えんどう・としひで/1959年山梨県生まれ。1982年東京大学法学部卒業、旧大蔵省入省。金融庁では、総務企画局参事官(金融危機対応担当)、監督局銀行第一課長、検査局長、監督局長などを歴任。2018年7月に金融庁長官。2020年7月に退官し同11月にソニー(現:ソニーグループ)シニアアドバイザー。2023年6月より現職(撮影:今井康一)

元金融庁長官が金融機関のトップに――。

2023年4月にソニーフィナンシャルグループ(FG)が公表した異例の人事は、金融業界の耳目を集めた。元金融庁長官の遠藤俊英氏が6月にFG社長に就任することになったからだ。5月にはソニーグループの経営方針説明会で、2020年に約4000億円を投じて子会社化したばかりのFGを分離・独立(スピンオフ)させる方針が発表された。

2〜3年をメドにFGを再度上場、ソニーグループの持ち分比率を2割未満まで引き下げる方針も明らかになった。このスピンオフを「甘えを断ち切る」機会と捉える遠藤氏。今後の経営課題などを聞いた。

──2020年に金融庁を退職されてから、どういう経緯でソニーグループに関わることになったのですか。

辞めた直後に経済界の知り合いと食事をした。そのときに「この後どうするんだ」という話をしていて、「決まっていない」と答えたところ、ソニーに関心はないかと聞かれた。金融グループを抱えているとはいえ、ソニーのことはまったく頭になかった。でも言われてみたら面白そうだなと考えて、紹介してくださいとお願いした。

それで十時さん(十時裕樹・ソニーグループ社長)と何回か会って、ソニーには顧問という制度はないけれど、「シニアアドバイザーという制度はある」ということで行くことにした。

まずソニー株式会社に行ったが、半導体やゲームについては見せてもらったり教えてもらったりすることのほうが多かった。一方で私の専門分野は金融。金融について聞かれれば、いろいろとアドバイスすることもできる。実際に相談を受けてさまざまな議論をした。

2022年の夏からはソニー生命保険の取締役会にも参加していた。前任の岡昌志・ソニーFG社長に参加してほしいと言われたからだ。ソニー生命というのがどういう会社なのかということについては、過去1年間の取締役会の議論を通じてみることができた。

損保・銀行がソニー生命と平等にならなければ

──今のソニーFGはどのような課題を抱えているのでしょうか。

設立から40年経った対面営業を強みとするソニー生命と、ネット金融のフロントランナーであるソニー損害保険やソニー銀行は、それぞれの領域で成功している。ただ、それだけに「個」が強い。要するにソニーFG全体として付加価値を上げようという発想が足りない。

そもそもは1979年にプルデンシャルとの合弁で生命保険会社を立ち上げたところから始まった金融グループだ。金融事業はソニー創業者の盛田昭夫さんの夢だったと言われていて、(合弁会社で副社長を務めた)プルデンシャルの坂口陽史さんと盛田さんは神様みたいな存在といえる。

今も金融グループの中心にソニー生命がある。ライフプランナー(営業員)の中には自主的に住宅ローンや損保の研究をしている人もいる。だからといって、ソニー生命のライフプランナーにいろんな商品やサービスを集中して売ってもらうというのでは、戦略としてダメだと思う。

シナジーを生み出していくためには、まずは損保や銀行がそれぞれもう少し深掘りをしてもっと大きくならなければならない。そうすることで初めてソニー生命と平等になってシナジーを生み出せるようになるはずだ。

──具体的にはどういう拡大が考えられますか。

例えば自動車保険は、これから電動化や自動運転技術が進んでいくことで、業界全体のパイが縮小するかもしれないという課題がある。そこに対してわれわれもチャレンジしていきたい。ソニーがホンダと組んでEV(電気自動車)の「アフィーラ」を作っているのだから、将来を見据えた新しい商品にも挑戦できるはずだ。

銀行が手がけている外貨預金や住宅ローンでも同じことが言える。メガバンクでは住宅ローンをやめようかというところまで出てきているわけで、未来永劫住宅ローンが銀行の収益の柱なんてことはありえない。ウェブ3.0など新しい技術が出てきている中で、デジタルバンクのようなことにも挑戦していきたい。


そうしたことをやっていくために、少し時間はかかるかもしれないが、銀行のシステムをクラウド中心のものにしていく必要がある。約20年前の設立当時から同じシステムを使ってきたが、機動的に機能が追加できるようにもしていきたい。

──6月から社長へと立場が変わったことで、自身に変化は?

