ロシアを世界最大の資源国の地位に押し上げたプーチンの戦略(写真:show999/PIXTA)

プーチン政権の誕生以降、90年代のどん底から急復活し世界最大の資源国となったロシア。その背景には何があったのか。

近著『世界資源エネルギー入門:主要国の基本戦略と未来地図』を上梓した早稲田大学教授の平田竹男氏が、プーチン政権のエネルギー戦略と世界へ影響力を拡大できた背景について解説する。

プーチンの戦略と指導力

2000年に大統領に就任して以降、プーチン政権はエネルギー戦略によって世界への影響力を拡大してきました。当時のロシアは経済的にどん底の状態にありました。そのようななか、石油や天然ガスといった資源に目を向け、国家的プロジェクトとして積極的な投資を行い、ロシア財政を支える一大産業にまで復活・成長させたのがプーチンです。


現在、ウクライナ侵攻によって、その評価は地に堕ちた感がありますが、ロシアを世界最大の資源国の地位に押し上げた背景として、プーチンがとった適切な戦略とその指導力を見逃すわけにはいきません。

わずか十数年のうちにエネルギー強国となるロシアの歴史は、プーチン政権が西側技術の移転促進をはかったことは大きな意義を持ちました。こうした取り組みによって、たとえば、イギリスのBPがロシアでのビジネスを拡大し、またサハリンでは、シェルやエクソンといった外資と連携をしていくことになります。

一方で、資源の採掘や輸出を国家プロジェクトと定め、自国での強力な国営企業の育成にも乗り出します。それが国営ガス企業ガスプロムと国営石油企業のロスネフチです。これらの国営企業がプーチン政権の武器となりました。

ガスプロムは、ロシア最大の企業のひとつであり、世界最大のガス生産量を誇ります。1989年に旧ソ連ガス工業省の改組を起源とし、1993年にロシア連邦の内閣決定によって株式会社化したガスプロムは、ロシア政府が50%超の株式を所有し、ロシア産ガスの輸出パイプラインを独占的に管理する世界最大のガス企業として存在しています。

ガスプロムの経営改革を推進しようとしていたプーチン大統領は、2001年5月に自分の側近でエネルギー省次官であったアレクセイ・ミレル氏を新社長に就任させ、ガスプロムに対する影響力を強めました。そして、ガスプロムはいくつかの企業を取り込みながら拡大し、2006年にロシアから天然ガスを独占的に輸出する利権を獲得しました。

こうしてガスプロムは、巨大な天然ガス産業の約7割を生産し、国内の幹線パイプラインを保有するに至っています。生産から流通、そして外国への輸出までを一貫して支配する国営独占企業体となったのです。

最高の技術を持つ天然ガス会社

ガスプロムはロシア国内にとどまることなく、ヨーロッパ、アジアなどの旧ソ連以外への輸出を増やし、国際的な企業に成長してきました。また、設備の更新や操業技術のレベルが飛躍的に向上したことによって、産出量が増えるだけでなく、技術革新によってすでに産出している地帯でも新たな埋蔵を確認できるようになる、という好循環のサイクルに入りました。さらに、開発技術の進展と価格の高騰によって、たとえば、北極圏のような、これまでは採算が合わなかった難しい場所でも産出が可能になっています。

天然ガスの可採年数を見ても、通常は、掘削を続けると埋蔵量が年数とともに低減していくものですが、ロシアの天然ガス埋蔵量はプーチン政権発足後の2000年代に増加しています。可採年数は世界平均を大きく上回る約60年であり、今後もまだまだ掘り続けることが可能です。

また、天然ガスの輸送手段については、既存の欧州向けの天然ガスパイプラインを拡充させるとともに、ウクライナの迂回ルートを多様化・充実させました。さらに、中国にもパイプラインをつなげています。つまり、欧州とアジアへの市場にアクセスし、より広い成長市場へのアクセスを確保したことになります。

もう1つのロシアを代表する国営企業が、世界最大級の石油企業であるロスネフチです。ロスネフチは、サハリン、シベリアといったロシア北部、東部、チェチェンを含む南ロシアで石油、天然ガスの生産を行っています。

2007年にロシアの民間石油企業ユコスの資産を取り入れ、2012年には大手BP系の一部を買収し、合併・買収に伴って保有埋蔵量・日産量の面で世界最大級の石油会社となりました。一時はガスプロムとの合併計画もありましたが、実現していません。

OPECプラスを主導し価格に影響力

プーチンのロシアが、エネルギー国家としての地位を強固なものにした背景として、OPEC諸国との連携を深めたことは見逃せません。2016年、プーチンは、ロシアの主導によって、原油生産の世界シェア20%を占めるOPEC非加盟10カ国を、OPECと連携させたOPECプラスという組織を立ち上げました。

この組織は、以前は圧倒的であったOPECの原油生産の世界シェアが過半を切り、41.5%(2019年)まで落ち込んだことをきっかけとしています。影響力の低下が懸念されたOPECでしたが、OPECプラスは、世界全体の原油生産の60%以上を有することとなり、世界の原油価格支配権を取り戻しました。

このOPECプラスのなかで、生産量が突出して多いのがロシアとサウジアラビアであり、この2つの国がリーダーと言える存在です。つまり、ロシアはOPECプラスを動かすことで石油の価格形成に深く関与できるようになり、さらには、石油と連動する天然ガスの価格についても大きな影響力を持つようになったのです。

