《認知症対談》加藤茶は80歳で検査、森田豊医師が勧め妻・綾菜が実践した検査を受けてもらう方法
80歳を迎えた最愛の夫・加トちゃんがもし認知症になったら―「不安に過ごすより、今何をすべきか知っておきたい」そんな綾菜さんの強い希望で実現した今回の対談。最愛の母が認知症を発症して23年の森田豊医師が今思う、家族としてのベストな寄り添い方とは。
定期的に認知症検査などを受けてほしい
加藤 私も夢中になって読んだ『医者の僕が認知症の母と過ごす23年間のこと』。発売後の反響はいかがですか?
森田 思った以上に大きくて驚いています。介護で悩んだり苦しんだりしている方たちに、道しるべとまではいかないまでも、僕の実体験を示すことで、介護について考えたり話し合ったりするきっかけになってくれたようでうれしいです。超高齢社会を目前にして、介護の正しい情報を発信していく重要性をより強く感じるようになりました。
加藤 介護施設にいらっしゃるお母様はお変わりありませんか?
森田 はい、おかげさまで。僕のことだけはわかっていて、会いに行くとハグしてくれます。短期記憶は失われても、僕が小さかったころやアメリカにいたころのことは鮮明に覚えているんですよ。僕に関する判断力も衰えていなくて、忙しくてボロボロになっていると「今日は疲れた顔をしているわね。ちょっと休んだほうがいいよ」とアドバイスをしてきたりします。
加藤 本を読んで、医師ですら身内の介護でも判断を誤るのだなとわかって、失礼ながらもホッとしました。
森田 医師だった父からはよく「家族の診断や治療は絶対にするな」と言われていました。家族のことになると冷静な判断ができなくなってしまうんですね。僕も、母の認知症を疑いながら、母が嫌がったために検査を受けさせるのが遅れてしまった。そこは本当に後悔しています。
加藤 読者にいちばん伝えたかったのはどんなことですか?
森田 みなさん、寿命を長引かせようと自治体や職場などの健康診断は受けても、肝心の健康寿命を延ばすような検査はあまり受けていないですよね。ある年齢に達したら誰でも、定期的に認知症検査などを受けるようにしてほしい。
ケアが必要な人を早期に見つけられれば早期に是正できる。そうやって健康寿命を延ばすことにつなげてほしいです。また、介護の情報は周囲と共有して、つらいことやしんどいことを1人で抱え込まないほうがいい。
加藤 なるほど。普通の健康診断に認知症検査も組み入れるような仕組みづくりも必要かもしれませんね。
森田 健康寿命を延ばす方法を医者がアドバイスすると結局「運動しなさい、食事に気をつけなさい」になっちゃうんですよ。綾菜さんのような方に、もっと具体的で説得力のある情報を発信していってほしいと期待しています。
加藤 加トちゃんは80歳になっても元気ですが、同世代の友人、知人の多くは要介護の状態になっているんです。
森田 それは綾菜さんのおかげですよね。80歳には全然見えない。若々しいです。僕にとっては子どものころから憧れの存在です。今もあのルックスでいてくれるのは、本当に奇跡だと思いますよ。
加藤 維持するのが大変。運動は定期的にしているし、最近はなるべく歩くようにも。先日、結構距離のある行きつけの美容院まで初めて歩いてみて、途中でくじけそうになったところをファンの小学生に囲まれて褒められ、頑張って坂道を上りきったらしいです(笑)。
森田 褒められるのはやる気につながります。脳卒中のリハビリで、褒められた人とそうでない人を比べると、褒められた人のほうが早く回復することも知られています。運動して、褒められて、やる気が出て、また運動する、という好循環ができるのが理想です。
夫婦や家族の場合は「私のために頑張って」とお願いするのもいいですね。僕の母の場合も、最終的に認知症の検査を受けに行ったのは「僕のために行ってくれ」と頼んだからなんです。母にとっては愛する息子である僕の頼みで、ようやく検査を受ける気になってくれたんですよ。
加藤茶は80歳になって認知症の検査へ
加藤 わかります。加トちゃんも80歳になって認知症の検査を受けたんですよ。先生の本を読んで「私のためにお願い。大好きな加トちゃんにもし何かあっても、早くわかれば対処できるから」と頼んだのが良かったと思います。結果は異常なしでした。
