新型ムルティストラーダV4ラリーでイタリアのワインディングを駆ける筆者(写真:Ducati Motor Holding S.p.A)

2023年6月8日、イタリアのプレミアム モーターサイクルブランドであるドゥカティから招待を受けて、本社のあるイタリア・ボローニャにて開催されたDucati Tech Talkに参加してきた。参加者はアメリカやヨーロッパ、中国など主要国から選りすぐりのモーターサイクルジャーナリスト合計7名という極めてエクスクルーシブなイベントである。


プレゼンテーションはプレミアムなものだった(写真:Ducati Motor Holding S.p.A)

イベントの目的は、ドゥカティのエレクトロニクス(電子工学)の優位性を広く世界に周知させること。ことテクノロジーについては日本やドイツのメーカーの優位性が妄信されているが、最近のMoto GP(ロードレース世界選手権)での圧倒的な活躍に見られるように、モーターサイクル業界におけるドゥカティのさまざまな革新的テクノロジーの開発環境は注目に値する。

エレクトロニクス技術とドゥカティの関係性

創業時のドゥカティは、ラジオなどを生産販売する電気メーカーとしてスタートし、第2次大戦後の混乱時に移動の手段としてモペットを作りはじめ、現在のバイクメーカーとしての歩みをスタートしている。つまり、元来エレクトロニクスとの関わりが深い会社だ。

ボローニャ到着の翌日、早朝から始まったTech Talkセッションでは、クラウディオ・ドメニカーリCEOからの挨拶のあと、プロダクト・コミュニケーションのジュリオ・ファッビ氏、研究開発部門ディレクターのビチェンゾ・デシルビオ氏、電子システムディレクターのアンドレア・リッチラミノ氏、車両テスト責任者のルイージ・マウロ氏、そして実際のテスト担当者アレッサンドロ・バリア氏からそれぞれ、内容の濃いプレゼンテーションが行われた。


最新プロダクツが展示された本社内のミュージアム入り口(写真:Ducati Motor Holding S.p.A)

改めて認識したのは、現在モーターサイクルに搭載されているさまざまなエレクトロニクス技術の多くが、ドゥカティによって初めて導入され、今やスタンダードとなっているということ。そう、昔からドゥカティは「先進的な」ブランドなのである。

ドゥカティとレースは切っても切り離せないが、モータースポーツへの参戦を通じて開発されたさまざまな新技術が、過去から現在のMoto GP常勝チーム「ドゥカティ・コルセ(ドゥカティのレース関連部門)」へ注がれ、さらに市販車へとフィードバックされ、私たちもその恩恵を受けているのである。

さらに驚くべきは電子制御システムのほとんどがドゥカティ社内で開発されていることだ。餅は餅屋で分業が進む世の中だが、「社内開発」とは驚きの事実である。

ドゥカティと最新テクノロジーの歴史

過去15年間にわたりドゥカティが最新テクノロジーの開発に投資し、イノベーションに貢献してきた事例は次のとおりだ。

2008年、「1098R」にモーターサイクル初のトラクション・コントロールを導入し、スーパースポーツのパフォーマンスと安全性のレベルを一段引き上げた。そのわずか1年後には「ストリートファイター1100」にLEDヘッドライトを世界で初めて採用。

2010年には「ライディングモード」を切り替えることでモーターサイクルの性質を自在に変更することができる機能を備えた「ムルティストラーダ1200S」を発表。

2011年モデルの「ディアベル」に採用されたTFTメーターパネルは、今ではあらゆるセグメントのモーターサイクルの標準装備となっているが、このときがモーターサイクル初搭載。

2012年には「1199パニガーレ」にフルLEDテクノロジーとエレクトロニック・エンジンブレーキ・マネジメントシステムを導入。

2014年にダイネーゼ(ライディングウェアやプロテクターなどを手がけるイタリアのメーカー)と共同開発し、ジャケットに内蔵したエアバッグとモーターサイクルが通信し、衝突・転倒時に瞬時にエアバッグ展開信号を送信するシステムを「ムルティストラーダ1200ツーリング」に搭載。

2018年にはブレーキング時にパワースライドをコントロールする、スライド・バイ・ブレーキシステムを「パニガーレV4」に導入。

そして2020年には記憶に新しい、アダプティブ・クルーズコントロール(ACC)とブラインドスポットモニターを備えたレーダー・システムを「ムルティストラーダV4」に搭載。快適で安全なモーターサイクルライフを牽引している。

今年2023年導入された革新的な技術として、エクステンデッド・シリンダー・ディアクティベーションシステムがある。2つのリアシリンダーバンクの作動を一時的に休止させることで燃費と発熱量削減に寄与するものだ。

