり、日本で初めて世界自然遺産に登録された地である。


屋久杉の生態を感じることができる「ヤクスギランド」にて(筆者撮影)

屋久島町 観光まちづくり課 地域振興係が作成した「屋久島町 移住定住ガイドブック」を見ると、その中に「数字で見る屋久島」というページがあった。抜粋すると、以下のような数字が並ぶ。

・島の面積は541km2で東京23区(627 km2)より少し小さい
・人口密度は23.9人で東京23区(15386人)と比べると「自然を広々楽しめる」
・平均気温は19.9度(東京:16.6度)
・年間降水量(島全体で)は4265mm(東京:2053mm)
・子ども比率は14.64%(東京:11.2%)「子どもが多いのに待機児童ゼロ」
・地震は「10年間でたった20回」(東京:139回)

島周辺は黒潮が流れ、島中央部には九州地方で最も標高が高い宮之浦岳(1936m)がある。黒潮が運ぶ暖かく湿った空気と標高の高い山々と気象の関係から、多くの雨が降るのだ。山間部の年間降水量は、8000mmから1万mmに達する。

作家の林芙美子氏は小説『浮雲』の中で、屋久島は「ひと月に35日雨が降る」と表現したほど。

最近では、屋久島は「脱炭素に一番近い島」とも呼ばれる。鹿児島県地球温暖化対策室が作成した、屋久島を対象とする冊子の表紙にもそう記されていた。

冊子では「CO2フリーの島づくり」という観点で屋久島を紹介している。例えば、標高500m以上に自生し、推定樹齢が1000年以上で保護区原生林にある「ヤクスギ」。中でも「縄文杉」や「白谷雲水峡」が、人気観光スポットとして名高い。また、建築物やお土産品などには、戦後に植林された「地杉(じすぎ)」が用いられている。こうした杉の森林がCO2を吸収する。


2019年5月に完成した屋久島町役場の新庁舎も屋久島産の木材をふんだんに使う(筆者撮影)

そして、改めて日本全国から注目されているのが、屋久島の水力発電だ。超高雨量という自然環境を生かし、町で使われる総電力のなんと99.6%を水力発電が担っている。残りの0.4%については、災害時等でのバックアップ電源として、重油による火力発電等がある。

水力発電を行うのは地元の電熱化学工業

島の水力発電は、民間企業の屋久島電工が維持・管理をしている。だだし、同社の主業は発電事業ではない。約170名の従業員のうち、水力発電に係わる人員は約20名にとどまる。

事業の中心は、電熱化学工業だ。主な製品は、炭化ケイ素(SiC)。同社では「ダイヤシック」というブランド名で販売している。

SiCは高温での耐熱性に優れ、シリコンと比べて3倍程度の熱伝導性と、ダイヤモンド等に次ぐ高い硬度を持つ。ディーゼル車の排ガス処理フィルターや半導体製造装置の構成部品などの原料に用いられ、BEV向けなどのパワー半導体への対応から今後、需要が高まることが期待されている。


安房川第二発電所にある、水力発電所のすべてを管理・制御する機器(筆者撮影)

こうしたSiC製造には自社で大量の電力を必要とするため、水力発電設備を自社で運用しているというのが、屋久島電工の実態だ。

それでは、なぜ屋久島電工が屋久島全体の電力を賄うことになったのか。かつて島の各集落には、重油を燃料とする小型発電機があった。それが、昭和30年代に入り、家電の需要が増えたことや、発電機が老朽化したことで新たな発電システムの必要性が高まっていった。

そこで、屋久島の地元企業である屋久島電工が「地域発展に貢献する」という会社設立理念に基づいて、「いち製造業者として屋久島全島の電力供給義務はない」としながらも、公共的視野にもとづいて島を支えることになったという経緯がある。

電力供給システム全体についても、めずらしい形式をとっている。島内を4つのエリアに分けて、上屋久町電気施設協同組合、種子屋久農業協同組合、安房電気利用組合、そして九州電力のそれぞれが、屋久島電工から電気を購入して各エリアに配電している。

まさに、島で暮らす人々がエネルギーに対して「助け合って生きている」と言える。

インクラインに乗って発電設備を見学  

実際に、水力発電の現場を巡った。まずは、1963年に完成した尾立ダムだ。この尾立ダムは、1952年から島で最も水量が多い安房川(あんぼうがわ)水系を開発して作られたもので、標高は約600m。このあたりで、年間降水量は7000mmを超える。


インクライン(傾斜鉄道)乗車時の様子(筆者撮影)

担当者は「年間を通じて水がなくなることはまずない。水力発電所は初期投資が大きく、その後は維持・管理が主な仕事。ここは山岳地帯なので、電線にかかる木の伐採などの小まめな手入れが必要」とダム事業の全容を語る。