森田 ひとり暮らしで孤立してしまうと病院にも行かなくなってしまう。離れて住む家族がうるさく言ったり、近所にネットワークをつくったりすることも大切になりますね。介護は本当にオーダーメード。それぞれの状況や家族構成、人間関係などに対応していかなければなりません。だからこそ、元気なうちから介護について話し合うことが大事なのです。
加藤 私たちもたまに話すんですよ。将来、もし介護が必要になったら……って。自分の親なら施設で暮らすのがベストかなと思うんですが、加トちゃんのこととなるとやっぱり難しいですね。
森田 お金の問題や誰が介護のキーパーソンになるのか、施設に入れる時期など、介護になったときのことは早いうちから考えておくべきです。それと同時に、介護生活にならないための予防法を実践すべきなのですが、その情報がまだまだ少ないですよね。
加藤 加トちゃんは大病をしたあと「このまま元に戻らないのでは!?」と心配になる時期もあったんです。でも、毎日必死に話しかけ、車イスでできるだけ外に連れ出し、テレビなどでコントを見せ、食事も変えると、驚くほど回復して元気になりました。
森田 参考になりますね。脳が活性化するようなことをどんどんやったのは大正解! 影響力があるご夫妻の体験談として発信してほしいです。綾菜さんはいろいろ勉強して資格も取るなどしているし、多くの人にとってヒーローの茶さんの80歳とは思えない若々しく元気な姿は何より説得力があります。
加藤 うれしいです!
森田 ひとつお聞きしたいのは、茶さんの元気がないときのこと。どうしていますか?
加藤 今日、まさしくそれだったんです! 夜はみんなで焼き肉を食べに行こうと予約していたのに、そのことを全然覚えていなくて「行きたくない」と言うんですよ。
森田 そういうときは、どうするんですか?
加藤 頭から否定はしないようにしていますね。「そうか、行きたくないのね」と、その気持ちを受け入れてからなだめたりすかしたりして、焼き肉を食べたくなる方向に持っていきます。「こんなにおいしそうなのにな〜」と画像を見せたり「これは1日限定3食しかないのを予約しておいたんだよ」と伝えたりして、その気になるのを待ちます。
森田 うまくレールを敷いて誘導するんですね。それに乗っかって行ってみたら、やっぱり行ってよかったと思うかもしれない。そういう成功体験を重ねていけばいいですよね。どんな人でも年齢とともに意欲が失われていくのですが、何かきっかけを作ってあげることで本人の好奇心が動き出すこともあります。
例えば、焼き肉を食べに行くのと行かないのとでは、歩く距離も、摂取するタンパク質の量も、人と話すことでの脳の活性度も、全然違います。健康寿命を延ばすには、生きがいのある生活をすることが大事なんです。茶さんを見ていると、それがよくわかりますよ。私ももうすぐ還暦ですが、20年たってあんなふうになれれば最高ですね。
加藤 私も、自分の知識や行動で加トちゃんをどこまで元気で長生きさせることができるか挑戦中です。今、2人でピラティスに通っているんですが、1回目できっと「しんどい。もうやりたくない」と言うと思って、事前に先生にお会いして、15分に1回は休憩してほしいことと、とにかく褒めてほしいことをお願いしておいたんです。すると、加トちゃんが「これなら続けられそうだ」と言って、もう半年以上、週に2回のレッスンが続いています。
森田 うちの母も、初めてデイケアに行く前はとても嫌がっていたんです。それが実際に行ってみると、カラオケをみんなに褒められ、気を良くして、喜んで行くようになりました(笑)。
加藤 やりたくない、行きたくない加トちゃんが、どうすればやりたくなり、行きたくなるのか、いつも必死で考えています。愛犬チャーコの散歩も、時々「行きたくない。アヤが行って」と言うんですが、チャーコが見つめれば絶対行くとわかっているので、目の前に連れていって見つめさせています(笑)。
老いに抵抗しすぎると疲れてしまう
森田 どうしても行きたくない、やりたくないというときは、凹みませんか?
