宗山塁がバッティングパレス相石スタジアムひらつか(平塚球場)の選手通用口から出てくると、次から次へとファンが群がる。サインや写真撮影をねだる列は、しばらく途切れなかった。

「すごい人気ですね」と尋ねると、宗山は「いやいや、そんなことないです」と答え、またファンからの求めに応じてサインペンを走らせた。

 宗山は明治大の3年生遊撃手。ドラフトイヤーは来年だというのに、大学野球ファンはこの選手の価値をすでに知っている。


大学JAPANに選出された明治大3年の宗山塁

【来年のドラフトで競合1位間違いなし】

 6月17日から3日間実施された侍ジャパン大学代表選考合宿に、宗山は選ばれていた。昨年も代表入りしている宗山は、今年も順当に代表に選出。今や大学JAPANの中核を担えるだけの存在になっている。

 そして、スカウトの間では「来年は競合1位間違いなし」と言われるほどの、2024年ドラフトの目玉候補である。大学生遊撃手としては、2003年の早稲田大・鳥谷敬(元阪神ほか)以来の大物と言っていい。

 宗山という野球選手を的確に表現するには、どうすればいいのだろうか。東京六大学リーグ通算で76安打、打率.350、8本塁打といった数字で語るのも野暮だし、かといって驚くような飛距離やスピードがあるわけでもない。

 どうしても抽象的な表現にならざるを得ない。「スター性がある」と。

 左バッターボックスでバットを構える宗山も、ショートのポジションで佇む宗山も絵になって仕方がない。この正体はいったい何なのか? ずっと気になっていた。さらにマスクもいいとなれば、人気が出ないほうがおかしいだろう。

 だが、宗山のプレーには浮ついたところがない。常に地に足を着けてプレーしているように感じる。合宿初日を終えた段階で記者から「どんなアピールをしたいですか?」と聞かれた宗山は、こう答えている。

「一番はバランスよくプレーできるところです。守備かバッティングのどちらかというより、冷静にプレーして、いつもどおりの動きができたらと思います」

 宗山が今すぐプロで通用するとしたら、守備かもしれない。流れるような身のこなしと、強烈なリストを生かしたスローイング。三遊間深い位置からでも低く、鋭い一塁送球ができる。

 合宿でのシートノックを見ていて、宗山のプレーにある変化を感じた。普段リーグ戦が行なわれる神宮球場よりも、守り方が堅実に見えたのだ。本人に聞いてみると、こんな答えが返ってきた。

「神宮は人工芝でバウンドを予測できて、比較的思ったところにくるんですけど、今日の平塚は土のグラウンドでバウンドが不規則なので、少し対応していました」

 人工芝の神宮球場で守る宗山を見ていて、いつも「なんで捕れるの?」と不思議に感じるプレーがあった。それはバウンドしたゴロが上がってくる動きに合わせて、グラブですくい捕るトリッキーな捕球だ。

 多くの野球選手はゴロを捕る際、バウンドを捕りやすい位置として「ボールが落ちてくるところ」か「ショートバウンドの瞬間」と教わるはずだ。宗山の捕り方は、その理論とは逆行する。しかも、宗山は前進しながらその動作をやってのけるのだ。それなのに、宗山の捕り方に危なっかしさや「たまたま入っただけ」という偶然性を感じない。むしろ「神技」に見えてしまう。

 そんな感想を伝えると、宗山は守備について語り始めた。

「一番は力を抜くことです。上体に力が入ると、全部の動きが止まってしまうので。上体は常に脱力して、あとはバウンドに合わせてグラブを出す感じですね」

 そして、宗山はこともなげにこう続けた。

「コツをつかめば誰でもできますよ」

【自分の間のなかでプレーしたい】

 宗山のフィールディングに余計な力みを感じない理由が、少し理解できたような気がした。ただし、理屈がわかっても実際にイメージどおり動けないのが凡人なのだ。

 なおも「上がってくるバウンドは捕りにくいと思うんですけど、宗山選手にはどう見えているんですか?」と食い下がる筆者に、宗山は丁寧に答えてくれた。

「力を抜いていると、体の反応がすごくよくなるんです。エラーが多い選手は体が固まってしまいます。そうならないように力を抜くことを意識してきました。ただ、力を抜くのは頭でわかっていても、かなり難しいんですけど。できるように練習してきました」

 最後に、宗山にどうしても聞いてみたいことがあった。

 宗山がまとう独特なムードは無意識に発せられているのか、それとも意識してオーラを放っているのか。自分より20歳も年下の大学生に聞く質問ではないような気もしたが、聞かずにはいられなかった。

 てっきり困惑されて終わりだと思ったら、宗山は少し考えてから筆者の目を見て真面目に答えてくれた。

「昔から野球をしている人のなかで『カッコいい』と思える選手が好きで、目指してきたところがあります。一生懸命やりながらも自分の世界観があって、自分の間(ま)のなかでプレーしたいと思っています。野球は相手がいるので、相手の間に左右されがちなんですけど、いつもどおりの力を出すために自分のリズムで相手に崩されないことを考えています」

 この言葉を聞いて、私は宗山塁という野球選手の本質に行き着いたような気がした。宗山がよくコメントする「冷静なプレー」というなにげない言葉の背後には、自分の実力を発揮するための思考が張り巡らされている。「哲学」と言い換えてもいいかもしれない。

 そして、宗山はなおも進化している。課題だった走力も、大学進学後のトレーニングの成果で向上している。光電管計測の50メートル走タイムは昨年12月の松山合宿での6秒48から6秒31に。本人も「まだ速くなると思います」と手応えを深めている。あとは打撃面に一層の力強さが出てくれば、手がつけられない選手になりそうだ。

 1年後の秋、宗山はどこまで進化し、どんなムードをまとっているのか。ユニホーム姿だけでも見にいきたいと思わせる野球選手は希少だ。

 だが、今まで以上の人気を得ようと、喧騒に巻き込まれようと、宗山は変わらない。いつも冷静に、自分の間合いでプレーし続けるはずだ。