発電所は、安房川第一発電所、千尋滝発電所(現在は豪雨災害の影響で休止中)、安房川第二発電所の3カ所。尾立ダムから安房川第一発電所までの距離は1km程度だが、川が途中で曲がりくねっており、第一発電所でも東京タワーの高さに匹敵する334mの落差がある。

そのため水量は、水力発電としては決して多くない1秒あたり約8.4トンだが、大きな高低差によって十分なエネルギーを得られ、出力は2万3200kWにものぼる。

また、標高の低い位置にある安房川第二発電所では、千尋滝発電所とほかの川の水流も使い、最大13トンの水量で3万4000kWを発電している。すべての発電所が稼働した場合の総発電出力は、 5万8500kWだ。

このうち「約25%を島民の方に使っていただいている」とし、残りの75%を屋久島電工の自社向けとしている。


見学した水力発電の設備。花崗岩を削った中を配管が走る(筆者撮影)

そのため、仮にダムの水量が減って発電量が下がった場合、いわゆる計画停電をするのではなく、自社事業向けの電力消費を抑制して、島内全域向け電力を確保(前述のバックアップ電源としてのディーゼル火力発電も併用)。あくまでも、地域に対する社会貢献という考えによって、島の暮らしが守られているのだ。

安房川第二発電所にある発電システム全体の管理センターを見学したあと、第二発電所の発電機がある場所まで移動した。発電所の管理棟の位置から約170m下まで斜度21度の通路を、屋根など囲いがほとんどないケーブルカーのようなインクライン(傾斜鉄道)で降りる。

発電システムは、屋久島特有の花崗岩を掘削して作った空間に設置されている。発電機は2つあり、水路からきた水でフランシス水車を1分間に900回転させ、それぞれが1万6000kWの出力を得る。3つ目の発電機の準備も行われていたが、現時点で導入時期は公表されていない。

屋久島電工の施設を見学した翌日、屋久島町役場でアウディジャパン主催の「未来共創ミーティング」に参加した。


鹿児島県立屋久島高等学校で行われた、アウディジャパンの出張授業の様子(筆者撮影)

これは、「アウディ・サステイナブル・フューチャー・ツアー」の一環で、2022年にバイオマス発電に注力する岡山県真庭市と、日本を代表する地熱発電の地である岩手県八幡平市でも実施された。このうち、八幡平市の事例については現地取材のもようを本連載で取り上げている。

今回は、地元で唯一の高校である、鹿児島県立屋久島高等学校の生徒や屋久島電工の関係者らも参加して行われた。

その中で、屋久島町とアウディジャパンは「持続可能な未来をつくるための連携協定」の詳細を発表。大きく3つの実施要件を掲げる。

(1)電圧200V・出力8kWの普通充電機7基を寄贈する。設置場所は、屋久島町役場に3基、尾ノ間出張所に1基、「THE HOTEL YAKUSHIMA」に2基、そして屋久島電工に1基。塩害対応として充電器を覆うキャビネットも提供する。

(2)アウディ「Q4 e-tron」の活用。THE HOTEL YAKUSHIMAをベースとするレンタカー事業(2023年9月開始)に最大5台貸与。町役場用の公用車と屋久島電工の社用車として、それぞれ1台を同年10月から貸与する。
 
(3)島民に「未来を考える学習機会の提供」を行う。今回は、屋久島高校の生徒約200名にアウディジャパンが出張授業を実施。2024年3月までにフォルクスワーゲン グループ ジャパンの施設などで課外学習を行う。

それぞれの立場で「屋久島のBEV化」をどう捉えるか?

では、屋久島で暮らす人々、屋久島町や屋久島電工、そしてアウディなど自動車メーカーや自動車販売会社は、「屋久島のBEV化」をどう捉えているのか。それぞれの立場から、見ておきたい。

まずは、島民の視点だ。屋久島町民がBEVを購入する際、国の補助金(55万円)のほか、鹿児島県による「離島における電気自動車補助金」(20万円)と屋久島町による電気自動車等導入促進事業補助金(55万円)があり、購入費用のうち合計130万円もの補助が受けられる。

筆者の屋久島滞在の少し前、鹿児島日産が「サクラ」や「リーフ」の販売促進イベントを島内で実施していたようだが、滞在中に見たBEVは空港で見たリーフのタクシー1台だけで、BEVはまだめずらしい存在のようだった。町によると、島内のBEV普及率はまだ約2%で、日本国内の平均的な地域と変わらない。

これから島内で走り出すQ4 e-tronの価格は、600万〜700万円である。アウディをきっかけに、購入者が一気に増えることもないだろう。


筆者が以前、撮影したヨーロッパ仕様の「Q4 e-tron」(筆者撮影)

