28日の日銀の金融政策決定会合を受けて、市場は乱高下した。植田総裁の発言はどう評価されるべきだろうか(写真:ブルームバーグ)

外資系金融関係者は優秀だ。

私が教鞭を執る慶應義塾大学のMBA(経営学修士)学生の憧れであり、実際、とても優秀な学生だけが採用になる。

なぜ外資系金融関係者は予想を外すのか


この連載は競馬をこよなく愛するエコノミスト3人による持ち回り連載です(最終ページには競馬の予想が載っています)。記事の一覧はこちら

しかし、それにもかかわらず、彼らの予想はほとんどいつも外れる。とりわけ、日本銀行の金融政策の変更に関してはいつもそうだ。なぜなのか。以下の4つの仮説を立ててみた。

仮説1 日銀が非合理的だから
仮説2 彼らが非合理的だから
仮説3 彼らがやる気がないから
仮説4 彼らは動物で日銀は植物だから

さて、どれなんだろう? 日銀の金融政策で、ケーススタディ的に検証してみよう。

まず、植田和男氏が日銀総裁に就任して最初の政策決定会合(4月27〜28日)。外資系金融関係者の多くがYCC(イールドカーブ・コントロール、長短金利操作)政策の変更などを予想したが、日系の関係者のほとんどは「変更なし」を予想した。結果は「変更なし」だった。

6月もしつこく政策変更を予想した外資系関係者は一定数いた。だが、これも外れた。国内系で変更を予想した関係者は皆無に等しかった。

そして、この7月28日。内田真一副総裁のインタビュー記事を根拠に、外資系関係者はこぞって、政策変更と騒ぎ立てた。植田総裁はこれをG20財務相・中央銀行総裁会議後の記者会見で火消しした、といわれている。だが、それでも外資系の多数派は政策変更と主張し続けた。

さらに、「日経ヴェリタス」(7月23日号)の日銀関連記事でも「半数が政策変更を予想」と書いてあるが、全員外資系である(SMBC日興証券の関係者も外資系に入れたが、彼らはもともとシティグループ系で外資系の文化が残っている)。

ここで興味深いのは、ストラテジストやエコノミストの国籍や育った環境とは無関係に、日本で生まれ日本で育ち、日本で日本国債を30年見てきたアナリストであっても、外資系に所属しているとほとんどが「7月28日の政策変更は絶対ある」と言い、逆に日系の組織のアナリストだとほぼ「絶対ない」と断言する点だ。だから、言語や個人的な人脈などの影響で見方が異なるのでもないし、情報格差があるわけでもなさそうだ。

しかし、28日の発表が近づくにつれ、少しずつ憶測情報が広がった。情報漏れではないと思うが、直前のいろいろな報道が出てくるにつれ、市場の国債金利も変更なしのほうに傾き始め、為替もドル高円安に振れ、1ドル=140円台を回復した。

「小幡の仮説」は1〜4のうちどれか

やはり、外資系はまた間違ったのではないか。実はこの部分は27日木曜日の午後1時ごろに執筆している。28日の発表はサプライズになるかもしれない。しかし、この時点では、外資系の人々も、日系の人々の見方に合わせてきて、ほぼみな変更なしに傾いているようだ。したがって、サプライズがあったとしても、外資系も日系も両者サプライズ、となるはずである。

なぜ彼らは間違うのか。外資系関係者自身の感想は、前出の仮説1であろう。「本当に、日銀はわけわからん。YCCをやめる大チャンスなのに、なぜしないのか。変更しないことで何のメリットがあるのか。現政権も変更を望んでいるのに、なぜあえて歯向かうのか。日銀にとっても政策変更しないことはリスクが高まるばかりで何の得もしない。アホなのか?」という気持ちに違いない。

そして、仮説2はない。明らかに彼らは合理性、ロジックで商売をしているし、華麗なる経歴だし、知識レベルも高い(はずだ)。

私の仮説は3である。「彼らは日銀の政策を当てる気がないから」だ。彼らは、植田総裁の説明をまったく聞いていない。素直に植田総裁の話を聞いていれば、「YCCには副作用はある。副作用が大きくなるようなら、政策変更が必要だ」と言ってきた。

そして、最近は「一時よりも副作用は小さくなってきている」と言っている。XがAならPする。今はXはAでない。ならば、Pはしない、というのは論理学を習っていない幼稚園児でもわかるだろう。いい子にしていれば、お菓子は取り上げない。いい子にしているんだから、お菓子はそのままのはずだ。

外れたことを「人のせい」にしてしまう

では、幼稚園児でもわかることが、なぜアメリカを中心とする「MBAホルダー」の彼らにわからないのか。それは植田氏の話を聞いていないし、日本の金融の状況も見ていないからである。

なぜ彼らは「政策変更あり」と決めつけるのか。アメリカはインフレで大変なことになった。同国の中央銀行にあたるFED(連銀)は大慌てで金利を急激に引き上げた。インフレはようやく減速を始めたが、まだ十分に下がっていない。困っている。だから、FEDは小幅追加利上げを行っている。

