5月13日、神戸。サンフレッチェ広島戦後の取材エリアに、ヴィッセル神戸の選手全員が出てきたあとだったが、まだ大半のメディアが居残っていた。最後に出てきた目当ては、この試合に出場していない選手だった。

 アンドレス・イニエスタ(39歳)はややうつむきながら、セカンドバックを脇に抱え、足早に取材エリアを通り過ぎていった。通訳も引き連れていたが、距離はあり、「メディアと話す気はない」と無言の主張をしていた。試合に出ていないので、立ち止まって話す義務はない。契約上のデリケートな話が含まれるだけに、慎重になるのも当然だ。

 今シーズン限りで、イニエスタの神戸退団は確定的と言われる。契約は年内までだが、6月中の退団が濃厚という。実は居場所がない。イニエスタ自身はポゼッションのサッカーにかけていたが、チームは大迫勇也や武藤嘉紀を中心に強固なプレッシングとカウンターで勝ち筋を見つけ、今シーズンは首位を走っているのだ。

 イニエスタの潮目が変わったのは昨シーズン、ミゲル・アンヘル・ロティーナ監督が率い、降格圏で喘いでいた時だった。どうにかイニエスタを生かそうとしていたロティーナ監督の意向と、主力選手たちがやりたいサッカーは相反していた。結局、監督は交代。イニエスタがケガで戦列を離れていた間に、神戸は連勝して残留圏へ這い上がった。これによって、チームの"進路"が決まったのだ。


5月7日の横浜FC戦は3−0とリードした後半19分から出場したアンドレス・イニエスタ(ヴィッセル神戸)

 今後の焦点は、「ラストゲームはいつか」「次の移籍先はあるのか」の二点に絞られる。

 スペイン国内でも、レジェンドの動向は今も注目されている。

「イニエスタ、史上かつてないほどメレンゲ!」

 5月11日、スペイン大手スポーツ紙『マルカ』のウェブサイトでは、そんな見出しの記事が出た。当日はイニエスタ39歳の誕生日で、練習後にチームメイトから顔中にメレンゲを塗りたくられる祝福があった。メレンゲは白い色からレアル・マドリードのあだ名のひとつで、「バルサの象徴であるイニエスタがマドリードの白に染まった」というわけだが、ニュースに中身はない。

 ただ、どうでもいいことが話題になるのがスターだ。

【本人は現役続行の意思?】

「まもなく日本での旅が終わる」

 スペイン国内メディアはそう伝えている。

 ラストゲームは、6月6日の国立競技場でのバルサとの親善試合、もしくはその後の公式戦で神戸のホームゲーム(6月18日、ルヴァンカップの横浜FC戦)になる公算が高い。神戸は「今シーズン末までいてほしい」と慰留しているようだが、欧州の選手にとっては6月末までの契約がほとんどで、ここが区切りをつけるタイミングなのだ。

 契約解除には通常、相応の大金が必要になる。ただ、細かい契約内容はわからないが、イニエスタの貢献度を考えたら、縛り付けるべきではないだろう。肉体的にも精神的にもプレーは可能なのだから、新天地へ送り出すべきだ。

 移籍先候補には、サウジアラビアのアルヒラルの名前が挙がっている。アジアチャンピオンズリーグ決勝では浦和レッズに敗れたが、アジアの強豪と言える。「バルサ退団を表明したセルヒオ・ブスケツ、かつてバルサで戦友だったリオネル・メッシと合流し、バルサトリオ結成?」などという憶測も流れる。メッシはバルサ復帰も囁かれているし、不確定要素の強い話だが......。

「アンドレス(イニエスタ)とは、『監督ライセンス講習を一緒に受講しよう』とは話したよ。お互い監督には興味があるから。いつになるかはわからないけどね」

 昨年の5月、かつてバルサでチームメイトだったセスク・ファブレガスは国内スポーツ紙のインタビューで、そう語っていた。

 イニエスタは、監督の道に入ることもあるかもしれない。あるいは、かつての戦友であるシャビ・エルナンデス監督が率いるバルサで、ユース年代の監督をしながらライセンスを取るのもひとつの手か。人格者である彼がどういうチームを作るのか、興味は尽きない。

 もっとも、イニエスタ本人は40歳までは現役を続ける意思があるという。致命的なケガを負っているわけではなく、限られた時間だったら、トップレベルのプレーができる。この終わり方は未練が残るだろう。もともと相手の逆を取ったり、ポジション取りだったりすることで場を制する選手であり、今も簡単にラインを破るパスを出せる。たとえバルサでプレーしたとしても――。

 これは願望に近いが、バルサ復帰で花道を飾ることはできないか。練習するだけでも、多くの選手に好影響を与えることができるだろう。昨シーズン、ダニエウ・アウベスは39歳でバルサに復帰し、貴重な貢献をした。カンプ・ノウの熱気は否が応でも上がるだろう。その場合、バルサは財政的問題があるため、ほとんど無給でのプレーになってしまうだろうが......。

 5月20日、神戸は敵地で柏レイソルと対戦する。成績不振によりネルシーニョ監督が退任に追い込まれた相手は、"窮鼠、猫をかむ"の心境で挑んでくる。神戸にとっては首位固めの一戦だ。

 はたして、日本での最後が迫るイニエスタにプレー時間は与えられるのか。