ドイツ南部・ザールブリュッケンのトラム。市内中心部では路面を走るが鉄道線に直通し、終点はフランスにある(筆者撮影)

日本で初めて全線を新設するLRT(次世代型路面電車)、芳賀・宇都宮LRTは2023年8月26日の開業だ。新設の路面電車は75年ぶりとあって、鉄道ファンだけでなくその動静に関心を寄せる人々は少なくないだろう。宇都宮市と隣接する芳賀町という2つの自治体にまたがる路線という点も注目すべきポイントだ。また、JRや東武鉄道への乗り入れの可能性も考慮し、軌間はこれらの鉄道と同じ狭軌(1067mm)で敷設されている。

一方、トラム(路面電車)の先進地である欧州には、自治体どころか「国」をまたいで走り、かつ路面の軌道から在来線鉄道に乗り入れて線路上を爆走するトラムがある。そんなユニークなトラムを紹介したい。

ドイツ南部を走る「国際トラム」

国をまたいで走るトラムがあるのは、ドイツ南部ザールラントの中心都市・ザールブリュッケン(Saarbrücken)だ。ここを走るトラム「ザールバーン(Saarbahn)」は1997年に開業。現在の運行距離は全長44kmで、全体の43駅のうち23駅はザールブリュッケン市内のトラムとして路面の併用軌道を走るが、路線の南北で鉄道の在来線に乗り入れている。

もともとザールブリュッケンには路面電車が存在したが、モータリゼーションの影響などで1965年に全線廃止となり、その後の市内交通はバスが担っていたが、1990年代に入ってトラムの整備案が浮上。市内中心部は併用軌道、郊外は鉄道線に乗り入れて運行するという形態で整備することとなった。このようなスタイルは「トラムトレイン」と呼ばれる。


鉄道駅に停車するザールバーンの車両。右側のホーム上に「トラムトレイン(Tram-Train)」の表示が見える(筆者撮影)

北側は、最初の開業が19世紀後半にまでさかのぼる「レーバッハ・フォルクリンゲン線(Bahnstrecke Lebach-Völklingen)」につながっている。同線は1985年をもって一旦旅客運行を終了し、その後は保存鉄道として不定期に列車が走っていた。2010年代に入って復活構想が持ち上がり、2014年にザールバーンと直結した。同区間は非電化区間のまま放置されていたため、ザールバーンとの接続に伴い、市街地区間と同じ直流750Vで電化された。

一方、ザールブリュッケンの市街地から南に向かう路線はやはり途中でドイツ鉄道(DB)の在来線ザールブリュッケン・サルグミーヌ線(Bahnstrecke Saarbrücken-Sarreguemines)へと乗り入れる。こちらは1997年の開業時から直通している。電化方式はザールバーンと在来線とで異なっており、在来線側は交流1万5000Vで電化されている。そのため、車両は直流・交流双方の電気方式に対応しており、地上側も電気方式を切り換えるためのデッドセクションが両線の接続駅に設けられている。


南側へ向かうザールブリュッケン・サルガミーヌ線のブレバッハ(Brebach)駅に停車するザールバーンの車両。ここから鉄道線に乗り入れてサルグミーヌへと向かう(筆者撮影)

終点はフランスの街

そして、ザールバーンの南端の終点であるサルグミーヌ駅は、国境を越えた先のフランス国内にある。そのため、ドイツのトラム車両がフランス国鉄(SNCF)の駅に入り込むという不思議な光景が見られる。


フランス国鉄(SNCF)サルグミーヌ駅に乗り入れたザールバーンの車両(筆者撮影)

もともとフランスは多言語対応があまり活発でないが、サルグミーヌ駅も例外ではない。トラムという市民生活に直結した乗り物が隣接するドイツから出入りしているにもかかわらず、駅内に旅客向けのドイツ語案内表記が全くないのがとてもユニークだ。

車両はボンバルディア(現・アルストム)製の「フレキシティ・リンク」と呼ばれるタイプで、開業時に導入された。車内の約半分のスペースが低床構造となった部分低床車で、鉄道線と路面電車を直通する車両としては世界初の低床構造を採用した車両でもある。路面電車といっても3車体で全長は40m近い大型車両だ。

欧州は一般の鉄道もプラットホームが低いが、市街地の併用軌道区間はそれよりも低いため、両方のプラットホームに対応すべく乗降扉の下側には併用軌道での乗降時に開く「収納式ステップ」が設置されている。

ザールバーンの車両は市街地では時速40km程度で走るものの、ひとたび在来線の線路に入ると最高時速100kmまでスピードを上げる。ドイツの街中にある路面の停留場で「低床トラム」に乗ったはずが、途中から時速100kmで爆走し、さらに終点では別の国にある駅のプラットホームに降り立つという経験はザールバーンならではのものだろう。


ザールバーンの車両は鉄道線内では最高時速100kmで走行できる(筆者撮影)

多くの国境で出入国審査の必要ない欧州では、列車に乗っていて気づけば国境を越えていたということは珍しくないが、鉄道線に乗り入れているとはいえ、路面電車の終点が隣国というのは珍しい。

環境配慮の交通機関

近年、欧州ではトラム網の増強が盛んに行われてきた。温暖化対策としての二酸化炭素排出量削減や、公共交通中心の街づくりといった狙いで、かつて廃止した都市やもともとトラムがなかった街での整備も多い。日本では基本的に路面電車の編成超は最大30mまでに抑えられているが、欧州のトラムはザールバーンも3車体で40m近く、さらに他都市でも5車体や7車体、複数編成をつないで走るケースもある。1編成当たりの乗車定員も多い。

日本でも富山のLRTや福井のえちぜん鉄道・福井鉄道での路面電車タイプの車両による乗り入れなど最近は路面電車をめぐる動きが増えてきている。日本では「国際路面電車」は無理だが、環境意識が高まる中、芳賀・宇都宮LRTに次いで、日本でもLRTが積極的に導入される日は来るのだろうか。


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(さかい もとみ : 在英ジャーナリスト)