それでも、島民に「屋久島が変わろうとしている」という実感は芽生え始めているだろうし、「BEVが島を守ることつながるのかもしれない」という意識を持つ人が今後、増えていく可能性も十分にある。

観光客視点でも、アウディ提供の充電設備のほか、一般公開している急速充電器が4カ所、普通充電器が9カ所あり、「脱炭素に一番近い島」を体感するために「BEVに乗ってみよう」という意識が高まるかもしれない。

次のステップへのきっかけになる

次は、アウディの視点だ。アウディとしては、実売効果よりもESG投資としての意味合いが強いだろう。ESG投資とは、従来の財務情報だけではなく、環境、社会性、ガバナンスを重要視する投資のことで企業価値に直結するものだ。

アウディは、2026年までにグローバルで販売する新型車の100%をBEV化し、2033年までに内燃機関の生産を終了すると、中長期ビジョン「Vorsprung(和訳:もう一歩先に)2030」の中で宣言している。サステイナブル・フューチャー・ツアーは、それを受けてアウディジャパンが独自に企画したものだ。

また、今回のツアー実施のきっかけを作ったアウディの販売会社、ファーレン九州としても、「BEVの社会的使命」という切り口での良きマーケティング要素となるだろう。


屋久島町役場で行われた、「未来共創ミーティング」の様子(筆者撮影)

屋久島町についてはどうだろうか。短期的には、観光が主要産業である屋久島にとって、PR効果が見込める。また、鹿児島県がいう「脱炭素に一番近い島」の実現に向けた具体例として、今回の連携協定が次のステップへのきっかけとなるはずだ。

そうした社会の風潮やメディアでの露出の影響をうまく活用して、今回参加した地元高校生のような若い世代に、「次の時代でもこれまでと同じように、皆で力を合わせて島を守っていこう」という意識が根付くことを期待したい。

またBEV導入は、島の課題を抜本的に解決する可能性を秘めているという見方もできる。屋久島町の荒木耕治町長は、「未来共創ミーティング」で「島の課題」を大きく2つ示した。

1つは、「台風の常襲地帯、自然災害に強い島づくり」だ。台風等の災害時の停電、ダムの渇水時や水力発電(主に1960〜1970年代に設置されたもの)の点検などで、電力の安定供給が難しい状況があることを想定して、BEVを分散型電源として活用して対応する。

また、BEV充電ステーションに大型の定置型蓄電池を内蔵することと、水力発電による水素製造と水素貯蔵による災害時の電力供給システムを構築することも必要だとした。

もう1つは、RE100(再生可能エネルギー100%)を目指すため、CO2排出量の大部分を占める熱利用の再エネ転換だ。具体的には、農林水産業と民生部門で化石燃料を使う温水ボイラーの、電気ボイラーへの転換を挙げている。


荒木耕治町長とアウディジャパン ブランドディレクターのマティアス・シューパース氏(筆者撮影)

そのうえで、現状の水力発電を最大限に活用することを基盤として、将来に向けた社会や自然の「共生と循環」を掲げ、島内での新しいエネルギーマネージメントシステム構築図を示した。

これについて、筆者は荒木町長に「新しいエネルギーマネージメント実現に向けて、どのような時間軸を想定しているのか」と聞いた。これに対して「なかなか、難しい質問だ」と前置きをして、まずは少し前の時代を振り返った。

現実的なアプローチを望む

鹿児島県には、1992年度に県総合基本計画の戦略プロジェクトとして立ち上げた「屋久島環境文化村構想」があった。世界自然遺産に登録に向けた、基盤づくりの構想だ。

そうした「共生と循環」を目指す中で「(私の前の屋久島の)首長がゼロエミッション、カーボンフリー……といろいろなことを取り組んだが、具体的に先に進まなかった」という経緯を紹介し「町や県が(さまざまな施策を)やっても国が本腰を入れないなど、歯がゆい思いがあった」という本音も漏らした。

こうした大きな事業を行ううえで、町の財政が豊かであるとは言えない状況であるため、今回のような「企業との連携が大事だ」とする。社会変化を起こすための、現実的なアプローチの重要性を強調した。

そして、荒木町長は「人とのめぐり逢いがあってこそ、実現できる。何ごとも相手がいることなので、(相手の事業がうまく進むよう)私たちも対応しないといけない。(そのうえで質問の)時間軸については、1日も早く実現したい」というにとどめた。

屋久島町観光まちづくり課は、町が目指すBEVを含めた総合的な環境事業計画を屋久島電工等も交えて協議し、今年度中に取りまとめを発表する予定だという。

「脱炭素に一番近い島」は、果たして次のステージ向けて新たなスタートを切れたのだろうか。今後も屋久島町の未来に向けたチャレンジを継続的に見守っていきたい。

(桃田 健史 : ジャーナリスト)