人気の女子ボートレーサー北村寧々が語る「運命の出会い」 なぜ命の危険もあるボートの世界に入ったのか
女子ボートレーサー
北村寧々インタビュー 前編
北村寧々を初めて見たのはボートレース場のPR動画だった。当時19歳の彼女は養成所を卒業したてで、「こんな子供みたいな子がプロなのか」と驚いたことを覚えている。それから彼女のことを追うようになった。
可憐なルックスで瞬く間にボートレースファンから人気を獲得したが、デビューから時間が経つと、着実に成績も伸ばしていった。レーサーになって3年目を迎え、負けん気の強さが感じられる"勝負師"の顔つきになってきたのがわかった。「どこにでもいる普通の子だった」という少女は、なぜ勝負の世界に飛び込んだのか。
ボートレーサーとして3年目を迎えた北村
北村が生まれ育ったのは、九州の長崎県島原半島の北西部に位置する雲仙市。畜産と農業が盛んで、高台にある牧場からは雄大な自然が一望できる。
3人きょうだいの真ん中として生まれ、「幼い頃から人見知りだった」という北村は、姉の後ろにくっついて同じダンススクールに通い、歳の離れた弟をかわいがり、のどかな田舎で家族5人で身を寄せ合い仲良く育った。
朴訥な少女に運命の出会いが訪れたのは、高校2年の夏だった。
「ボートレースが好きだった父親に連れられてボートレース大村(長崎にあるボートレース場)に行ったんです。初めて見たレースはめっちゃ面白かったし、スポーツとしてもいい印象を受けました」
昔から乗り物が好きだった。小さい頃から特にバイクに憧れ、高校生になるとすぐに免許をとった。最初に乗ったのはカワサキの「バルカン」。大きな車体と個性的なデザインが特徴のバイクはよき相棒となったが、次第に旧式バイクに惹かれるようになる。
毎日バイトに励み、2年後に購入したのはホンダの「CBX400F」だった。40年前に発売され、またたくまに人気となった「速くてかっこいい」伝説の名車だ。購入額は「150万円ほど」で高校生にとっては本当に大きな買い物だったが、新しい相棒を手に入れた北村は、週末になると二輪にまたがり遠くに出かけた。自分の思いの通りに走ってくれるバイクは高校生にとって自由の象徴だったのだろう。
高3になると、将来の進路に頭を悩ませる時期がきた。バイト先の車屋さんの社長は父親の友人でもあったため、何でも気楽に相談できる間柄だった。ある日の社長が発した何気ないひと言が妙に頭に残ったという。
「『ボートレーサーなんて面白いんじゃない?』って言われて、すごく興味が湧いたんです」
北村の地元から車で40分ほどの大村ボートレース場は、街の人にとって馴染み深い場所だ。だが、レーサーという職種はまったく選択肢になかったから、水面を高速で走るボートを乗りこなす自分の姿を思い浮かべるだけで興奮した。
「家族の反対は特になかったです。レーサーを目指したこともあったお父さんは女性が活躍しているのも知っていましたし、応援してくれました。お母さんはケガだけを心配してましたけど」
昔からとにかく頑固で、「一度決めたことは決して曲げない子だった」というから、両親も反対する気は起きなかったのだろう。本格的にトレーニングを始めて、高校卒業後に養成所の試験を受けて一発合格。北村と同じ128期生は1000人近くが受けてわずか51人の合格。実に約20倍の狭き門だった。
1年間の養成所での訓練を経て、晴れてプロレーサーになった北村。51人いた128期生も卒業時には28名と、半数前後の脱落者を出していた。
プロレーサーとしてキャリアをスタートするにあたり、ボートレーサーには所属先が必要で、自分で好きな支部を選ぶことができる。多くは自分の出身地周辺の支部に所属するのだが、北村も馴染みのある大村をホームにした。ここで出会ったのが"師匠"だった。
「宮本(夏樹)さんはデビュー戦1走目から一緒で、ずっとよくしてくださったので決めました」
新人レーサーはデビューと同時に、師匠を見つける必要がある。意外かもしれないが、ボートレースは師弟制度が一般的で、新人レーサーは師匠に付いて教えてもらう。これは正式な制度ではないが、先輩レーサーにさまざまな面で指導を受けることになり、その関係は長く続く。
師匠を選ぶのはレーサー自身だ。多くは自分の所属するボートレース場で、近しい人から選ぶという。北村が選んだのはA2級(上からA1、A2、B1、B2)の男子レーサー、宮本夏樹。端正なマスクに似合わない豪胆な走りで人気のレーサーだ。
「宮本さんの教え方はラフな感じですね。『あれをやれ』とかは言わないんです。『フライングだけはせず、あとは自分の思ったようにやりなさい』って」
だが、レースのあとは容赦なくミスを指摘される。
「ターンの時に右腹が浮いてしまう癖があって、タイミングひとつぶん旋回が遅れちゃうんです。『それがきちんとできたら1点上がってるぞ』って」(レースでは順位に応じて得点が与えられる。一般競走は1着10点、2着8点、3着6点、4着4点、5着2点、6着1点)