今では当たり前となった多くの技術の多くがドゥカティ初というのは驚きであり、同時に納得するところでもある。


人気のムルティストラーダラリーは、アダプティブ・クルーズコントロール(ACC)が搭載される(写真:Ducati Motor Holding S.p.A)

先進の安全技術は、いち早く4輪車に採用されるイメージがあるが、ドゥカティの場合、エンジン出力制御とあわせてタイヤのスライドコントロールを行うなど、2輪ならではの制御を確立したうえで、走行時の総合安全環境の追求を進めているあたりにも好感が持てる。

先ほどドゥカティの社内開発の話をしたが、正確にいうと、導入するテクノロジーを社外のサプライヤーと共に開発し、ドゥカティ社内にノウハウを蓄積するのである。具体例としてピレリやブレンボ、ボッシュといった名だたるパートナー企業と共に、これらモーターサイクル初搭載技術(とくにエレクトロニクス分野)を開発している。

今回のメインテーマであるエレクトロニクス分野については、電子システム開発部門の成長と連動しており、ここ10年あまりで開発者が4倍に増加したという。フラッグシップモデルのパニガーレから、シンプルなネオクラシックライン「スクランブラー」にいたるまで導入されているエレクトロニクスとして、ライド・バイ・ワイヤ、トラクション・コントロール、クイックシフター、ライディングモード設定、コーナリングABS、TFTメーターパネルなど、枚挙に暇がない。


見学したエレクトロニクスのラボ内では、さまざまな計測機器が稼働中だった(写真:Ducati Motor Holding S.p.A)

ドゥカティ式のユニークな開発手法

ドゥカティのイノベーションには、ドゥカティ式とも呼べるユニークな手法がある。そのひとつが社内で行われる「テスト」である。開発段階では、発生する可能性のある問題を迅速に解決することにつながり、また既存のモデルのクオリティをつねに監視することも可能にする。極端な環境条件(摂氏マイナス40度から180度の高温に加え、大雨・塩など)での使用を想定したテストや、何千回もひたすら同じ動作を繰り返すテスト(ハンドルバーを回転させて配線のチェック、ブレーキレバーを操作してブレーキランプを点灯させるなど)を実施して実際の指使用条件での耐久性を確認するのである。


高圧による防水確認テスト(写真:Ducati Motor Holding S.p.A)


ストップランプ耐久テストでは、マスターシリンダースイッチも使う(写真:Ducati Motor Holding S.p.A)

この研究所では、さらに半導体チップを分解して開発仕様との整合性を検証するなど、各ソフトウェアのデバッグやモバイルアプリの開発・更新まで行う。今やモーターサイクルもスマホをはじめとするデジタルデバイスとのコネクティビティは非常に重要であり、ドゥカティ社内にも専門チームが存在する。スマホとのミラーリングや、ディアベルV4やデザートXから採用された、ターン・バイ・ターン ナビゲーションシステムなども彼らの範疇だ。

実際に研究室では、電子顕微鏡を使った半導体内部に使われているパーツのシリアルナンバーまで、検証確認する作業も見せてくれた。


電子顕微鏡での検査内容をモニターを使って説明してくれた(写真:Ducati Motor Holding S.p.A)

このようなドゥカティ方式、ドゥカティ・ウェイとも呼べるユニークな開発環境から、さまざまな世界初の革新的な技術が生み出されてきている。


TFTモニターは、メーター表示のほか、ナビゲーションシステムとしても使用するため、繊細な表示が要求される(写真:Ducati Motor Holding S.p.A)

そして、市販車へ最新技術をフィードバックするため、レース参戦はドゥカティにとって大変重要な位置を占めている。それを実感する術として、このTech Talkプレゼンテーションを1日で終え、我々は週末のイタリアGPが控えるムジェロ・サーキット(アウトードロモ・インテルナツィオナーレ・デル・ムジェロ)へ向かうこととなったのだ。


今回のジャーナリストは世界中から集まった7名、そのサポートにあたる総勢10名以上が24時間体制でフォローをしてくれた(写真:Ducati Motor Holding S.p.A)


国内発売間近の新型スクランブラーにも試乗。すべてが刷新されていた(写真:Ducati Motor Holding S.p.A)

本社のあるボローニャからムジェロ・サーキットへの移動には、最新のドゥカティ23年モデルが用意された。そのために私も日本からライディングギアを持参した。エミリア・ロマーニャの美しい景色を眺めながらのワインディング試乗は筆舌しがたいものがある。ムルティストラーダV4S、ディアベルV4、ストリートファイターV4から、日本では10月発売予定の新型スクランブラーまで十二分にライディングを楽しみながら目的地へ到着。美味しいディナーを楽しみ、翌日のムジェロ・サーキット訪問に備える。


ボローニャからの移動のために用意されたドゥカティ23年モデル(写真:Ducati Motor Holding S.p.A)