加藤 もう慣れているので気にしません。ケンカしても私が2秒で謝りますからね。まずは謝ってから友達に電話してグチります(笑)。「甘いパンが食べたい」と言うからアンパンを買ってきたら「チョココロネの気分だったのに。アンパンならいらない」と言われるようなことはよくあります。少し時間をおいてから、チョココロネを含めて3種類くらい買ってきて選んでもらったり。そんな感じです。
森田 綾菜さんは人との距離の取り方がうまいんでしょうね。そして、諦めないところがすごいと思います。否定されてもそこはうまくいなして、またいい方法を考える。なかなかできませんよね。
加藤 でも、もし加トちゃんが認知症になって私のことがわからなくなったりしたら、いったいどうなっちゃうんでしょう? 地獄ですね。
森田 綾菜さんには知識もあるし、茶さんも今の生活を続けていれば、認知症がかなり進んだ状態でわかるということはないと思いますよ。早く見つかれば、早く対処できますし、そのころには治療法もさらに進化しているかもしれません。綾菜さんなら、必ず打開策を見つけられますよ。
みなさんよく「ピンピンコロリで死にたい。どうしたらいいのか教えてほしい」とおっしゃいますけど、そのための方法なんてほぼないんですよね。唯一、それに向かうためにできることがあるとすれば、健康寿命を延ばすことなんですよ。
加藤 最近、加トちゃんが「生きてるだけで幸せだ」ってよく言うんですよ。その状態をできるだけ長く保ってあげたいなと心から思います。
森田 肉体的にも精神的にも社会的にも充実していて、生きがいを感じているのでしょうね。この「社会的に」というのも重要で、いつまでも仕事で加トちゃんを演じていられることがその幸せにつながっている。それは綾菜さんがサポートしているからこそだと思いますよ。
加藤 ありがとうございます。万が一、介護が必要になっても前向きに頑張ろうと思っています。ただ、加トちゃんが亡くなったときのことを考えると耐えられないんですよね……。想像しただけで涙があふれてきます。
森田 亡くなったときのことを考えるというのは、本当に愛しているからですよ。考えたくないことでも、考えることで、そうならないためにすべきことがわかるんです。
加藤 加トちゃんはロマンチストだから「死は終わりじゃなくて、次のステップに進むことなんだよ。生まれ変わったらまた一緒になれるから大丈夫!」と言うんです。それを信じて、強く生きなくちゃと思うんですけど……。
森田 綾菜さんにあえて言いますが、もう少し力を抜いてもいいのかな。茶さんをずっと今のままでいさせようと思い詰めず、この先も実年齢を自然な状態で受け入れて。
加藤 確かに、私のほうが加トちゃんの年齢を受け入れられていない気がします。
森田 人間は誰でも必ず老いるんです。そこに抵抗しすぎると疲れてしまうので、八分目くらいの頑張りに抑えたほうがいいんじゃないかとふと思いました。老いることをつらいことばかりと思わず、楽しいことを発見していってください。
加藤 頑張りすぎず、もう少しゆるめて無理をしないようにしていきたいと思います。少し気持ちがラクになりました。森田先生、ありがとうございました。
かとうあやな 2011年に加藤茶と結婚し、45歳差婚が話題となった。結婚13年目、夫を支えるため介護や食事法を勉強。著書に『加トちゃんといっしょ』(双葉社)がある。
もりたゆたか 医師、医療ジャーナリスト。現役医師として医業に従事し、種々のメディアや講演等で幅広く活躍中。近著に『医者の僕が認知症の母と過ごす23年間のこと』(自由国民社)がある。