上野さん(左)と樋口さん(右)。いったい人は何歳から「最期を迎える」準備をしておくといいのでしょう、2人の対談をご紹介します(写真:マガジンハウス提供)

91歳の樋口恵子さんと75歳の上野千鶴子さんによる「人生のやめどき」対談より、いったい人は何歳から「最期を迎える」準備をしておくといいかを伝授。お墓は? 恨み・つらみ・感謝の気持ちはいつどのように伝える? 死んだ後に届く郵便物の事前対策とは? 
人生100年時代に、身ひとつ軽やかに最期を迎えるための心構えを、『最期はひとり 80歳からの人生のやめどき』から一部抜粋・編集のうえ、お届けします。

樋口:上野さんはお墓はどうなさるの?

上野:実家の墓が遠いので、兄が少し前に墓を移転したんです。それで新しく墓開きをした。その際、兄はわたしにいっさいの金銭的負担を要求しませんでした。だから、お前はお前で考えるようにということとわたしは解釈して、そのようにエッセイに書いたところ、何かの拍子にそれを読んだ兄から「俺はこんなことは言ってない。お前も入れてやる」と連絡が来た。でも、わたしはお墓に興味がないんです。

樋口:入れてくれるって言うなら、そこに入ったほうがいいわよ。

上野:そんな見知らぬ墓に自分の骨があるというのもあまり気持ちよくないし、わたしは遺書に「散骨してください」と書いてあります。もちろん、散骨場所も指定して。時々、沖縄の美ら海に散骨をとか依頼する人がいるけど、そんな面倒なことは頼みません。近場でオーケーです。樋口さんは、パートナーの遺骨を散骨するのは忍びないですか?

樋口:結構面倒くさいらしいし、こちらの体力も衰えているもので。

上野:簡単ですよ。行った先の海とか山に少しずつ撒けばすみますから。散骨許可を得るとか、ややこしく考えなきゃいいんです。

樋口:ちなみに、上野さんは散骨場所としてどこがご希望?

上野:京都の大文字山の「大」の字に点を打つと「犬」という字になる場所があるんです。そこにわたしの死んだペット(愛鳥)を埋めました。だから、自分の灰もそこに撒いてほしいですね。散骨に関しては昔から友だちに頼んであって、そのくらいならやってもらえると思います。遺書も数年に一度バージョンを変えてます。人間関係も変わるし、男も変わりますから(笑)。

恨み・つらみは丸めて棚上げ

上野:和解したいとか謝罪したいとかいう相手はいます?

樋口:謝りたい人? あまりいないわね。謝らせたいのはいるけど(笑)。でも、もういいの。それは許すことにしたの。もう、みんな好き、と自分に言い聞かせてます。

上野: あ、そう。そんなに恨みがある?

樋口:私はこんなふうだから、比較的陽気に誰とでもおつきあいしているように見えるけれど、見かけより傷つきやすいヤワな魂の持ち主です。だから、ちょっと言われたこととか悪口というのを鮮明に覚えていて、それに利息をつけて膨らませていってるわけですよ。

まあ、恨みつらみの感情が生きるエネルギーになっているような人もいるから、それが一概に悪いとは申しませんけれど、ずっと自分のなかに抱えていると性格も暗くなるし、身の処し方も重くなるでしょう? だから、一時的に丸めて棚上げしておこうと、あるとき決めたの。そのうちに忘れることもあれば、向こうが先に死ぬこともあるわけで。それでも許せなかったら、死んだあとで化けて出る(笑)。

上野:はははは。

樋口:結構楽しいわよ。あとで化けるから「あと化け1号」、「あと化け2号」って、相手に順位をつけているの。そう言ってるうちに向こうが死んじゃったりして時々順位が変わったり、そのうちにそんなに恨まなくてもいいやって気持ちになったりもして。

あとで化けることに決めたことで、本当に気が楽になりました。それに情勢が変わると、あと化けの相手がニコニコして再び関係が良くなったりするようなことも起こるわけ。そのときになって、ああ、あのとき怒鳴らなくて本当によかったと心から思うんです。

つまり人との関係って、いつどこでどう変わるかわからない。世話になることもあるかもしれない。そもそもの腹立ちの原因も、よく考えれば自分の一生の節操にかかわることでも何でもない。そこから、たいていのことは聞き流すテクニックが身につきました。勝手にハラを立てるのは自分の未熟さです。

上野:わたしも、わりと傷つきやすいんですよ。だけど、一方で物忘れがすごく激しいので、昔この人に何かひどいことをされた気がするけど、あれ、なんだっけ? と、思い出せない(笑)。

樋口:素晴らしい美徳ね。忘れっぽい、健忘症っていうのは美徳ですよ。

上野:おかげさまで、自分の恥ずかしい過去も忘れられます(笑)。若気の至りで人に謝らなきゃいけない悪いことをいっぱいやってきましたから、人に謝らせるなんて恐ろしいことはできません。

先日、田中美津さん(ウーマンリブ運動の先駆者)と話していて、彼女が「長生きも芸のうち」って言うの。どういうことかというと、自分が死んだら、誰がどんな悪口を言うか、だいたいわかると。だから、悪口を言いそうな人よりも長生きして死のうって。それが彼女の言う「芸」。その反面、誰が何を言うか、実際のところをあの世から観察したい思いもありますけどね。

お見舞いは「上から目線」?

