虫刺されに悩まされる季節でもあります(写真:buritora/PIXTA)

コロナ禍を機に空前のアウトドアブームを迎えた昨今だが、草むらには熊よりも恐ろしい生き物が潜んでいる。ウイルス感染症を媒介する「マダニ」だ。地球温暖化によってマダニを運ぶイノシシやシカの生息範囲が広がった結果という。

さらに、地球温暖化は東南アジアの風土病を日本に運んできた。「蚊」が媒介するウイルスによるものだ。

ダニも蚊も、小さな虫けらと侮ると命に関わる。キャンプやハイキング、バーベキューなど夏のアウトドアライフを楽しい思い出にするために、きっちり対策していこう。

致死率30%!マダニ媒介感染症は特効薬なし

今年は過去最悪のペースで「マダニ媒介感染症」の患者が増えているという(日本農業新聞)。7月2日までの半年で243件も報告されている。ここ数年の熊被害が年間70〜80件程度だったのと比べれば、数倍キケンなことになる。

マダニは岩の割れ目や植物の葉っぱの陰などに潜んで人や動物にかみつき、血液を吸って生きるダニだ。家の布団などにいるチリダニなどよりも大きく、3〜4mm程度もある。

とはいえマダニにかまれただけなら、腫れたり痛がゆかったり不快ではあるが、大きな問題ではない。

怖いのは、ウイルスやリケッチアなどの病原体を持っている場合だ。吸血する際に、ヒトや動物に感染させる。代表的なウイルス感染症は、重症熱性血小板減少症候群(SFTS)やダニ脳炎(TBE)だ。

SFTSは、マダニにかまれて感染してから6日から2週間たった頃に、高熱が出て血小板が減少し、さまざまな臓器の機能が低下する。原因不明の発熱や胃腸症状、頭痛、筋肉痛などさまざまな症状が出る。特効薬がないため、対症療法でしのぐしかないのだが、致命率は30%と高率だ。

ダニ脳炎(TBE)は、かつてはヨーロッパのアルプス地方や、旧ソ連邦内での発生が報告されてきたが、近年は北海道での発生が報告されている。海外での報告では35〜64%の人が神経の後遺症を起こしたり、死亡する恐ろしい感染症だ。同じく特効薬はない。

幸い世界では予防ワクチンがあり、リスクの高い人を対象に広く用いられてきた。日本では未導入だが、ファイザーが製造承認申請中で、医薬品医療機器総合機構(PMDA)が審査している段階だ。

マダニにかまれてしてはいけないこと

SFTSはワクチンも特効薬もないので、とにかく刺されるのを回避するのが一番だ。


国立感染症研究所が公表している「マダニ対策、今できること」には、マダニから身を守る服装や方法が詳しく書かれている(写真:編集部撮影)

登山ややぶなどを歩いた後、帰宅したらまず着替えて、すぐに洗濯に回し、入浴しよう。その際に、必ず全身に虫に刺されたような跡がないかチェックしてほしい。

マダニはかまれていても気づかない人も多い。血を吸って膨らんでいれば肉眼でよく見えるが、膨らんだホクロやイボと見間違えることもある。

万が一かまれているのを見つけたら、無理に取ろうとしてはダメだ。マダニはセメントのような物質を出して、自分の頭をがっちり皮膚の中に固定してしまう。無理に取ろうとしても胴体が引きちぎれて頭部は残り、そこから感染が進むだけだ。

落ち着いて皮膚科を受診して除去してもらい、今後の対策や治療について相談しよう。

なお、マダニの仲間であるツツガムシも、「ツツガムシ病」を引き起こすことで有名だ。私の故郷の新潟県でも信濃川の河川敷の草むらで多く発生していたので、今も草むらには警戒心を強く覚える。こちらはウイルスでなく、リケッチアという病原体による。

実は悪さをするのは幼虫だけだ。ツツガムシの成虫は地中でおとなしく生活しているのだが、幼虫のある一時期だけ地上に出てきて動物や人の体液を吸う。

幼虫は体長わずか0.2mmほどで、肉眼で見つけるのは困難だ。かまれると1cm程度の大きなかさぶたになり、それで異変に気づく人が多い。陰嚢の裏など、見つけにくいところを刺す傾向がある。

発症はやはり7〜10日後だ。全身倦怠感、食欲不振とともに頭痛、寒気などに見舞われ、体温は数日で40℃にも達する。顔面や胴体に発疹が見られ、重症になると肺炎や脳炎を引き起こす。

