I-neはヘアケアブランド「ボタニスト」のヒットをきっかけに急成長。2021年発売の「YOLU」に続くブランドとして、4月には新製品「アクオル」を投入した(撮影:尾形文繁)

ドラッグストアの目立つ棚に所狭しと並べられているのは、洗練されたパッケージの1500円帯のシャンプー群。かつて主流だった500円程度の大手ブランドは、下の棚へ追いやられている。

「今やヘアケア商品は高収益カテゴリーに変わった。売れ筋になったので、入り口付近に棚を移動させる店舗も増えている」。ドラッグストア幹部は嬉しそうに語る。ここ数年でヘアケアの主役が、大きく入れ替わっている。

商品が飽和状態で成熟化した日用品市場。そんな中でヘアケアは「単価上昇の模範例」になっている。シャンプー市場を高価格帯商品で席巻するのが、大阪に本社を構えるI-ne(アイエヌイー)だ。

2015年に発売した高価格帯シャンプー「ボタニスト」が大ヒットし、2020年に東京マザーズ(現グロース)市場に株式上場を果たした。”一発屋”で終わることなく、2021年発売の「YOLU」も売れている。2022年度の売上高は前期比24.2%増の352億円と2桁成長が続く。

「バズ」を科学的に理解

そしてI-neは2023年3月単月で、メーカーシェア1位となった(ドラッグストアにおけるシャンプー・リンスカテゴリの単月の販売金額、I-ne調べ)。花王「メリット」やユニリーバ「ラックス」など大手メーカーの定番商品で凝り固まっていた市場に、新興メーカーが風穴を開けた格好だ。4月も1位をキープしている。



ここまで急成長できた秘密は、組織体制にある。

「他メーカーと比べて突出しているのは、インハウス(自社)のデジタルマーケッターとクリエイター」とI-neの大西洋平社長は胸を張る。約300名いる社員のうち前者は54人、後者は67人(2022年度末時点)が在籍し全体の3分の1以上を占める。

テレビCMなど大手企業並みの広告投資が難しい新興メーカーにとって、SNSなどインターネット上で拡散され「バズる」ことは、ブランドの成功を左右する重大な要素だ。

そのため、I-neは「バズ」が生まれる条件を徹底的に分析している。「紹介したくなるような見た目や品質など、複数の要素が絡み合うとバズりやすくなる。自然発生的なバズを科学的に理解し、ヒットしやすい環境を作れる会社は他にほとんどないだろう」(大西社長)と自信を見せる。

実際、高価格帯ヘアケア「YOLU」の売り上げは、発売から約1年間で累計販売数1000万個を突破。2021年度に約7億円だった同ブランドの売り上げを、2022年度に約71億円まで成長させた。

インターネット上で商品をヒットさせるには、デジタル広告の運用も重要だ。だが、その種類は多岐にわたり、TikTokやYouTubeのショート動画など日々新たな媒体や広告のパターンが開拓されている。

これらをI-neはいち早く試し、効果的な広告スタイルを見つけ出す。デジタル広告を代理店に一任する企業も多い中、デジタルマーケティング部隊を内製化することでヒット商品を生むノウハウを社内に蓄積している。「小さな組織で動きが速い。素早いPDCAサイクルで新ブランド開発に成功している」と大和証券の広住勝朗シニアアナリストは評価する。

多くの日用品カテゴリーは大手の寡占が続くにもかかわらず、ヘアケア市場で下剋上が起きたのはなぜなのか。背景には、新興メーカーへ吹く2つの追い風があった。

下克上を可能にした2つの理由

1つ目は、OEM(商品の受託製造を行う企業)技術の高さだ。多くの中小メーカーは工場を持たずに商品の製造をOEMに委託し、ブランディングやマーケティングに特化することが多い。

ヘアケアは化粧品同様にOEMの技術が高く、新興メーカーでも十分に戦える土壌がある。同じ日用品カテゴリーでも洗濯用洗剤の市場では、ヘアケアほどOEMが充実していないため差別化が難しい。大量生産・大量販売を得意とする花王、P&G、ライオンの大手3社による寡占状態が続く。


ヘアケア市場で台風の目となったのが2015年発売の「ボタニスト」。2019年発表会でのI-neの大西洋平社長(撮影:今祥雄)

I-neはファブレスメーカーであることを強みとしている。200以上のOEMとつながりを持ち「商品ごとに毎回細かくコンペ(複数の企業から提案を受け相手先を選ぶこと)をして、一番適切な取引先を選ぶ」(大西社長)。

1つのブランドの中でもシャンプー、ヘアオイル、ボディソープなど商品によってOEM先を変更しているという。

2つ目は、ヘアケアが化粧品の性質も持ち合わせていたことだ。ブランドのストーリー付けや、コンセプトに合った成分や使い心地など情緒的価値が、日用品カテゴリーの中で受け入れられやすかった。今まで大手は安売り競争でシェアを広げてきたため、高単価商品を一部展開しても開発・マーケティングは後手に回っていた。

このためヘアケア市場は、大手メーカーが展開する日用品の安売り商品か、ヘアサロンなどで使われるプロ向けの高級品とで分断されていた。I-neは空白地帯となっていた1500円の価格帯に目を付けた。

I-neの社内クリエイターは約9割が中途採用で、デザイン会社や広告代理店の出身者が集まっている。店頭で映えるパッケージも追求し、ブランドの情緒的価値を高めることに工夫を凝らしている。デジタルマーケティングと価格戦略、デザインの三位一体で、I-neはヘアケアを日用品から化粧品に昇華させることに成功した。

花王など大手メーカーも続々参入

とはいえ高価格帯のヘアケアもブルーオーシャンではなくなってきた。

「アンドハニー」や「エイトザタラソ」など1500円程度のヘアケア商品を展開する複数の企業を傘下に持つコスメカンパニーが「ヘアケア市場の高価格帯を牽引しており、多くの企業がベンチマークにしている」(業界関係者)と評されるほど存在感を増している。

同社はI-neと同様にデジタルマーケティングや商品企画に特化したファブレスメーカーで、ECで商品をバズらせる戦略も似ている。流行り廃りが激しく、商品のライフサイクルが短いとされるヘアケア市場は、常に目新しい新商品でシェアを取り続けなければいけない難しさがある。

さらに大手メーカーもシェア低下に甘んじてはいられないと、攻勢をかけている。4月に花王は主力ブランド「エッセンシャル」から、髪を「バリア」するコンセプトの高単価な新商品を発売。おしゃれなパッケージに刷新し、得意のマスマーケティングを展開する。

ユニリーバの「ラックス」やP&Gの「パンテーン」のシリーズからも、化粧品のような”情緒的価値”に訴える商品が続々と現れ始めている。後追いは否めないものの、大手メーカーは力勝負で首位奪還競争に力を入れる。

I-neは2025年までの中期経営計画で、次の事業柱としてスキンケア市場への参入を強化する方針を掲げる。M&Aも活用しながらD2C(消費者との直接取引)領域などを攻め、EC強化を進めるなど多角化を進める。

だが最近は大手メーカーもEC分野の投資を強化している。I-neが得意とするデジタルマーケティングで、すでにレッドオーシャンのスキンケア市場も開拓できるのか。そして高価格帯シャンプーのパイオニアとしてトップを走り続けることができるのか、これからの真価が問われている。

(伊藤 退助 : 東洋経済 記者)