樋口:小学校から大学まで一緒だった同級生がいるんです。彼女は私より少し早くにヨタヘロ(なにをするにもヨタヨタ・ヘロヘロする世代)になられてしまい。息子さんによると、今は施設でほぼ1日中寝たきりで過ごしているらしいの。となると、お見舞いに行くなら今しかないでしょう?

ただ、お見舞いって絶対的に“上から目線”なのね。若いときは回復するという見込みがあるけれど、年寄りになるとそうはいかない。すると、見舞いに来る者が上位で、見舞われる者がどうしても下位になる。本当に、目線と同じよ。見舞われる側がどういう気持ちなんだろうと思うと、ちょっと躊躇しちゃうのね。

だから、まずは行っていいかという手紙を本人と息子さんとに出そうと思ってます。それでいいと言われたら、私の気持ちとしては、一言お礼が言いたいのよ。

上野:そのお礼は、直接会って言わなきゃいけないものですか? お手紙ではなくて?

樋口:会ってくれるか手紙で聞いて、会いたくないと言われれば、手紙でお礼を書こうかと思ってます。彼女は私の同志なので、「あなたのおかげで私は世の中に出られました。そのことに心から感謝しています」と伝えたいんですよ。

上野:これまでに言ったことないんですか?

樋口:言いませんよ、そんなこと。

上野:なんでなんで? わたしは相手が元気なうちに言っておこうと思って、最近いろんな人にいっぱい感謝を伝えていますよ。あなたにあのときこんなことをしてもらったのがとってもうれしかったとか、あなたのこんなところが大好きとか。今おっしゃったようなことを考えておられるなら、絶対に思い残しのないよう早めに伝えたほうがいいと思います。

樋口:そうですね。筆忠実は明らかに美徳です。

上野:手紙を書いたあとでまた会えたなら、何回お礼を言ったって、いいじゃないですか。1回ぽっきりとか、ケチなことを言わないで。ぜひ、そうしてください。

樋口:じゃあ、まずは手紙を書くか。

ファンクラブの会費は「税金」

上野:少し話題を変えます。いろんなサークルやファンクラブ、活動団体の会員更新時期って、だいたい4月でしょう? それが何十ともなると、結構な金額が積み重なって、毎年まとまった額が出ていきます。実際には会費会員だけで、ほとんど活動らしい活動はしていないものもあるんですけど、税金だと思って会費を払っています。

樋口:私もそういう会に、ずいぶん入っていますよ。

上野:市民として支払う税金と思って、自分が使ってほしい人たちに出しているお金だから自分に負担能力がある間は払い続けます。なかには遠方だったりして、その団体の活動に参加できないような会もあるので、「やめさせていただけませんか」と言ったこともあるんですけど、「会員名簿に上野さんの名前があるだけで励みになるんです」とか言われるとやめられません(笑)。


樋口:やめられないわよね。うちにも長いこと仕事をしてきたというだけで、いろんな郵便物がくるんです。その数たるや、ちょっとしたオフィスよりも多いんじゃないかしら。

パートナーが死んだあと、彼もいろんな学会やサークルに入っていたから、それらの団体から定期刊行物が来るたびに、はがきを何通も書いたものですよ。《本人は亡くなりました。長い間、お送りくださってありがとうございました》って。

上野:印刷しなかったんですか? パソコンを使って印刷すれば楽なのに。

樋口:それよりも手で書くほうが楽なの。でも、この先、もう少し、自分の死に支度がスピードアップしたら、定期刊行物を送ってくれている先のリストをつくって、娘か姪に文書にしてもらおうと思います。《長きにわたって御社の資料をお送りくださいまして、誠にありがとうございました。大変役に立ちました。でも私つい最近、亡くなりましたので》って。

上野:亡くなりましたって過去形で(笑)。死ぬ前じゃなくて、死んでから自分の名前で出すんですね。それはいい。

(樋口 恵子 : 東京家政大学名誉教授/NPO法人「高齢社会をよくする女性の会」理事長)
(上野 千鶴子 : 社会学博士。東京大学名誉教授)