ただし、SFTSなどのウイルス感染症と違って有効な抗菌薬がある。また、かまれてから病原体に感染するまでには数時間かかるため、アウトドアの後は落ち着いて対策を講じよう。

蚊が「熱帯風土病」を拡散させている

私たちの健康を脅かすもう一つの小さな敵が、蚊だ。

世界的な気温上昇にともない、蚊の生息域が変化している。日本でもヒトスジシマカ、いわゆる「ヤブ蚊」の生息域が徐々に北進し、現在では本州全域に分布するようになった。

まだ北海道はギリギリセーフに見えるが、ヒトスジシマカの定着条件は年間平均気温11℃以上とされる。すでにそれを満たしている函館市、札幌市や小樽市周辺は、いつ定着してもおかしくない。

このヤブ蚊が媒介するのが、熱帯地方の風土病とされてきたデング熱だ。

2014年の「東京・代々木公園近隣で複数の人がデング熱に感染した」とのニュースは衝撃的だった。感染源は、海外からの渡航者、あるいは海外旅行に行ってきた日本人だろうか。詳細不明なままだったが、デングウイルス感染者を刺したヒトスジシマカがほかの人を刺し、感染が拡大したと考えられている。

熱帯地方ではネッタイシマカが主な媒介動物だが、日本にも広く分布するヒトスジシマカもデング熱を広げうるのだ。

アメリカではすでに、テキサス州やフロリダ州にデングウイルスが定着し、地元で感染したデング熱患者が定期的に発生している。

コロナ禍が明け、たくさんの方が海外から日本を訪れている。いつデング熱が持ち込まれ、患者が発生してもおかしくないし、日本で定着する可能性もある。

ちなみに赤道を越えて反対側のオーストラリアでは、日本脳炎が全土に広がった。かつては北部の一部で報告されていただけだったが、気温上昇で南部まで蚊の生息域が広がったせいだ。

日本脳炎も代表的な蚊媒介感染症で、主に感染した豚を刺した蚊が人を刺し、感染する。

日本でウイルスが同定されたため日本脳炎という名前になっているが、アジアに広く分布する。

日本では予防接種が定期接種となり、患者数が大幅に減少した。それでも、豚の抗体保有状況を見ると(食用の家畜は半年ほどで殺されるため)、関東から九州の太平洋側ではほとんどの豚が抗体を有している。

「今年の夏に」感染したことがある、という意味だ。今日でもウイルスが広く分布していることがわかる。

虫よけスプレーの選び方

ダニや蚊を避けるには、肌の露出を極力避けることが大切だ。やぶの中を進むようなところでは、パンツの裾はソックスにインするほうがよい。

虫よけスプレー等は、きちんと選べば市販されているもので十分効果がある。容器の裏をみて、必ず成分を確認しよう。有効成分の濃度と効果の持続時間が比例するので、ディートなら30%、イカリジンは15%の最高濃度のものを選べば、8時間ほどは効いてくれる。

皮膚の露出部分に塗布して使うことが大事なので、ローションや液体スプレーがお勧めだ。手に取って、塗り込むようにしよう。ガスで噴出するスプレータイプは、ほとんどが風で流れてしまい、皮膚にはあまり付かない。

いずれにしても汗をかけば流れるので、一定時間が過ぎたら塗り直すこと。これら以外の成分で、アロマオイル系などさまざまな虫よけ剤も市販されているが、効果は不確実だ。

加えて、防虫成分を繊維に付着させた衣服やソックスが販売されており、有効なのでお勧めしている。「インセクトシールド」はさまざまなブランドから防虫着として販売されているし、「スコーロン」加工の繊維でできたウェアもアウトドアウェアに使われている。いずれも「ペルメトリン」という成分で、アメリカの兵服にも使われており、安全性が確認されている。

また、日本脳炎対策には、ワクチン接種が有効だ。

日本では公費で予防接種が行われているが、国立感染症研究所の調査によると40代以上の人では抗体保有率が低下している。

また、北海道では平成28年3月以前は日本脳炎の予防接種を実施していなかったため、それ以前までに幼少期を北海道で過ごした人は日本脳炎の免疫がない。免疫のない方が関東以西で暮らす場合は感染リスクがある。

心配なら、大人の方も予防接種を受けることをお勧めしたい。

(久住 英二 : ナビタスクリニック川崎院長、内科医師)