ここまでロシアが台頭できた背景として、アメリカで起こったシェール革命の影響を無視するわけにいきません。シェール革命によってエネルギー自給国となったアメリカは、OPECの動向に対して、以前ほどの関心を示さなくなっていたのです。

こうしてエネルギー強国となったロシアは、経済的な豊かさを取り戻していきました。プーチン就任前に比べ、国民1 人当たりのGDPは実に5倍にまで成長しています。また、プーチン大統領は就任直後に、それまでの12%、20%、30%という累進課税であった所得税を一律13%とし、多くの国民に歓迎されました。

同時に、世界もロシアより供給されるエネルギーを基に経済や産業を成長させ、安定した豊かな社会を手に入れようとしていました。ところが、2022年2月に勃発したロシアによるウクライナ侵攻が世界を一変させることになります。

ウクライナは、ロシアと欧州にとって、基幹パイプラインが通過する重要な国でした。ロシアからウクライナ、スロバキア、チェコなどを経由して、ドイツに天然ガスが大量に輸送されていたのです。ロシアからドイツに輸出されていた天然ガスは、ドイツ国内で消費されるだけでなく、ドイツから欧州各国に輸出されているため、ウクライナの重要性は非常に高いものでした。

このウクライナ経由のパイプラインは、ソ連時代の1964年に建設されました。「ドルジバ(友情)」という名前がつけられ、コメコンなど共産圏の国々へのエネルギー供給を担っていました。

特筆すべきことは、1985年当時、厳格な管理をしていたベルリンの壁を一旦壊してまで、西ベルリンまでパイプラインをつなげたことです。それによって、西ベルリン(旧西ドイツ)の9割のガス供給を行うようになりました。このように、東西冷戦時代からソ連とドイツはエネルギー外交によって、深い連携を行っていたのです。

ウクライナの反ロシア攻勢と新パイプライン

1991年にソ連が崩壊して、ロシアとウクライナは別の国になりました。そこから、パイプラインをめぐる難しいやり取りが始まります。ロシアの国営ガス会社ガスプロムは、パイプラインの管理権をウクライナに要求したのですが、ウクライナはこれを断りました。

これに怒ったロシアは、ウクライナを迂回するベラルーシ、ポーランド経由や黒海経由のパイプラインを建設するようになります。そして、2004年にウクライナで反ロシア政権が誕生すると、ロシアは兄弟価格を廃止し、従来の5倍という大幅な値上げを実施したり、2006年や2009年には、ウクライナ向けのガス供給を突然停止することで、ウクライナの政権に揺さぶりをかけるようになりました。

さらにロシアは、ウクライナを迂回する大容量のパイプラインを建設するため、2011年にドイツとロシアを直結するパイプラインである「ノルドストリーム」を開通させます。ロシア北西部のヴィボルグからバルト海の海底を通り、ドイツ北東部のルブミンにつながり、ウクライナの迂回を充実させました。

ドイツにとっては、政治問題により、ウクライナ経由のパイプラインが途絶されるリスクがなくなり、またロシアにとっては、ウクライナの影響を排し、ガスプロムが管理できるパイプラインを手に入れたという画期的な出来事でした。

2021年には「ノルドストリーム2」というさらに容量を増したパイプラインが完成したことで、両国の共通の利益はますます強固なものとなりました。しかし、ロシアのウクライナ侵攻は、両国の関係を根本的に変えることになりました。ドイツをはじめ欧州諸国は、エネルギーの「脱ロシア」を急ぐようになります。

ロシアのウクライナ侵攻を受けて、エネルギー分野で注目しなければならないのが、ロシアと中国の連携強化です。ロシアの中国への原油輸出量推移を見ると、2012年、2013年以降から急増しています。ロシアのウクライナ侵攻以降、ロシア制裁に積極的ではない中国は、ロシアからの原油輸入量がいっそう増えていくことでしょう。

中露を直結する2つのパイプライン

天然ガス輸出については、2019年12月に完成した「シベリアの力」というパイプラインによって、東シベリアから中国に天然ガスを輸出しています。さらに、西シベリア、東シベリアからの天然ガスを、モンゴル経由で中国に輸出する「シベリアの力2」も建設予定です。

2022年2月4日、北京五輪開会式出席のために北京を訪れたプーチン大統領は、習近平国家主席と会談しました。そこでは、年間100億㎥の天然ガスをロシアの極東から中国に追加供給し、年間480億㎥に拡大する意向を示しています。まるで2月24日からのウクライナ侵攻前にわざわざ締結したかのようなタイミングでした。

ヨーロッパ諸国がロシアからの石油を禁輸し、天然ガスの脱ロシアを急ぐなか、新たな売り先を求めなければならないロシアと、グラスゴー合意を受けて、石炭消費の低減に向かいつつ、経済成長を支えるエネルギーを安定的かつ安価に確保する必要のある中国にとって、双方にメリットのある契約です。今後はロシアと中国を直結するパイプラインによって、両国の連携がさらに深まることが予想されます。

ロシアがいかにして世界最大の資源国になったのか、また、いかに世界に対して影響力を行使するようになったのかについて見てきました。日本もサハリンでの天然ガス開発ではロシアと協業しており、そこから日本に液化天然ガス(LNG)が輸入されています。また、ロシアと中国との接近は、今後の日本の国防や安全保障にも少なからず影響があるでしょう。その意味でも、ロシアのエネルギー事情について、より理解を深める必要があるのです。

(平田 竹男 : 早稲田大学教授/早稲田大学資源戦略研究所所長)