防衛・安全保障体制の見直しが急務となっている。「専守防衛」を掲げてきた日本の防衛はどうあるべきか(撮影:尾形文繁)

日本を取り巻く安全保障環境の変化を受けて、防衛・安全保障体制の見直しが急務となっている。「専守防衛」を掲げてきた日本の防衛はどうあるべきか。課題とは何か。

外務副大臣や防衛大臣を歴任し、現在、自民党安全保障調査会長を務める小野寺五典氏に、ジャーナリストの塩田潮氏がインタビューする。(このインタビューは2023年6月7日に行いました。)

塩田潮(以下、塩田):自民党で屈指の安全保障・防衛問題の専門家という評価が定着しています。この分野に関わることになった経緯は。

小野寺五典(以下、小野寺):安倍晋三元総理の一本釣りです。自民党が野党だった2010年に一緒に訪米しました。日米安全保障条約改定50周年の年なのに、当時の民主党政権は式典も何一つしなかった。自民党では、これは危機的だから、野党とはいえ、ミッションを送ろうという話になりました。外交族だった私は党の外交部会長で、防衛関係は詳しくなかったのですが、石原伸晃幹事長から言われて、代表の安倍元総理のお供でワシントンに出掛けました。

国務省に行ったとき、私は「もし中国が尖閣諸島を攻めて占領し、日本が奪還のために立ち向かったとき、アメリカは支援するのか」と、前から聞きたかった点を質問したんです。隣にいた安倍元総理は、そんな微妙な問題をずばり聞くのか、というような感じだったのですが、向こうの答えは明確に「アブソリュート」、つまり「完全にあります」と言ってくれた。

安倍元首相の一本釣りで防衛大臣

小野寺:安倍元総理はそれまでは私のことを知らなかったと思うのですが、多分、これを見て、結構使える議員かな、と。その後、2012年に第2次安倍内閣ができたとき、突然、防衛大臣に、と言われました。この一本釣りで育ててもらったと思います。

塩田:それから10年余が過ぎました。現在の安全保障の環境をどう受け止めていますか。

小野寺:自民党が政権に復帰した後、防衛政策の大きな柱である防衛計画の大綱は、過去3回、変わっています。2013(平成25)年12月に閣議決定した「25大綱」、2018(平成30)年12月決定の「30大綱」、それに2022年12月決定の防衛3文書改定です。実は私は3回とも、防衛大臣か、これをまとめるワーキングチームの座長という立場で関わっていて、防衛計画が変遷していくときの外部の安全保障の環境を肌身で感じています。

「25大綱」のとき、尖閣の問題が始まりました。それまで陸上自衛隊は那覇に駐屯地があるぐらいで、与那国島や石垣島や宮古島、奄美群島は空白地域でした。与那国の陸自の駐屯地を皮切りに、約10年でこれらのための基地がようやく完成した。次に「30大綱」のときは、北朝鮮の軍事能力が高まり、対抗するためにミサイル防衛の強化などが課題となった。当時も反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有を検討していたのですが、政府の案までは行きませんでした。


小野寺五典(おのでら・いつのり)/1960年宮城県生まれ。1997年より衆議院議員(8期)。外務副大臣や防衛大臣を歴任。現在、自民党安全保障調査会長を務める(撮影:尾形文繁)

小野寺:昨年末に防衛3文書をまとめましたが、きっかけは安保環境の大きな変化。1つは中国とロシアがタッグを組むようになったことです。「30大綱」のときは、ロシアとはまだ「安倍・プーチン」の関係でよかったのですが、今はむしろ日本と敵対する関係に。現在は中ロのタッグと日本は向き合わなければいけない。

加えて、戦争の仕方が変わった。2014年にロシアが初めてウクライナを侵略したとき、ハイブリッド戦を行いました。今後の戦いは戦車や飛行機やミサイル攻撃の前にサイバーや宇宙領域の妨害から始まる。このように安保環境の変化と戦争の変化に合わせて大綱を見直す必要があり、今回、3文書を取りまとめるに至ったということです。

