アマ球界の名将が噛みしめる「教える喜び」率いる新興の大学で無名の選手が急成長
関西の大学リーグで「二部だけど、圧倒的な強さで春のリーグ戦を勝ち上がったチームがある」と教えてくれたのは、ある関西担当のスカウトだった。
そのリーグとは近畿学生野球リーグ。一部リーグは、奈良学園大がトップを務める時期が長く続いたが、近年は阪南大や大阪公立大、国立の和歌山大などが台頭してきて、けっこうな"戦国リーグ"となっている。
春のリーグ戦で4勝0敗、防御率0.20と圧巻の成績を残した神戸医療未来大の鈴木連
その二部で、今年春のリーグ戦を制したのが神戸医療未来大学だ。
「聞かない名前だなぁ......」と思って調べてみたら、2022年4月に校名が変わったという。旧校名は神戸医療福祉大学。野球部が連盟に加盟したのは2002年と歴史も浅く、まだ一部に昇格したことはない。
そんな神戸医療未来大野球部の指揮を執るのは、高橋広(ひろし)監督。西条高校(愛媛)から早稲田大に進み、大学卒業後は長らく高校野球の指導者として名を馳せた。
徳島・鳴門工業高(現・鳴門渦潮高)では37年間、コーチ、監督を務め、2002年春のセンバツ大会で準優勝に輝いた。
その後、早稲田大の監督として、2015年に春・秋リーグ戦連覇を達成。2018年まで早稲田大の監督を務め、2019年から神戸医療未来大にやって来た。今年で5年目になる高橋監督は言う。
「1から......というよりも0から始めて、来た頃は、今のライトのあたりはまだ森だったからね。木を伐採してもらって、今のコーチの金澤(達記)くんたちと草をむしって、野球ができる地面にしてね。学生たちにしても、最初は集合の時に真っすぐ立っていられないような選手もいて、大丈夫かなって思ったけど、それでも練習が始まると一生懸命ボールを追っかけるんよ。野球に対して、みんなひたむきでね。それがあったから、こっちも気持ちを切らさずにやってこられたと思うね」
そして今年の春の快進撃。リーグ戦10試合で7勝1敗2分。驚いたのは、むしろその内容だった。引き分けも含めて、10試合で完封が7試合もあったことだ。
完封は投手力だけじゃない。精度の高い守備力に、チームとしての強いパック(結束)がなければできない。それを戦力不十分なはずの二部リーグで成し遂げたのだから、間違いなく快挙だった。
「ちょっと前までは、リーグ戦でスターティングメンバーを書いていると、出身校の欄に野球の名門や強豪校はひとつもない。地方の駅の名前に"高校"をくっつけたような出身校ばかりで、『まるで国立大学みたいやな』ってコーチと話したこともあったなぁ」
高橋監督自ら、高校の監督時代のツテをたどりながら、関西、中国、四国を中心にコツコツ回って、今では部員数150名ほどの大所帯となっている。
「名門、強豪校でバリバリのレギュラーみたいな選手は、まだなかなか来てくれないですが、逆に中学や高校でやりすぎて、野球することに疲れている、飽きている学生はひとりもいない。高校の時になかなかチャンスに恵まれなかった分、ここでメンバーになって『オレでもこんなにやれるんだ!』って気づいて、いきいきと生活している選手が何人もいる。新興のこういう大学で野球を教える喜びって、そういう彼らと一緒に時間を過ごせることなんじゃないかな......」
【将来性抜群の逸材がズラリ】この春のリーグ戦の快進撃の立役者が、投手陣であることは一目瞭然だ。
エース格の鈴木連(鳴門渦潮)が5試合に登板して4勝0敗(3完封)、防御率0.20。最速146キロのストレートとキレのあるスライダーを武器に、44イニングを投げて48三振を奪い、自責点はわずか1。コントロールとどんな場面でも果敢に向かっていける気持ちと強さ、それにクイックのうまさも加わり打者を翻弄した。
塩見渉(倉吉北)も奮闘し、5試合41イニングを投げて3勝1敗(2完封)。立派にWエース的な働きを果たしてみせた。
それだけじゃない。
「ほかにも面白いピッチャー、おるんよ」
案内してくれた道方康友コーチと一緒にブルペンを見て、驚いた。
野球部を指導する高橋広監督(写真左)と道方康友コーチ
ちなみに、道方コーチは早稲田大野球部で高橋監督の1学年下で、東京六大学リーグ通算20勝5敗の左腕だった。小柄でもストレートとカーブ、チェンジアップとの緩急を武器に「早稲田のエース」をまっとうした。JFE東日本の監督を辞してから、新興の大学チームのコーチとして高橋監督を支えている。
