親との同居で、その関係性に悩む人は多くいると言います。親子なのに、一緒にいるとストレス…。そんなときの対応の仕方を、公認心理師の川本義巳さんに教えてもらいました。

両親との同居にストレスをためないために…

ひょんなことから自分の両親との同居が始まりました。父親90歳、母親83歳。十分な高齢です。いろんなことがままならなくなってきています。加えて二人とも持病があるため、病院や投薬のことなども気をつけなければなりません。私自身も結構な年齢になってきていますので、それなりに大変だなぁと感じています。

●父の態度に唖然…

一緒に暮らし始めてすぐの頃、こんなことがありました。夕食を一緒にとっていたのですが、父親が箸を使いにくそうにしているのに気づきました。どうやら手にうまく力が入らないようです。見ていると茶碗を持つ手も震えています。私は「まあ歳だからうまくいかないんだなあ」と思い、「箸使いにくかったらスプーンを使いなよ」と言いました。すると父はひと言「いらん」と言います。
人がせっかく親切に言ってるのになんだその態度は…と心の中で思いながらも再度「だからスプーン使えばいいでしょ?」と少し強めの口調で言いました。すると今度はだまって視線をそらし、黙々とおぼつかない手先で食事を続けます。私は納得できなかったのですが、これ以上言っても空気が悪くなるだけなので、そのときはそのままおさめることにしました。

食事を終えてから、少し考えてみました。「父はなぜ使いにくい箸を使おうとしたのか?」ということです。そうして出てきた答えがこうでした。「いろいろできないことが増えてきている中で、数少ないできることはやりたい」そう、父のプライドです。直接本人に聞いたわけではありませんが、そう考えると納得することができました。

●父の行動を「目的」で見たおかげでストレスにならなかった

アドラー心理学で「目的論」というのがあります。
目的論とは、「人の行動は性格や何かしらの原因から起こっているのではなく、『こうしたい』という目的によって起こる」というものです。

私はコーチング(※)を通してアドラー心理学に出合い、目的論的なアプローチをやり続けているので、今回も父の行動を目的論的にとらえることができました。

対象者の自主性を促し、能力や可能性を最大限に引き出しながら、目標達成に向けてモチベーションを高めるコミュニケーション手法のこと

目的論の反対は原因論です。これは「その行動や結果にはなにかの原因がある」とするものです。私たちは比較的、「原因論」の中で生活していることが多いため、なにか自分にとって不都合なことがあるとついその原因を探ってしまいます。もし私が目的論を知らなかったら、今回の父の行動も「元々ひねくれた人だったけど、90歳を超えてさらにひねくれたか」とか「僕のことが気に入らないからああいう態度を取ってるんだろ。そういえば昔っから僕に対しては冷たかったよな」などと思っていたかも知れません。

コーチングをしていてもこの「原因論」で苦しんでいる人と出会うことがあります。それを私たち専門家は目的論で見ることを伝え、その人のこだわりや勘違いを解消していきます。
そして目的論で他人をとらえてみることがメリットにもつながります。「この人はこうしたかったんだな」と考えられるようになり、それまで感じていた怒りやストレスが緩和されていくこともあります。私自身、目的論を知ってから対人ストレスはかなりなくなった感じがあります。今回も親子ゲンカにならずにすんだのもそのおかげです。

●父の目的を観察し、上手に援助する

さて、目的論的に解釈できた父の行動ですが、次のアプローチとして「その目的が達成しやすいように援助する」ということをしました。なにをしたかというと、茶碗が重そうだったのでメラニンの茶碗に変えました。一人だけだとまた気を悪くするので家族全員、統一をしました。その結果、茶碗を持つ左手の負担が減り、より右手に集中できているようです。そして頃合いをみて、箸とスプーン両方を置いてみました。すると本人が自分の意志で使いわけていたのです。無理やりスプーンを使わせるよりもずっと簡単でラクでした。

このように、だれかをサポートしようとして拒否されたり、こちらのいうことをやってくれなかったりする場合は、その人を「目的論的」にとらえてみましょう。そうしてその目的が遂行できるようにそっと手助けしてあげると、案外こちらの意見も聞いてもらえるかもしれませんね。