塩田:2022年12月決定の防衛3文書の策定作業はいつから始まったのですか。

小野寺:2年ほど前です。考えていたのは菅義偉内閣のときで、辞められた安倍元総理と意見交換して、「中ロがタッグを組む状況になり、戦い方が大きく変わったので、見直さなければ」と話をしました。実際には、その後、岸田文雄内閣となってすぐに総理から「この戦略を見直す」と言っていただいた。岸田総理は現実的な対応を考える人ですから、長年、外務大臣をされ、短い期間でしたが、防衛大臣もして、今の安全保障環境であれば、戦略を変え、予算を増やすのは仕方がないことだという考えだったと思います。

「反撃能力」を政府案として採用

小野寺:2021年の12月ぐらいから、キックオフということで、具体的に党内で議論をスタートさせました。初めは有識者からヒアリングをした。アメリカからもいろいろな人に来てもらって意見を聞きました。日本のサイバー分野での能力の低さを指摘され、それに合わせて要点をまとめました。その過程で、サイバー分野でも反撃による抑止力を高めることが必要と考えました。

さらに、実際の防衛装備においても変革が必要です。ミサイル防衛では、相手のミサイルを撃ち落とします。しかし、すごい技術と莫大な予算が必要で、これを追い続けたら国が破綻してしまう。であれば、ある程度の防衛力は持ちますが、そこから先はむしろこちらから反撃する。それによって抑止力を高める。この現実的な対応を取らざるをえない。そう思って「反撃能力」という言葉を作り上げ、政府の案として採用していただいた。

それから、自衛隊の能力を高めたいと考えた。防衛大臣として現場を回ると、戦闘機や車両などの装備品の稼働率が低くて、具体的に動く装備が少なくなっていて、非常に心配な気持ちになったので、それをしっかりやっていこうというところから始めました。

塩田:2013年12月に安倍内閣が決定した国家安全保障戦略には、「本戦略の内容は、おおむね10年程度を念頭に置いたものであり」という記述があります。2022年12月決定の3文書改定の1つである国家安全保障戦略は、この改定時期に合わせて策定されたのですか。

小野寺:いや、違います。実は2013年の国家安全保障戦略も、当時の安倍総理、菅官房長官、岸田外相、私の4人で作っていて、私だけでなく、岸田外相も、ある面で中身が現状に合っていないと感じていたと思います。それで2021年12月から始めたのですが、そのときは、そんな能力を持ったら危ないのではとか、防衛費増額の前にすることがあるのではとか、世論にもまだいろいろな声がありました。大きな転機になったのは、2022年2月からのロシアのウクライナ侵略です。あれで日本の国民のほうが気づいたと思います。

現実は、相手が弱いと思われたら戦車を使って攻め込んで、抵抗する市民を殺害していく。これが今の時代でも起きているのをまざまざと見た。私どもがずっと言ってきたことが、より信頼性を持って受け止められ、それで今回の文書の承認に至ったと思います。

岸田首相のリーダーシップ

塩田:岸田首相は「現実主義的対応」が信条ですが、その点でのリーダーシップは。

小野寺:全くリーダーシップを持っています。「やりなさい」と言ったのも、できたものを受け取って「やります」と言ってやってくれたのも、岸田総理です。それで私どもが具体的に党の考えをまとめ、連立与党の公明党とワーキングチームを作って、私が座長で理解をいただく内容に仕上げたということです。

塩田:「反撃能力」という言葉は、小野寺さんの発案だそうですね。

小野寺:こちらからの攻撃について、「打撃力」とか「策源地攻撃」とか、いろいろな言葉があったのですが、どれもしっくり来ないと思った。どういう言葉にするか、難しかったのです。政府の政策にした場合、周辺国に配慮する必要がある。間違って伝わると、「軍国主義化する日本」と悪宣伝に使われかねない。英語で何が一番妥当か、考えました。

外務省とも相談したら、「カウンターストライク・キャパビリティ(counterstrike capability)」 が最も常識的な言葉だろう、と。「先制攻撃」は国連憲章で否定されています。その中での考え方ということで、日本語に直し、反撃能力にした。岸田総理にご説明すると、「うーん、まあそうかな」という感じでご理解いただいたと思います。

塩田:2022年12月決定の国家安全保障戦略では、「専守防衛に徹し、非核3原則を堅持するとの基本方針は今後も変わらない」と表明する一方、「戦後の我が国の安全保障政策を実践面から大きく転換する」と唱えて「反撃能力を保有する必要がある」と認めています。矛盾する内容を含んでいると受け取る人もいるのではないかと思いますが。