その企業の課題はいったい何なのかを認識することが重要であるという点はアドバイザーのときと同じ。ただ、アドバイザーには認識した課題に取り組む責任がない一方で、経営者にはその責任がある。そこが違う。

──金融庁長官時代には、変額保険などを使ったいわゆる節税保険について「美しくない」と発言するなど、厳しい態度を取ってきました。ソニー生命では現在も変額保険の販売を継続していますよね。

1年ほど前、ソニー生命の取締役会にオブザーバーとして出ているときに、節税保険が議題に上がった。そこでもそうとう厳しく「本当にやっていないんですか?」と尋ねた。実態も見せてほしいと言って、実際にロールプレーの動画も見せてもらった。

中小企業オーナーなどのお客さんに求められたからといって、節税保険を勧めるのは顧客本位ではない。企業の経営課題に対して客観的な立場からアドバイスしたり、自分のネットワークから適切な人を紹介したりするのがライフプランナーとしての顧客本位だ。

私としては1年間社内の議論をみてきて、「重層的な議論をきちんとやっている組織だな」という印象を持っている。

グループとの連携は人間関係が要

──ソニーグループとの連携では、金融とそれ以外の部門の連携が希薄な印象がありました。

ソニーグループの6事業の中で、金融だけはほかのグループとちょっと離れたところがある。関係が薄くなっているというのはそうだろう。

結局、連携というのは人間関係だ。組織作りをするだけではダメで、「あの人だったら信頼してツーカーで話ができる」という関係性を築く必要がある。私たちが問題意識をもって、こういうことがやりたいから連携してほしいという形で(ソニーグループに)積極的に提案していきたい。

例えばプレイステーションはサブスクリプションモデルになっているが、これをさらに進化させたいとする。そうしたときに必ず金融の機能が必要になる。そういう連携についてもすでに考え始めているところだ。

──スピンオフをしてソニーグループの出資比率が20%未満になると、関係性は希薄化しませんか。

資本関係が100%から20%になったとしても、関係性が大きく変わってしまうとは思わない。人間同士の信頼関係は変わらないからだ。それに、FGにとってのスピンオフの意義は大きいと考えている。

まず(グループ内での)プライオリティーでは、金融はどうしても低くなりがちだった。2020年に100%子会社化してからM&A(合併・買収)などの議論をしてきたはずだが、ゲームや半導体で巨額の投資が必要になっている中、どうしても優先順位が低かった。


「FGにとってスピンオフの意義は大きい」と語った遠藤社長(撮影:今井康一)

肝心なのはソニーというブランドを使い続けられる状態で、ソニーFGが独自に上場し、資金調達できるようになることだ。ソニーはブランドの利用に厳しい会社で、子会社以外にブランドの利用を認めたことはない。そのステータスが得られるのは大きい。

一方で、甘えも断ち切られる。ソニーというグループにぶら下がっていることで、どうしても議論が内向きになる傾向があった。(スピンオフで)そうしたことは言っていられなくなる。

部長級チーム立ち上げ議論をスタート

──​年内にもスピンオフの詳細を公表する見通しです。IPO(新規株式公開)は1兆円規模になると目されています。現時点で決まっていることは。

十時さんとは昨日も会って(注:インタビューは7月25日に実施)、スピンオフやIPOについて話をしたところだ。ただ、詳細はまだ詰まっていない。そもそもこの規模の企業でスピンオフをするのはおそらく日本初の試みで、すべてこれからという段階だ。

4月の社長就任発表後、5月の大型連休明けからは部長や執行役員クラスを中心に社内でヒアリングを進めてきた。すると「今のままじゃつまらない」という声もたくさん聞こえてきた。そういう思いの強い人たちに集まってもらって、チームを作った。

先週キックオフしたばかりだが、このチームを中心に(上場に向けた)エクイティストーリーや中期経営計画を作っていくことになるだろう。私も生保、損保、銀行、ライフケア(介護事業)の4社の社長と毎週議論をしていく。

この先数カ月間は、部長クラスとキャッチボールをしながら週単位で議論を進めていきたい。

(梅垣 勇人 : 東洋経済 記者)