一方、インフレの状況は、いまやアメリカよりも日本のほうが悪い。インフレ率自体も高いし、インフレ率が加速している。アメリカがやっているのだから、それより今やインフレ率が加速しかかっている日本は金融引き締めをしなくてはいけない。だから、日銀はやるはずだ。やらなければアホだ。こういう考え方である。

そして、日銀が動かないから、仮説1にたどり着き、「日本は本当にわけわからん」というレッテルを貼る。自分の予想が外れたことを人のせいにして、今後も何か予想が外れれば、それを「日銀のせい」「日本側のせい」にする。

まあ、この種のパターンはほかのところでも第2次世界大戦後に繰り返されてきたわけだから、今さらいうことでもない。だが、繰り返しになるが、ここで興味深いのは、そういう思考パターンをとるのは、ニューヨークにいるアメリカ人アナリストだけではなく、東京在住の日本人ストラテジスト(ただし外資系所属)の人たちも、なのである。

これには2つ理由があるだろう。

1つは外資系金融機関のポジションである。政策変更からの金利上昇→ドル安円高に賭けてしまっているから、ポジショントークをせざるをえない。しかも最初はポジショントークでやっていたのだが、実現しないとだんだんといら立ってくる。

また同時に、自分の議論はロジックとしては正しいから、自己暗示にかかり「間違うわけがない」と思い、結局予想を外す。その怒りとイライラを日銀のせいにする。あるいは、植田総裁のミステリアスな雰囲気のせいにする。

もう1つは、ポジションを取ってしまっているし、自分のロジックの正しさに酔っていることに起因する。その状況では、日銀関係者がさまざまな形で出す情報のうち、自分の予想と整合的なものだけに目が行く。

あるいは、曖昧でどうにでも解釈できるインタビューの答えを、自分の都合のよいほうに解釈し、それが動かしがたい唯一の解釈のように思い込んでしまう。その結果、予想は外れる。

「確証バイアス」と「自信過剰」の典型例  

そして、この背後には、言い方は悪いが、「日本よりもアメリカのほうが進んでいる、人材のレベルも高い、外資系の俺たちの給料は日系よりも数倍以上高い。だから、こちらのほうが優れているはず」という、やや傲慢な自信過剰も含まれている。

もちろん、私はこれらの事柄を「外資系批判」として述べているのではない。まさに、行動経済学が示唆するところの、第1に「確証バイアス」(自分の予想を裏付ける情報により重きを置く)、第2に「自信過剰」(これがなければ、そもそも投資業界にいることは合理的ではない。ライバルや市場平均には勝てると思っているから、この業界にいるのだ)の2つのバイアスの典型的な例であるからである。

だから、彼らのせいではない。日系のアナリストたちも、環境が変われば、あるいは別の出来事に対する予想に関しては、同じようなバイアスにはまるはずである。

ただ、今回は日本銀行の政策変更というフィールドでの出来事であるだけだ。その場合に、外資系の人々のほうがバイアスにはまりやすい環境にある、というだけである。

さて、7月28日金曜日午後0時半。日銀は動いた。ここからは金融政策決定会合の結果を受けて書いている。

日本経済新聞の電子版が午前2時ごろに観測記事を配信。結果的に28日の金融政策決定会合の内容をすっぱ抜いたような形になった。これは、日経新聞は問題ないのかもしれないが、情報漏洩で、漏らした日銀関係者については処分するべきではないか。相場に大きな影響があり、午前2時ごろから情報にいち早くアクセスできた人だけが投資利益を得ることができた。実害もある。

「外資系」と「国内系」、正しかったのはどちらか

それはさておき、今回の日銀は大変興味深い意思決定を行った。まず、今回の記事で、筆者が冒頭から取り上げた議論についての、まさに最高のケーススタディとなった。

ここまで読んで、外資系金融関係者なら「なんだ、オバタ。外資系のオレたちの予想が当たったじゃないか。お前の分析こそ間違っているじゃないか。ほら見ろ、やっぱり日銀は動いたじゃないか。政策変更があったじゃないか。今回の政策は曖昧で解釈は難しいと言うかもしれない。だが、実際にマーケットは動いた。ということは、政策変更があったということだ。どうだ、参ったかオバタ」と言うかもしれない。

一方、国内系関係者は、自分たちの予想どおりに日銀は行動したと思っているだろう。「今回の政策修正は微修正であり、緩和から引き締めの転換の第1歩と思われないように、非常に慎重な仕組みになっている。やはり、緩和の修正はなかった。YCCの微修正で、緩和の持続性を高めた。最高の政策調整であり、緩和の修正をせずにYCCを効果的に修正した。予想どおりだ」と。

どちらが正しいのか。実際、どちらの解釈も正しい。だから今後、外資系のストラテジストも、国内系のエコノミストも、自分たちの分析手法、判断、行動を変えることはないだろう。その結果、前段の「小幡理論」、行動経済学的な金融関係者の思考回路分析は有効性を維持する。

