増配計画を発表した武田薬品。今期は配当性向が200%超の大盤振る舞いとなる予定だ(編集部撮影)

「武田の新たな展開として、成長への投資と株主還元に明確にフォーカスしていく」

武田薬品工業のクリストフ・ウェバーCEOは、決算会見で力強く語った。

国内製薬最大手の武田薬品は5月11日、15年ぶりとなる増配計画を打ち出した。2024年3月期の1株当たり年間配当額は188円と、前期から8円増配となる。今後は毎年、配当金を増額または維持する方針も明らかにした。

武田はこの10年以上、増益だろうと赤字だろうと年間180円の配当を維持する方針を貫いてきた。ちょうど1年前、2022年5月に行われた決算説明会で、アナリストから増配の可能性について問われたコスタ・サルウコスCFO(最高財務責任者)は、「資本配分方針の変更は考えていない」と断言していた。

しかも武田は増配を発表した同日、今期について「減収減益」の業績予想を公表している。厳しい経営環境にあるにもかかわらず、なぜこのタイミングで増配に踏み切るのか。

シャイアー買収後の負債圧縮にメド

「シャイアー買収後の負債圧縮が一段落し、新たなフェーズに入った」。5月11日の決算説明会で、武田の経営陣はそう繰り返し強調した。

武田は2019年1月にアイルランドの製薬大手、シャイアー社を約6兆円で買収した影響により、同年3月末時点の純有利子負債が5兆円を超えた。2023年までに、調整後EBITDA(利払い・税引き・償却前利益)に対する純有利子負債の倍率を2倍台前半に引き下げることを目標に掲げ、資産の売却などを進めてきた。

その結果、2023年3月末の純有利子負債は3兆7161億円にまで減少。2022年末に実施したアメリカのバイオ企業の買収に伴う影響を除くと、調整後EBITDAに対する純有利子負債の比率は2.3倍となる。この目標を達成できたことが、配当方針を変更する最大の理由という。


シャイアー買収を主導したウェバーCEO。写真は2019年のシャイアー買収に関する会見時(撮影:今井康一)

増配宣言に込めた経営陣の思いの強さは、決算資料からも読み取れる。この数年来、武田は決算説明資料の冒頭ページに「世界中の人々の健康と輝かしい未来に貢献する」という企業理念の一部を載せてきた。それが今回、資料のタイトルを飾ったのは、「成長と株主還元へのコミットメント」という文言だった。

だが、会社側の熱心なアピールとは裏腹に、増配発表後も武田の株価は振るわない。発表翌日の5月12日には3%近く下落し、その後は回復したものの、足元でも発表前とほぼ同じ水準の4500円前後を推移している。

「『減益だけど増配します』という強いメッセージではあったが、減益幅が市場の想定より少し大きかったのではないか」。モルガン・スタンレーMUFG証券の村岡真一郎アナリストは、そう分析する。

武田が公表した業績予想によると、今2024年3月期は、売上高が前期比4.7%減の3兆8400億円、営業利益は同28.8%減の3490億円となる見込みだ。

減収の主な理由は、アメリカで前期に約3700億円を売り上げていたADHD薬「ビバンセ」や、国内で同じく約730億円の売り上げがあった高血圧症治療薬「アジルバ」が特許切れを迎えることだ。安価な後発品の参入により、売り上げの大幅な減少が想定される。さらに新型コロナウイルスワクチンの収入減も痛手となる。

会社はいずれも一時的な要因であり、新製品の販売や既存薬の売り上げを伸ばすことによって、中長期的な成長を描けるとする。とくに今の武田にとって最大の製品であり、年間約7000億円を稼ぐ潰瘍性大腸炎薬「エンタイビオ」は、2032年頃まで後発品が参入しないという見立てを示している。

決算説明会でウェバーCEOは、「2023年度の課題を乗り越えて成長できると確信している」と語った。

増配に対する期待は高まっていた

市場の反応が乏しいもう1つの理由として、増配に対する期待がもともと高かったとみる声もある。クレディ・スイス証券株式調査本部で上級顧問を務める酒井文義氏は「今期減益というマイナス要素を打ち消したい意図もあったのだろうが、8円は中途半端。もう少し大きな増配も可能だったはずだ」と指摘する。

シャイアー買収以降、財務面においては守りの姿勢を重視していた武田だが、この2年ほどは株主還元や成長投資への動きを再開させつつあった。


武田の株価はシャイアー買収の発表以降、大きく下落してきた。2021年秋には睡眠障害の候補薬の臨床試験中断なども受けて、3000円台前半にまで落ち込んだ。

だが、2021年11月〜2022年4月にかけて、13年ぶりとなる総額約1000億円の自己株買いを実施。これを機に株価は底打ちしている。

2022年12月には約5000億円を投じて前述のアメリカのバイオ企業を買収し、皮膚病の新薬候補を獲得した。そうした中で会社の次の一手として、一部の投資家の間では増配へ期待する向きも少なからずあったようだ。

3月末時点の発行済み株式数をベースに概算すると、今回の8円増配に伴い、武田にとっては100億円強の支出増が見込まれる。増配宣言で株価回復に弾みをつけたい意図は当然あっただろうが、約1000億円を投じた自己株買いと比べると、インパクト不足ととらえられたのかもしれない。

とはいえ武田の株主還元は、日本の上場企業の中では突出した規模だ。

配当性向は一般的に30%前後が目安とされるが、武田では100%を超える年も珍しくない。シャイアー買収に伴い新株を発行し、株式数が倍増した影響もあり、2020年以降の武田の配当金総額は年間3000億円近くに上る。


会社計画の業績で着地し、予定通り増配が行われれば、今期の配当性向は200%を上回る見通しだ。つまり純利益の2倍の額を株主に還元する構図となる。

大盤振る舞いも市場評価は同業他社に見劣り

ここまでの大盤振る舞いを打ち出しながらも、武田の株価はシャイアー買収前の6000円台にはほど遠い。

5月26日終値をベースとしたPBR(株価純資産倍率)は1.1倍と、製薬業界で国内2位のアステラス製薬(2.76倍)や同3位の第一三共(5.97倍)を下回る。時価総額では、約8.8兆円の第一三共が武田(約7.2兆円)を引き離している。

製薬企業の株価には、育成中もしくは開発中の薬が将来どれだけ稼ぐかという点が大きく反映される。武田の場合、大型化が見込まれる薬の候補の多くは、2025年以降に臨床試験結果が出る予定だ。

モルガン・スタンレーMUFG証券の村岡アナリストは「現時点の開発品で将来性を積極評価するには情報が少なく、シャイアー買収前の株価まで戻るにはパイプライン(候補薬)の進展が必要だ」と指摘する。製薬業界では、足元で開発品の大きな進展があるアステラスや第一三共のほうに軍配が上がっている状況だという。

2014年に社長に就任したウェバーCEOはかねて、2025年頃まで社長を続けるとの意向を示してきた。2年後に控えた節目までに、自ら主導したシャイアー買収後の株価低迷を脱することはできるのか。株主還元だけでなく、本業の成長力で成果を示すことが求められる。

(兵頭 輝夏 : 東洋経済 記者)