4月29日、味の素スタジアム。FC東京は本拠地にアルビレックス新潟を迎え、2−1と勝利を収めている。同勝ち点での対戦になったが、FC東京が戦力的優位を示す形になった。新潟の選手の大半はJ2を主戦場にしてきたが、FC東京の選手の多くはJ1での試合経験を重ねており、有力外国人も擁し、ベンチに日本代表もいる陣容で、"順当な結果"とも言える。

 だが、鮮烈に光ったのは、新潟のトップ下を務めた伊藤涼太郎だった。

「Velocidad de balon」

 FC東京のアルベル・プッチ監督は、試合後の記者会見で何度かその表現を用いていた。簡潔に「プレーテンポ」と訳されており、それは正しいのだが、「転がるボールのスピード」というほうが映像的に伝わるかもしれない。ボールを思うままに転がすことで、能動的に相手を引き回し、"崩し"に結びつける。スピードと言っても単なる速さではなく、緩急の差で奏でるリズム感だ。

 もっとも、アルベル監督の率いるFC東京はボールが走っていなかった。選手個人の屈強さは感じられたし、球際を制してカウンターを浴びせ、優位に立つこともあったが、プレーリズムは一本調子。後半は新潟がパワーダウンしたことで攻勢に出たが、軽やかな旋律にはならなかった。

 一方、新潟からはプレーテンポのよさが伝わってきた。選手がどこにいるべきか、何をすべきか、その理解が行き渡っている。距離感や立つ位置の角度がいいためにボールが回りやすく、必然的に緩急の差が生まれた。サイドに人をかけて押し込んでから、折り返しをバックラインの前に通すという形で、パターン的にダメージを与えていた。

 仕組みがあるからこそ、プレーの創造性が出る。トップ下で伊藤が輝いたのは、その仕組みのおかげだ。


FC東京戦で今季6得点目を挙げ、現在、得点ランキング2位の伊藤涼太郎(アルビレックス新潟)

 今シーズンの序盤戦、伊藤はJ1リーグで最も注目されるアタッカーになっていると言っていいだろう。2、3月の月間MVPを受賞。4月に入っても、アビスパ福岡戦でハットトリックを記録した。

 その武器は独特なリズムにある。FC東京戦も、音楽が鳴り出しそうなプレーが目立った。

【俊逸な「止まる動き」】

 序盤に先制点を奪われた直後、味方のパスを引き出し、ライン間で受ける。軽やかにドリブルに入り、コース取りとボールの置き方でファウルを誘い、FKを得る。仕上げに、自らFKを右足でGKの逆を突いて右隅に流し込でいる。今シーズン6得点目だ。

「前半は自分たちがボールを握ることはできていたので、手応えはありました。FKは分析で相手GKが壁のほうに動く、というのが情報で入っていたので、狙いどおりでした。GKから見えるか見えないかの高さで......」

 伊藤はそう振り返った。いかにして相手の逆を取るか。それが染みついているのだろう。

 前半37分にも、特筆すべきシーンがあった。敵陣内で相手のボールタッチのミスを見逃さずに奪い返した後、自らはバックラインの前に入る。周りがせわしなく動いているなか、彼だけが一瞬、立ち止まってボールを受けている。時間の流れのなかのズレを見つけられるのか。右足で放ったシュートはGKに防がれたが。

 "止まる動き"に伊藤の才能は現れている。福岡戦での劇的な逆転弾も一例だろう。彼だけがボールの行く先を予測し、止まったからこそ、待ち受けて撃ち抜けた。これは簡単なことではない。

「Pausa」

 これはスペイン語で「休止、停止」という意味だが、異能として語られる。

 スピードを突き詰めた場合、速く動くことが最善だと考えられる。しかし、止まることで相手の逆を取ったら、はるかに優位となり、簡単にスピードは倍加する。いわゆる、緩急の変化である。そのおかげで、非力に見えても、驚くほど速くなくても、相手を凌駕できる。世界ではアンドレス・イニエスタ、ダビド・シルバ、ルカ・モドリッチ、ジョアン・フェリックス、ペドリ、日本人では鎌田大地、久保建英などが「Pausa」の使い手である。

 伊藤は東京五輪世代で、その才能は注目されてきた。しかし、J1ではずっと定位置をつかめなかった。25歳になった今シーズン、J1でようやく初得点を記録した。

【「怖さ」を磨いて世界へ】

 変身を遂げた理由は、J2で試合出場を重ねたこともあるが、ボールプレーができる構造のチームに巡り合ったのも大きいのではないか。

 その点、伊藤が完成するのはこれからだ。

 FC東京戦では、J1で定位置をつかみきれなかった残像もあった。中盤に下がって攻撃に転じることであっさりパスをカットされる。あるいは、松木玖生のようにパワーのある選手と球際を競うと分が悪くなる。

 相手の先制点のシーンも、バックラインの前にうまく入ってボールを受け、ためを作ってパスを出したが、呆気なくカットされ、そこからのカウンターでゴールを奪われていた。チームによって、この類のミスは「失敗」と糾弾される。

 伊藤はアタッカーとして「数字」にこだわることが必要だろう。FKも含め、ゴールに関わる仕事ができるのは非凡な才能である。バックラインの前で勝負を続けることで「怖さ」は磨かれる。そこを極められたら、マイナス面は隠れていって、やがて「世界」も見えてくる。

「際のところで、J1はレベルが高いです。東京の選手も球際が強く、中央の(守りの)強度もあった。でも、自分たちは土台があるし、それをやり続けるしかない。あそこでパスを通したらチャンスだった、というのはあって、そこを突き詰めるしかないと思っています」

 伊藤はそう言って前を向いた。自らに言い聞かせるようでもあった。仕組みのなかでお互いが高め合い、心地よくボールを走らせることができたら――。シーズンの終わりには、伊藤自身の道も広がっているはずだ。