試乗で実感したドゥカティの満足感

前後するが、ホテル到着までのワインディングでは、全員がすべての23年モデルを体感できるように、30分ごとにマシンを乗り換えた。まったく違うセグメントのマシンに次々と乗るので、最初は戸惑うこともあったが、すぐにアベレージの高いレベルで走行可能なのがドゥカティの魅力。つまり、直感的にマシンを操れるマジックが組み込まれていることを実感した。実際にドゥカティ本社からわずか30分ほどで素晴らしいワインディングに到着するのだが、こういったあらゆる路面環境での実走行テストによって、マシンの最終的な操縦性の「味付け」も行われていることをうかがい、満足のユーザビリティの理由に納得がいった。


MotoGPイタリア大会が開催されるムジェロ・サーキットに向かう途中のワインディング、週末は1000台を超えるバイカーが集まる(写真:Ducati Motor Holding S.p.A)

そして、翌朝ホテルをムルティストラーダで出発し、ムジェロ・サーキットに到着。まずMoto Eレースを控えるMoto Eの専用パドックを訪れた。ドゥカティは今年から2026年までMoto E世界選手権に電動バイク「V21L」を供給する。初めて間近に見て、ここでは公開できない情報含めて、Eモビリティ・ディレクターのロベルト・カネー氏から興味深い説明を受けた。

それらは、まさにドゥカティらしいアプローチでのマシン設計、すべての機能が効率的に働き高いレベルでのライダビリティを実現していることが理解できた。事実、昨年よりレコードタイムが3秒以上更新されていることがすべてを物語っている。ただし、電動バイクはスタートしたばかりと、市販へ向けたコメントは発表されなかった。今後のMoto Eの発展とドゥカティの電動バイク分野での活躍に期待したい。午後はMoto EレースとMoto GPのスプリントレースを観戦し、フランチェスコ・バニャイア(ドゥカティ・レノボチーム)の優勝に大いに沸いた。


moto Eに供給しているV21L。パワーユニットを中心に前フレーム、シートステー、スイングアームと言ったモジュールを結合することで、マシンの形が整う(写真:Ducati Motor Holding S.p.A)

翌日もホテルからディアベルV4でムジェロ・サーキットまで移動し、ハイライトであるMotoGPイタリア大会決勝レースをグランドスタンドで観戦。決勝でもバニャイア選手が優勝を飾り、さらに表彰台を独占したドゥカティの勝利の興奮を胸に日本への帰路についた。

Ducati Tech Talkに参加して感じたこと

ドゥカティ本社で働く2000名の従業員によって世界中にデリバリーされる車両は年間で約6万台。そのうちの2500台が日本国内に送られている(2022年実績)。従業員数や生産台数をみる限り、ドゥカティは決して大企業ではない。むしろ中小企業レベルともいえるドゥカティだが、世界中には“ドゥカティスト”と呼ばれる熱狂的なファンがいる。そこには変わらぬ一貫した製品への取り組みなど、顧客が安心して付き合っていけるものがあるのではないか。


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今回、ドゥカティのDucati Tech Talkに参加し、本社入り口には大きなゲートこそあるものの、社内にはIDカードを検証するセキュリティなどは見当たらなかった。そして何より、誰ひとりとして首からIDらしき物を吊り下げているスタッフはいないのだ。従業員の共通点と言えば、ドゥカティのTシャツやワークウェアを着ていることだ。組み立ての現場も、レストランもドゥカティのシャツを着た人々が楽しそうに動いている。人と人とのコミュニケーションから、良いアイデアと製品が生み出されていると感じずにはいられない。

そこには、経営陣自ら現場に足を運ぶ姿もあった。決して、雲の上の人ではない振る舞い。だからこそ、少ない人数でも最大限の力を出せる企業としてのスタンスがあるのだろう。昨年はワールドスーパーバイクでのチャンピオンとMotoGPクラスでのチャンピオンを獲得するなど、モータースポーツ分野でも圧倒的な力を見せつけた。風通しの良い企業体質が営業利益とモータースポーツでの活躍を後押しし、その存在感を不動のものにしていることを実感させられた。

ドゥカティが世界で初めて導入した革新的な技術
• 2008年 DTCトラクション・コントロール - 1098 R
• 2009年 LEDヘッドライト - ストリートファイター1100
• 2010年 ライディングモード - ムルティストラーダ1200 S
• 2011年 TFTメーターパネル - ディアベル
• 2012年 エレクトロニック・エンジンブレーキ・マネジメント(EBC) - パニガーレ1199
• 2012年 フルLEDヘッドライト - パニガーレ1199
• 2020年 アダプティブ・クルーズコントロール/ブラインドスポット検出機能 - ムルティストラーダ V4
• 2023年 エクステンデッド・シリンダー・ディアクティベーション - ムルティストラーダV4ラリー

(宮城 光 : モータージャーナリスト)