円安は輸出企業にとって「プラス」に働くことは限らない(写真:Kiyoshi Ota/Bloomberg)

1ドル=145円と、円安が進んでおり、財務省はまたしても下支えのための為替介入をする構えだ。もし実現すれば、昨年秋にGDPのほぼ2%に相当する9兆1500億円(630億ドル)という巨費を投じたにもかかわらず失敗したのとまったく同じように、失敗するのは必至だ。

円が安いのは日本経済が弱いから

介入は通貨が経済のファンダメンタルズから乖離している場合にのみ有効だが、現在はそうではない。円が安いのは日本経済が弱いからだ。日本の主要輸出企業は過去の競争力を失っている。実際、富裕国の輸出に占める日本の割合は大幅に低下しており、現在の傾向が続けば、韓国が輸出額で日本を追い抜く日も近いかもしれない。

円高は輸出市場における高価格につながり、円安は低価格を意味する。数十年前、日本の家電製品、産業機械、自動車は明らかに優位に立っていたため、日本の輸出企業は高値を設定することができ、なおかつ世界輸出の高いシェアを誇っていた。しかし現在、これらの企業はその輝きを大きく失っている。製品を売るためには価格を下げなければならず、そのためには円安が必要だ。

実際、「実質実効円」は過去半世紀で最も円安になっている。この指標は、日本とすべての貿易相手国との間の価格動向の差を考慮したものである。結果として、実質実効円は、海外市場における日本製品の価格が競合他社の価格と比較してどうなのかを示している(下図参照)。


(出所:日本銀行)

なぜこれほど円安が進み、財務省がこれに対してなす術がないのかを理解するには、中期的、及び長期的な決定要因の両方に注目する必要がある。

過去2年間、円の価値を決める主な要因は日本とアメリカの10年国債金利差だった。米高日低の差が大きいほど円安になる。それは、米国債の金利が日本国債よりはるかに高い場合、投資家の資金は日本から離れアメリカに向かうからだ。

そのためには、投資家は円を売らなければならず、需要と供給の法則によって円の価値が下がる。実際、2021年7月以降、金利差の日々の上下とドル円レートの日々の動きの間には、97%という驚くほど高い相関関係がある。現在、金利差は約3.5%であり、1ドル=145円はその金利差に一致している。昨年9月から10月にかけての財務省の介入は、この連動性に一石を投じるものではなかった(下図参照)。


(出所:ウォールストリート・ジャーナル、アメリカ連邦準備銀行)

アメリカの金利が今年初めに低下したのは、投資家が今年中にアメリカ経済が後退し、FRBが利下げをせざるを得なくなると考えたからだ。しかし、アメリカ経済は驚くほど回復しているため、投資家は現在、アメリカの高金利が今年いっぱい続くか、あるいはさらに上昇すると予想している。一方、日銀の植田和男新総裁は、年初に投資家が期待したほどの利上げには踏み切らなかった。これらはすべて、財務省が何をしようとも円安になることを示唆している。

しかし、これは物語の始まりに過ぎない。金利差だけが円安の原因なら、日銀は金利を上げるだけで円安を回復させることができる。現実には、日銀が何をしようとも、円相場が10年前、20年前に正常と見なされていた水準に戻ることはないだろう。

実際、統計によれば、いかなる金利差であっても、ドル円は2001〜2013年当時に比べて20ポイントほど円安になる可能性が高い。その理由を理解するには、長期的な視点が必要だ。

円安でも日本企業が勝つのは難しい

たとえ円安であっても、日本企業は競争に勝つのが難しくなっており、それは、上のグラフに見られるように、円安圧力が続いていることを意味している。その証拠を見てみよう。

1980年から2010年までの30年間は、円高でも円安でも、日本は1年を除いて貿易黒字だった。しかし2011年以降は、1980年から2010年の間に比べて実質円が25%も安くなっているにもかかわらず、過去12年間のうち9年間は貿易赤字で苦しんでいる。

OECD諸国の実質(価格調整後)輸出に占める日本の割合は、「実質実効円」が現在より22%高かった1985年に8%のピークを記録した。それ以来、日本のシェアは着実に低下している。2021年には、大幅な円安にもかかわらず、日本の輸出シェアはわずか5.8%にまで低下した。対照的に、アメリカとドイツはともにシェアを維持しており、現在の傾向が続けば、下図に見られるように、韓国が日本を追い抜く日も近い。


(出所:世界銀行)

2000年当時、日本のエレクトロニクス企業はGDPの1.3%に相当する貿易黒字を計上していた。しかし現在、この分野は恒常的に貿易赤字に陥っている。さらに、これらの企業は、日本国内で生産しようが海外で生産しようが、競争に勝つことが難しくなっている。2010年から2020年にかけて、世界的なエレクトロニクス需要が爆発的に増加したにもかかわらず、日本のエレクトロニクス企業の世界売上高は30%減少した。

自動車分野では、日本は間もなく中国に世界一の輸出国の座を譲ることになるだろうが、その一因は、日本企業がこれまで以上に普及してきているバッテリー駆動の電気自動車(EV)で出遅れているためだ。

日本で生産される自動車の半分を輸出が占めているため、輸出市場シェアの低下は経済に大きな打撃となるだろう。それだけでなく、日本の自動車メーカーは、中国や欧州といった生産国でも市場シェアを落としている。テスラを購入したアメリカ人の40%は、日本ブランドからの乗り換えだった。

円安が、政策立案者が期待したほど日本の輸出に貢献しなかったもう1つの理由が、この自動車のケースから浮かび上がってくる。日本の自動車メーカーは、海外売上高の80%を日本からの輸出ではなく海外生産で稼いでいる。

エレクトロニクスからあらゆる機械に至るまで、他の主要製品にも同じパターンが見られる。日本企業が生産拠点を海外に移せば移すほど、円の価値が下がっても輸出を押し上げる効果は小さくなる。

円安によってコストも増大している

経済学では、利益があるものにはすべてコストもかかる。重要なのは、利益がコストより大きいかどうかである。円安は、日本の家庭や生産者が食料やエネルギーに対してより多くのお金を支払わなければならないことを意味する。それにより、日本から外国の生産者に収益が移転することになる。

食料やエネルギーの輸入価格上昇は、今日のインフレ上昇と実質賃金低下の最大の要因だ。賃金の低下により、消費者がメイド・イン・ジャパンの製品を購入するための資金は減少している。その結果、2023年の実質(物価調整後)家計消費支出は、2012年当時を下回っている。

日本は、輸出の改善という点で、さらに少ない利益を得るために、より高いコストを支払わなければならなくなっている。今日の円安は経済的な弱さを反映しているだけではない。それにより、弱い経済がさらに不安定にもなっているのである。

(リチャード・カッツ : 東洋経済 特約記者(在ニューヨーク))