練習で一緒に走ったり、あるいはレースを見るうちに師匠のすごさにも気づいた。何より北村を驚かせたのは、宮本のハートの強さだ。たとえ不利な5、6コースでも貪欲に1着を狙いにいくし、逆境になっても諦めない。フライングを連発していた時に、自分を追い込むために高級腕時計を買ったというのも宮本らしいエピソードだ。A1級昇格を狙う宮本も、北村と一緒に成長を続けていると言えるかもしれない。
北村が身を置くのは真剣勝負の世界。負けが続けば引退勧告をされる厳しい現実がある。現在、北村が所属するのはB1級。B2級は新人や反則を重ねて休みが続いたレーサー等が所属するので、B1級は実質プロとしての"最低ライン"と言っていい。ボートレーサーの実に半数がB1級に所属し、最高位のA1級は上位20%。昇級するにはひたすら勝利を重ねるしかない。
ボートレースで大事なのは「スタート」「旋回」「調整」の3つだ。独特のスタート方式を採用するボートレースにおいて、スタートの優劣はそのまま勝敗に直結する。旋回は選手の腕の見せ所とも言える。そのどちらも「まだまだ」と北村は感じている。
「スタートはまだまだ下手くそですね。旋回も、2コースや4コースだと、引き波にハマっちゃうことがあるんです。それさえなければ着順も上を狙えるし、『もったいないな』と思ってます」
引き波とは、ボートが走った後に残る波のこと。ここにハマるとボートが操縦しにくくなり、減速する。引き波にハマってしまう理由は、「踏み込みすぎ、あるいは速度を落としすぎ」。「ここぞ」という感覚がまだ掴みきれてないからだ。
そして調整力。モーターはレース開催ごとに抽選でレーサーに振り分けられる。モーターはすべて同じ性能のはずだが、やはり個体差があって、レーサーの調整でその働きは大きく変わる。北村もモーターをいじるのが昔から好きだったからこそ、その難しさを体で感じているところだ。
ただ、いいエンジンでも悪いエンジンでも、A1レーサーは必ず結果を残す。北村がすべて6着に終わったモーターがあったが、次の節でA1レーサーが乗って優勝したこともあった。
「3つすべてを高いレベルに持っていって、上の人たちと互角に戦えるようにならないと」
レース当日は朝から気持ちが昂っている。それはデビュー当初から変わることがない。戦闘スイッチをオンにするのは、発走の10分前。待機室で座ったまま目を閉じて、レース展開を思い浮かべる。
まずはスタートをしっかりと決めること。「第1ターンマークはこうなったらこうする、こうなったらこうする......」とパターンを頭の中でいくつも描く。だが、予想通りにいくとは限らない。スタートが苦手なはずのレーサーに先行されたり、あるいはフライング持ちの自分がトップスタートだったりと、思い通りにならないこともまたボートだ。
「一番ヒリヒリするのは、やはりターンしてる時ですね。特に2、3着を争ってる時は無我夢中です」
水面を疾走しながら、隣のボートと時にぶつかりながら上位を目指す。モーターの音を内臓で感じながら、旋回がうまく決まった時は、これ以上ない幸せを感じる。船と自分がひとつになれたような錯覚さえ覚える。
だが、時に転覆などの事故に遭うこともある。
「この前のレースで転覆した時は(5月27日 蒲郡12R)ボートが上からゆっくり落ちてきて、船体に体が押しつぶされて、息ができなくて死にそうなりました」
だが、翌日のレースでさらなる成長を見せた。転覆はエンジンが水浸しになるため「調子が落ちる」と言われるが、1コースからいい入りをして見事に1着となった。ボートレースは内枠有利の競技だが、強いレーサーほど内枠のチャンスを逃さない。これまでだったら失敗を引きずっていたかもしれない局面だったが、それを乗り越えることができたのは大きな経験となった。
デビューからわずか3年。これから先、どんどん厳しい壁にぶつかることだろう。ただ、強いレーサーはそれを乗り越えてきたし、乗り越えなければいけないと北村は感じている。
今年も多くの後輩たちがデビューした。「デビュー時と比べて自分の成長を感じるか」と問うと、「6着が少なくなった」と明快な答えが返ってきた。3年目を迎えた期待の新星は、ひとつひとつではあるが着実に進歩を遂げている。今後の目標は常に舟券に絡んで、信頼されるレーサーになることだ。そのために一戦一戦を大事にしたい。
「まずはひとつ上のA2級を目指します!」
彼女の挑戦はまだ始まったばかりだ。
(後編:女子ボートレーサー特有の悩みと人気ゆえのプレッシャー「なあなあでやらない。後悔したくない」>>)
【プロフィール】
北村寧々(きたむら・ねね)
2001年9月28日生まれ、長崎県出身。B1級のボートレーサー。高校を卒業後に養成所に入所し、2021年5月に地元・長崎のボートレース大村でデビュー。 長崎支部で8人目の女性ボートレーサーとしても注目を集めている。師匠はA2の男子ボートレーサー宮本夏樹。