とりわけ興味深いのは、市場が激しく動いたことだ。それも、午前2時ごろのニュースで大きく動き、また日本時間午前9時からの株式市場現物でも、日経平均株価はいったん大きく下落し、前日比で800円以上も下げた。だが、その後は下げ幅を縮小し前日比131円安にとどまった。為替もいったん大きく動き、3円以上ドル安円高に振れたが、その後は振れ幅を縮小し、1ドル=139円台まで戻した。

つまり、一時的には大きく動いたが、情報が処理されるにつれて、その大半はキャンセルアウトされた(打ち消された)のである。

株価で言うなら、28日の終値で見れば国内系の解釈のように、「実質的には微修正にとどまった」というのが正しい。しかし、外資系にいわせれば、ニュース第1報のインパクトが重要である。それからいけば「大きく動いた」ということになり、彼らは「自分たちが正しい」と思い込んでいるだろう。

トレードで設ける外資系は4回の機会を作り出した

ここで、もう1つ、マーケットストラクチャー的な要素(相場関係者の現実的な行動の枠組み上の影響によって市場が動くこと)も加わる。つまり、外資系関係者はトレードで儲け、国内関係者は長期のパフォーマンス、バイアンドホールド的な考え方である、ということだ。

有名な事実としては、株式も国債も、保有割合は国内系投資家が多い。それに比して、取引量の割合は圧倒的に海外投資家、外資系プレーヤーが大きいという事実が挙げられる。この結果、外資系は動きを好む。

誤報でも何でもいいから、ニュースがあったほうがいい。むしろ「誤報歓迎」であり、誤報のときに動いて、その情報の修正で動くことで、十分儲けられる。

今回でいえば、(1)最初の「日銀は動く」という自分たちのポジショントークで動かし、(2)それがそうでもないという情報が広がって、元に戻り、(3)さらに28日午前2時のスクープで激しく動き、(4)再度、実質的な中身を解釈するとそうでもないといって戻す。つまり、4回大きく動いたので、トレードのチャンスが4回もあったということだ。

一方、国内系はそこまで機動的に動かないし、動かすことは諦めているから(あるいはそういう気はないから、あるいは海外系にやられっぱなしを甘受しているから)、結局「微修正があったけど、予想の範囲内だったね」で終わる。

大変興味深いケーススタディが1つ増えて、学者としては大変興味深い1日であった。

さて、もう1つ興味深かったのは、日銀の決定した政策自体であり、それを説明した、28日午後3時半からの植田総裁の記者会見だ。

中央銀行トップとして最高に誠実・率直・丁寧な説明

まず、植田総裁はすばらしかった。記者の意地悪な質問、しつこい質問、攻撃的な質問、いずれの質問にも、非常に丁寧に答えた。

さらに、木で鼻をくくったような答弁でなく、「政策の修正なのか、そうでないのか、わけわからん、はっきりしろ!」というような質問に対しても、「長短金利操作の運用を柔軟化」と書いてあるのは、政策の修正ということだと思う」などと、静かに堂々と答えていた。

そして、「YCCの副作用として金融市場のボラティリティー(変動率)の拡大があると言っているが、この金融市場とは何の市場のことなのか」という趣旨の質問に対して、堂々と「為替のボラティリティーを含む」と言い切った。

すばらしい。

これほど、誠実で率直で丁寧な説明が、これまで世界中の中央銀行トップの記者会見であっただろうか。植田氏の面目躍如である。私の記事「なぜ危機にある日銀植田総裁にみんな優しいのか」(6月18日配信)では「『闘う男植田』は消えた」などと批判したが、訂正して謝罪したい。

今回の政策決定会合の内容をまとめると、YCCの枠組みは維持。ただし、連続指し値オペは修正。毎日実質的にそれが有効になるのではなく、1.0%での指し値オペであり、万が一の金利急騰が起きたときの保険としてセットする。そして保険があることにより、金利のボラティリティーも低下することを狙った措置とする。

一方で0.5%を柔軟化することにより、妥当な長期金利は0.5%ということは維持する。だから緩和の縮小ではないが、金融市場の機能を殺さないように、市場動向が反映されるようにした。ただし、0.5%が妥当という判断だから、大きくは離れないように状況を見て、機動的に買い入れを行う。こうした政策だ。

これは、私個人としては、ややハト派すぎるとは思う。だが、ハト派的なスタンスを前提とすれば、大変バランスの取れた、現実的には妥当なスキームではないだろうか。

そしてなにより、タイミングがすばらしい。YCCが追い込まれる前に「先に動いておいた」という植田氏の説明はまったくそのとおりだし、そう率直に説明するのもすばらしいし、そして、何より実際にそう動いたのがすばらしい。植田日銀に、今後とも期待して、応援したい。

(今回は競馬の予想はありません。ご了承ください。当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

(小幡 績 : 慶應義塾大学大学院教授)