6月15日〜18日に東京体育館で開催された明治杯レスリング全日本選抜選手権──。今年9月セルビアで行なわれる世界選手権の代表選考会を兼ねた大会で、最も注目を集めたのは19歳の藤波朱理(ふじなみ・あかり/日体大)だろう。

 中学2年生から、出場したすべての大会で優勝。17歳で世界選手権初出場初優勝を果たし、全日本選手権3連覇中だ。

 全日本選抜選手権でも3連覇を目指す藤波は、今大会エントリーした女子53キロ級で1回戦シード。初戦となった準々決勝の相手は、東京オリンピック金メダリスト(53キロ級/当時旧姓・向田)の志土地真優(ジェイテクト)となった。


藤波朱理が負けるパターンを関係者に聞いてみた

 藤波がシニアに参戦したのは、志土地が東京オリンピック出場を決めたあとだったため、両者の対戦は初。藤波が「あの人を倒したいと思って、ここまで頑張ってきた」と言えば、志土地も「東京オリンピック後、モチベーションに苦しんだが現役を続けたのは、鮮烈な強さを見せる6歳下の後輩の存在があったから」と返す、新旧チャンピオン対決となった。

 第1ピリオド、志土地が必死のディフェンスから1ポイント奪い、1-3の接戦に持ち込んだ。しかし、第2ピリオドに入ると藤波が力の差を見せつけるかのようにポイントを重ね、7-2から5分37秒フォール勝ち。

 その後、藤波は準決勝・決勝と同世代の大学生からフォールを奪って優勝を果たす。吉田沙保里が2001年12月、山本聖子に負けたのを最後に2008年1月のワールドカップ団体戦で敗れるまで継続した119連勝を超える122連勝をマーク。世界選手権代表にも内定した。

 この大会、藤波は手足の長さと抜群の運動能力から繰り出す得意の片足タックルに加え、今年に入ってから磨いてきたという組み手やグラウンド技、さらにはディフェンスの強さを発揮。もともと日体大のなかでも練習量の多さには定評があるが、まだまだ伸びしろが十分にあり、成長途上であると感じさせた。

【藤波が負ける状況を検証】

 それでも、そんな藤波といえども、勝負の世界──。いつかは、誰かに黒星を喫することがあるだろう。

 ならば、それはいつ、どんな選手に、どのような状況で......なのか。検証してみた。

 まずは、体調面。レスリングには減量がつきものであり、藤波の場合、53キロ級としては身長も高い(164cm)ので、大会前にはかなりの減量が予想されるが......。

 藤波の体調管理への意識は非常に高く、そのうえ三重県からともに上京し、日体大で現在コーチを務める父・俊一氏が料理づくりはもちろん、生活全般を細かくチェックしている。そのため、今後も減量の問題は大きくないだろう。

 では、どんな相手が立ちはだかるのか。

 日体大で田南部力(たなべ・ちから)女子監督、藤波俊一コーチとともに藤波朱理を指導する伊調馨(ALSOK)は、ロンドンオリンピックで3連覇を遂げたあと、次のようなことを何度か語っていた。

「もし、自分が負けるとしたら、メチャクチャ運動能力が高い、たとえばアフリカ出身の選手とか......かも。レスリングはまだまだ荒削りで技術的にも大したことないけど、無名でノーマークだからデータもなく、何をしてくるかわからない。そうなったら、勝てないかもしれませんね」

 そんな選手がどのような戦い方をしたら、藤波に勝つことができるのか。関係者に取材するとおもしろい答えが返ってきた。

 伊調が所属するALSOKの大橋正教監督は、「藤波に勝つとしたら、とにかくディフェンス力の高い選手」と言う。

「藤波の片足タックルを防ぐのは容易ではありません。でも、たとえ自分の足にさわられようと、抜群の瞬発力でバックステップして、足を取らせない選手とか。

 たとえば、伊調馨のような選手や、須粼優衣選手(キッツ)もおもしろいかも。スパーリングでそんなシーンをよく見ますからね。でも今、53キロ級には世界中を見回してみても、そんな選手はいないな。試合中にそれを何度もされれば、藤波も焦ってくるでしょうけど」

【吉田沙保里が負けた時は?】

 一方、今大会でも優勝者3名・第3位3名を輩出するなどOBが大活躍したMTX GOLDKIDSの成國晶子代表に「藤波が負けるとしたら、どんな状況か」と問いてみた。すると、「負ける想定ができないけど」と前置きしながらも、「唯一の作戦は、常に胸を合わせて飛び込まれないようにすること」と教えてくれた。

 また、藤川健治・元日本代表女子強化コーチは次のように説明する。

「藤波は手足が長く、懐(ふところ)が深い。攻撃力だけでなく、防衛力もあり、バランスと持久力もある。ある意味、吉田沙保里より攻略は厄介かな。組み手でも簡単には有利にさせてくれないから、ツーオンワン(自分の両手で相手の片腕を抱え込む)狙いで藤波の嫌がることを徹底するしかない」

 成國も藤川も、グレコローマンスタイルのようなレスリングを徹底して、藤波のタックルを封じろということか。

 3者の意見をまとめると、藤波にいつものレスリングをさせない、ということだろうか。

 得意のタックルに入らせず、平常心を奪い、多少なりともイライラした状態で無理にタックルに入ってきたところをカウンターで反撃する。そう、吉田沙保里が連勝記録を2度までも阻止された「タックル返し」の時のように......。

 だが、我々が真に期待しているのは、そんな相手に、そんな戦法で負ける藤波の姿ではない。我々が見たいのは、そのあと。戦いに敗れて連勝記録が止まったあとの藤波だ。

 吉田沙保里は話す。

「私が敗れたのは、2008年も2012年もワールドカップ団体戦であり、"個人戦"では206連勝と称えてくれる方もいますが、私は勝ち続けることで成長したのではなく、負けて強くなりました。

 負けて初めてわかることもありますし、負けたからこそ徹底的に取り組めることもある。もし、あそこで負けていなかったら、北京でも、ロンドンでも、オリンピックの舞台でつまずき、金メダルを逃していたでしょう」

【伊調馨も0-10で完敗の過去】

 東京オリンピック前の須粼に、伊調はこうアドバイスした。

「若いうちにチャンピオンの肩書きもプライドも捨てて、ガムシャラにやったほうがいい。もっと強くなるには、早く負けることです」

 そして伊調自身も、4連覇を達成したリオデジャネイロオリンピックの7カ月前、国際大会で0-10のテクニカルフォール負けを喫すると、きっぱりと言いきった。

「この負けはチャンス! 成長のきっかけにします」

 マスコミが『霊長類最強女子・吉田沙保里を抜いた!』『次はオリンピックV4伊調馨の189連勝(2003〜16年、負傷による不戦敗を除く)超えか!』とあおっても、藤波本人は記録に無関心だ。

「特に何も思っていません。オリンピックで優勝することが、自分のなかでは一番の目標なので」

 魔物が棲むと言われるオリンピックで金メダルを掴むために、今、藤波朱理に必要なことは、一度負けて地獄に突き落とされることか。そして、そこから死に物狂いで這い上がってくることか──。連勝が止まったあと、藤波がどのように成長していくのか、見てみたい。