小型機よりもさらに軽量な「LSA」は、欧米において航空産業のさらなる発展を促す起爆剤になり、この新ジャンルをアメリカはさらに拡充することを決めました。このことで、日本国内で使える小型機がなくなる恐れもある模様です。

航空市場で唯一拡大が続く「LSA」ジャンル

 海外では小型機市場の活性化を目指して「軽量スポーツ航空機」(以下LSA)という新しいカテゴリーの航空機と、それを操縦する新しいパイロット免許制度が導入されてから、20年が経とうとしています。

 このLSA制度のさらなる適用範囲の拡大を目指し、このたびアメリカで航空法改訂の原案がまとまりました。このことで、いわゆる“セスナ”と呼ばれている従来型の小型機が、このままでは日本で飛ばせなくなる可能性が出てきました。


中欧スロバキアの航空機メーカー、SHARK AEROが製造するLSA(軽量スポーツ機)の「シャークUL」(画像:シャーク・アエロ)。

 LSAの制度は、機体規模を「小型軽量」に限定しながら、機体の認証や操縦資格取得に必要な要件を見直すことで新型機の導入を促し、同時にパイロットや整備士などの航空従事者も増やしていくことを目的にしています。

 諸外国ではLSA規格を適用した新型機が次々発表されており、それを練習機として採用する飛行学校も増えています。それとともに、操縦資格を持つパイロットや整備士も増えてことで、小型機だけでなく航空産業全体の底上げに成功してきました。

 残念ながら、LSAが普及していない日本だけがこのトレンドの波に乗ることができず、航空産業全体の衰退が進んでいると言えるでしょう。

 世界的に見ると、LSAは市場の拡大とともに安全性の面でも実績を積み上げてきた経緯があります。ゆえに、各国とも共通認識として、制度としても熟成された感のあるLSAを高く評価しています。こうした状況を背景に、LSA制度のさらなる適用範囲の拡大を目指して、航空業界の発展を目指す動きがますます顕著になっています。

 アメリカではFAA(米連邦航空局)がおよそ10年前から検討を始め、業界団体、品質認証機関、自家用機操縦士や自作航空機の団体などと議論を重ねてきました。その結果、定められた将来への方針は、航空法改訂によるLSAの適用範囲の拡大でした。これはLSA発展・普及の第二段階ともいえるもので、FAA(アメリカ連邦航空局)ではこれを「MOSAIC(モザイク)」と呼んでいます。それは「Modernization of Special Airworthiness Certificate」の各単語の頭文字をとったもので、「特定耐空証明制度の近代化」という意味です。

FAAの法案改定で4人乗りLSAが登場へ

 航空法の改訂手続きも近代的で、改訂作業の可視化が徹底されています。FAAでは航空法の改訂作業を「ルール・メイキング」と呼んでいます。

 今回、そのルール・メイキングの土台となる原案が「2023-14425号案」としてアメリカの連邦官報に公開されました。全部で318ページにも及ぶ大作です。今回の改訂は過去20年間で最大規模と言われていますが、原案の冒頭では改訂に至る経緯や改訂すべき理由について詳しく述べられています。そして、文書の日付は2023年7月24日とありますが、実際に公開されたのは現地時間7月19日なので、その点でも当局の意気込みが伝わってきます。

 今回公開されたMOSAIC原案は、90日間のパブリックコメント募集期間に突入します。この時期に公開されたことには理由があります。今年は7月24日から世界最大の航空イベントとも形容されるEAA(Experimental Aircraft Association:実験航空機協会)主催のエア・ヴェンチャーがウィスコンシン州オシュコシュで開催されているからです。

 今年は7月24日から30日までの一週間にわたって毎日、航空ショーや航空機に関する多岐に渡るセミナーが行われています。当然FAAによるMOSAIC説明会も開催されるでしょう。FAAとしてはMOSAICの原案をこのイベントの前に公開して、オシュコシュの会場で議論と意見交換が深められることを期待しているのです。


既存のメーカーが製造する小型機の中で m-LSAの条件を満たす4人乗り飛行機の代表的存在「DA40」。ダイヤモンド・エアクラフト製の高性能機で、機体構造は複合材(細谷泰正撮影)。

 では、その中身を見てみましょう。

 今までは、LSAの機体規模は最大2座席、総重量600kg(水上機の場合は650kg)、最大速度120ノット(約222km/h)などと規定されていました。

 今回発表されたMOSAIC原案では、機体規模は最大4座席、総重量およそ3000ポンド(水上機も同じくおよそ1359kg)、最大速度はなんと250ノット(約463km/h)などと定めていました。これらの数字は現時点ではまだ仮案ですが、おそらく近い数字に決まるでしょう。

 それ以外の細かい規定では、プロペラは可変ピッチもOK。動力はエンジンだけでなく、電動、ハイブリッドも可能。このような改定によって陸上機でも引き込み脚の装備が可能となります。

 機体の規模は、4人乗りまでLSA規格が適用可能になりますが、それを操縦する機長の免許がスポーツパイロットの場合、乗客は1人だけに制限されます。これは自家用操縦士以上の資格を持つパイロットがLSA規格の機体を操縦することを想定しているものと思われます。

 さらにLSAの用途についても、自家用や飛行訓練以外に農業、写真撮影、航空測量、救難救助などが含まれます。

既存の4人乗り小型機がLSAに鞍替えも

 また、LSA規格の拡大に伴い整備や訓練、機体の運用方法など改訂は広範囲に及んでいます。

 今後は90日間の意見募集期間を経て2024年中の施行が予定されています。なお、新しいMOSAICを適用したLSAは「m-LSA」と呼ばれるのだそうです。


ダイヤモンド・エアクラフト製の高性能小型機「DA40」の機内。4人乗りで、総重量は1200kg、180馬力エンジンを装備して巡航速度280km/hという性能を誇る(細谷泰正撮影)。

 昨年(2022年)、ブラジルのANACが世界の先陣を切る形でブラジル版“MOSAIC”の概要を発表して以来、m-LSAを先取りして新型機を発表するメーカーがすでに現れています

 今後は既存の航空機メーカーが生産してきた4人乗りの機種をLSA規格で生産する動きが活発になるのではないかと予想されます。なぜなら、その方がコスト的に断然有利だからです。

 そうなると、LSAの法的整備が進んでいない日本は、深刻な影響が出る可能性があります。なぜなら、国内においてLSAは実験機扱いで、実用機としての使用を認めていないからです。国内のLSA制度化や普及が間に合わない場合、国内で使える小型機がなくなってしまう恐れすらあります。そうなると、国内でパイロットの養成に使える機種がなくなってしまう事態すら想定されます。

 今回の航空法改訂は広範囲に実施されることになりますが、航空の分野で世界をリードしてきたアメリカの航空法改訂は世界中に影響を及ぼすことは間違いありません。そのため、今回の改訂も新たな指針として各国へ波及することは必至です。

 これらを鑑みると、日本はFAAのMOSAICを対岸の出来事としてとらえるのではなく、自身の問題として認識する必要があります。筆者(細谷泰正:航空評論家/元AOPA JAPAN理事)が考えるに、世界でいちばん「MOSAIC」が必要なのは、FAAではなくわが国でしょう。そのことを、どれだけ早く日本の行政当局が自覚できるか、それで日本の航空産業は大きく変わると筆者は捉えています。