「148、9(キロ)までは出てるんや。あと一歩で150をクリアできるんやけどな......。まだ粗いところもあるけど、投げるパワーなら一番や」
道方コーチの前でピッチングをしているのは、牟田稔啓(むた・じんけい/福岡・香椎高)という投手だ。
「えっ、香椎高校の牟田......」
聞き覚えのある名前だったので、すぐ思い出した。九州の高校野球に詳しいライターの方が、香椎高校当時の牟田を無名の逸材として地元紙のコラムで取り上げていた。
均整抜群の体格から豪快に投げおろし、リリースのタイミングが合った時のストレートは、ホームベース手前からうなりを上げてくる。この日は"ラプソード"という機械を使って、球速、回転数など、ボールのさまざまな成分を計測していた。
この日のストレートの回転数は、2700台が立て続けに表示された。プロの一軍クラスで2300〜2400と言われており、それをはるかに超えている。多少、スライダー回転が加わった"真っスラ系"の球質を含んでいるのもあるかもしれないが、それでも驚く数字であることに違いはない。
「最初は頭が突っ込んで上体だけで投げていたのを、道方が下半身から始動するフォームを教えてくれて、グングンよくなってきた。ほんと、道方のおかげでピッチャー陣がよくなって、この春は勝たせてもらったようなものです」(高橋監督)
【目標は一部昇格と神宮】その一方で、150人近い部員を束ねてきたのが、主将の中島陸玖(りく/生光学園)だ。50m5秒台の快足を武器にセンターを守り、打つほうでも打線の上位を担っている。
「部員も多いし、いろいろなレベルの高校から集まったチームなんで、無理して全体をガッチリ合わせるより、自主性というか、個人の意欲や考え方を尊重しながらやっています」
平日の練習は、朝、昼・夜の三部制。授業優先のため、中島主将がグラウンドにいない時もあるが、各学年に責任者を定めて報告するようにしている。
「上級生が少ない練習の時は、どうしてもダラダラすることがあるので、そういう時は厳しく」
高橋監督はそう語るが、決して頭ごなしには言わない。
「自分に向かって、意見がくるような雰囲気をつくりたいんです。なぜ、そうなったのか。相手の考えを聞いて、オレたちはなぜこの学校で野球をしているのか......そうした原点を確認して取り組んでいます」
目標は、一部リーグに昇格して、そして全国大会が行なわれる"神宮"を目指すことだ。この春、二部で優勝し、入れ替え戦に勝てば一部昇格だった。だが、「やれる!」と思って臨んだ神戸大との入れ替え戦で1勝2敗。大きな一歩を踏み出す寸前で頓挫してしまった。
「『いける!』と思ったあたりから、選手たちがだんだんと硬くなっていったみたいで......」
普段ならさばけていた内野ゴロのミスが敗因のひとつとなった。その入れ替え戦を、高橋監督が振り返る。
「勝ち慣れてないというか、高校でレギュラーとして経験した選手が少ないというのは、現実の話。自分が試合に出て勝つことが特別なことになっているから、いざという時に体が思うように動かない。こればかりは教えてどうこうの問題じゃない。選手たちが、自分たちで乗り越えるハードルなんです。そのために実戦経験の機会をたくさん用意してあげないとね。それはこちらのやるべきこと」
4年生の中島主将は"神宮"の夢を叶えることはできなかったが、後輩たちにエールを送る。
「この春、ほとんどの試合で投げた鈴木と塩見って、まだ3年生なんですよ」
そういえば、牟田も含め、投手陣の屋台骨を支えているのは3年生ばかり。それを聞いて、一気に視界が明るく開けたような気分になった。
「自分の神宮はなくなりましたけど、秋にもう一度(二部で)優勝して、入れ替え戦に勝って一部に上がっておけば、来年の春に神宮を狙える可能性はある。その態勢だけは後輩たちに残していけたらと。そこが、自分たち最上級生の使命だと思っています。だから、4年生全員が秋もチームに残ります」
毎年のように逸材を輩出する東京六大学や東都大学の中央リーグだけでなく、地方の大学からアッと驚くような剛腕、スラッガーが現れたり、全国大会の上位まで勝ち上がっていくチームがいたり......地方大学の勢いを感じるようになってから、どれくらいになるだろう。それがアマチュア野球の大きな楽しみとして、間違いなく定着しつつある。そんななか、関西の一角からまた新たな勢いを持ったチームが、徐々に台頭しようとしている。