小野寺:憲法の解釈では、自衛の能力を持つこと自体は憲法に違反しないということなので、反撃能力を持っても、専守防衛という考え方には抵触しないと思います。

専守防衛で日本を守るには、以前は飛んできた戦闘機や爆撃機を日本の領空に入ったときに撃ち落とすとか、近寄ってきた軍艦を日本の領海に入って攻撃してくるのであれば攻撃するとか、いわば「待っていて攻撃する」という戦いでした。

技術的な変化で、今の具体的な戦争は、相手の領土から直接、ミサイルが飛んでくる。以前は近寄ってきて食い止めても間に合ったのですが、今は撃たれたらすぐに食い止めるか、撃つ前に食い止める。相手の領土にあるものを攻撃して無力化するしかない。これは日本を守るために防衛としては何も変わっていないスタンスで、専守防衛の範囲に入ると思います。

ウクライナの惨状が専守防衛の世界

塩田:小野寺さんは都内での講演で、「ウクライナの現実が専守防衛の世界」と話していますが、専守防衛の方針は再考すべきだというお考えはありませんか。

小野寺:私は自民党の議員ですから、憲法改正が必要だと思っている1人です。ですが、今の憲法の範囲であれば、専守防衛をかなり重い考えとして受け止めて対応せざるをえないので、自衛隊の反撃能力に関しても一定の制約が出てきます。

ただウクライナの現状を見ると、専守防衛をしている限り、多分、最終的にウクライナに勝利はないと思うんです。あるとすれば停戦ですが、停戦のきっかけは、ウクライナが「勘弁してくれ」と言うか、ロシアが「これ以上攻めるのを許してやるよ」と言うか、こういう形しかない。ロシア国内への攻撃ができないとすると、一方的にやられ尽くしていくしかない。

これはリアルな姿として国民によく理解していただく必要がある。ですから、敢えて1つの例として、「ウクライナが専守防衛の国。今、殺されている民間人はみんなウクライナの人、壊されている町はみんなウクライナの領土」と説明しています。

塩田:核大国のロシアは戦術核兵器の使用の可能性をちらつかせています。その点も踏まえ、核抑止力についてお尋ねします。日本には非核3原則があり、核拡散防止条約に加盟していますが、現下の状況で、日本は何をどうすべきですか。

小野寺:国際社会がどういうふうに動いていて、安全保障環境がどうか、しっかり認識を持つべきだと思います。今年5月にワシントンに出掛ける機会があり、ちょうどそのときにジョー・バイデン大統領と韓国の尹錫悦大統領が会談して両国でワシントン宣言を出した。アメリカの政府から聞いて驚いたのですが、尹大統領はアメリカの核爆弾を韓国に置いてほしいと繰り返し強くお願いしたそうです。

核武装に対する世界のトレンド

小野寺:韓国の世論調査では「韓国は核武装すべき」が75%に達している。すでにドイツやイタリアもアメリカの核爆弾を自国内に置いていて、いざというとき、アメリカの了解があれば、ドイツの爆撃機がその核爆弾を積んで自ら核攻撃する。その準備を日ごろからしているんです。残念ながらこれが世界の現実です。核が使われる蓋然性が高くなってきて、そのために抑止が必要ということになった。

韓国国内で起きている議論は、北朝鮮が本格的に韓国を攻撃したとき、本当にアメリカは、核を持っている国に一緒に立ち向かってくれるのかどうかです。今回のウクライナ侵攻を見て、そういう疑いが出てきた。だから、韓国自身も核抑止のために自国内に核兵器を持とうとしている。実は世界のトレンドはこちらに動いています。私ども安全保障の担当者は、世界の潮流、動きをより敏感に日本国内に伝えることが必要です。

塩田:岸田首相は広島選出です。核の問題について、どうお考えでしょう。

小野寺:将来に核兵器のない世界に、核をなくすことが大事だと明確に意識しています。でも、現実的には日本は今、アメリカの核の傘にある。その中で核を否定できない。これが私は岸田総理の一貫した考え方で、私たちも同じだと思っています。

(塩田 潮 : ノンフィクション作家、ジャーナリスト)