セリエAはナポリの優勝がいよいよ秒読み段階に入っている。第31節、ナポリはユベントスと敵地で戦い、後半アディショナルタイムの決勝ゴールで0−1の劇的勝利を飾った。これによりナポリは勝ち点を78に伸ばし、2位ラツィオを17ポイント引き離して首位を独走。早ければ次節にも、ディエゴ・マラドーナがいた1989−90シーズン以来、実に33年ぶりにスクデット(優勝の盾)を手にすることになる。

 マラドーナがチームを去って以降、ナポリはセリエBに降格したり、財政破綻からセリエCに落ちたりと、苦難の時代を過ごしていた。だが、2004年にアウレリオ・デ・ラウレンティスがオーナーに就任してチーム立て直しを図り、2010年ぐらいからは常にベスト5に入るようになる。とはいえ、どうしても優勝までは手が届かずにいた。

 だが、今シーズンは最初から違っていた。開幕から圧倒的な強さを見せ、第6節以降は常に首位を走り続けている。


ユベントスから劇的な勝利を挙げ、喜びを爆発させるナポリの選手たち

 ナポリ最古のニュースサイト『ナポリマガジン』を配信するアントニオ・ペトラッツォーロ記者はその強さの秘密をこう語る。

「ひとつにまとまった強い団結、監督ルチアーノ・スパレッティの力量、そしてヴィクター・オシムヘン、クヴィチャ・クワラツへリア、キム・ミンジェ、スタニスラフ・ロボツカなどの若い才能を発掘し、連れてきたデ・ラウレンティス会長とクリスティアーノ・ジュントリSD(スポーツディレクター)の手腕。それらすべてが相まってここまできたのです」

 また、ナポリの日刊紙『リベロ』はナポリの強さの源のひとつに「文化の多元性」をあげている。現在のナポリには27人の選手がいるが、うち19人は外国人で国籍は実に17に及ぶ。それも4つの大陸(ヨーロッパ、アフリカ、アメリカ、アジア)の選手がそろっている。そのために、どんな場面でも対応ができるし、何より時代遅れで古臭いイタリア的サッカーに縛られることがない、としている。

 ナポリ躍進の最大の功労者と言われているのが、2015年からSDを務めているジュントリだ。かつてセリエDのカルピを5シーズンで4回昇格させ、セリエAにまで導いた経験のある敏腕SDだ。

【無名な選手たちだったからこそ】

 ジュントリは選手を獲得する際、才能だけでなく、性格、潜在能力、何よりチーム、そしてナポリという特別な街に適応できるかを長い時間をかけて分析する。また、北部のビッグクラブに比べて財政的に厳しいナポリでは、高額なスターではないことも大事だった。

 現在のチームの中心となっているジョヴァンニ・ディ・ロレンツォ、イルビング・ロサーノ、エリフ・エルマス、ロボツカ、クワラツへリア、オシムヘン、ミンジェらは、いわゆる強豪でプレーしたことはいが、ナポリのために選び抜かれた選手たちだ。また年齢的にも若さと経験がともに揃う理想的な24〜30歳の範囲にある。チームの平均年齢は26.1歳だ。

 監督のルチアーノ・スパレッティは、個々のピースをジグソーパズルのようにうまく組み合わせることに長けている。選手を先入観や偏見で判断せず、自分の目でそれぞれの資質を見極め、適材適所にはめ込んでいく。ローマ監督時代にはトップ下として絶対だったフランチェスコ・トッティをセンターフォワードにコンバートしたのを覚えている人も多いだろう。

 細かな指導をすることでも知られている。インテル時代、スパレッティのもとでプレーしたことのある長友佑都は、「体の向きまで指示してきて、めちゃくちゃ細かい」と、その細かすぎる戦術指導ぶりを明らかにしている。こうした細かさは、スター選手たちには時には嫌われ、衝突の原因となることもあったが、無名で名声を求める選手の多いナポリにはぴったりだった。

 クワラツへリアはマラドーナをイメージさせるという理由で「クワラドーナ」という呼び名を与えられ、ミンジェは昨年夏にチェルシーに移籍した「カリドゥ・クリバリを忘れさせてくれた」とサポーターから言われている。ロボツカは「ナポリのイニエスタ」の異名を持ち、トップレベルのプレーメーカーとしての地位を確立した。

 オシムヘンはインタビューで監督のことを「スパレッティは、いつも僕に『ベストを尽くせ』と背中を押し、僕のことを信じてくれている。ハードワークを課してくる時もあるけど、それも全然、苦ではない。なぜなら、それがより成長するためだってわかっているからだ」と、評している。

【チームを後押しするナポリの人々】

 こうしたチームの雰囲気が悪いわけはない。前出のペトラッツォーロ記者は、チームがひとつにまとまっていることも勝因と挙げているが、スパレッティ監督もこんなエピソードを語っている。

「チーム全員のチャットグループがあり、私もそこに入っている。2月にクワラツへリアの22歳の誕生日があったんだが、夜中の12時をちょうど過ぎた瞬間に、チーム全員からおめでとうメッセージが送られていた。それがこのチームの空気感だよ」

 優勝まであと一歩の選手たちは非常に落ち着いていると、ペトラッツォーロ記者は言う。

「彼らはひとつひとつの試合や練習に集中しています。でも同時に、ナポリの人たちがこれほど喜び、彼らを愛していることを感じていて、それが彼らの原動力になっています。新しくナポリにやって来た選手たちと、今、新しい時代が始まろうとしています。彼らは決して今シーズンの優勝だけを目指しているわけではありません。これから新しいナポリの時代を築こうとしているんです」

 そう、ナポリの優勝を後押しするもうひとつ重要な要素が、ナポリの人々だ。彼らのチームへの愛はどのイタリアの町よりも強く、それが選手たちを支えている。

「ナポリは人生、ナポリは唯一無二、ナポリは魂です。ナポリに人たちは何かを愛する時、理屈抜きで無条件に愛情を与えます。そしてどんな問題でもいつかは解決できると信じています。人は生きている限り絶対何かできるからです。つまり、ナポリとはひとつの生き方なんです」(ペトラッツォーロ記者)

 筆者は1990年、ナポリが二度目のスクデットを獲得した時に、幸運にもこの街にいた。その様子は圧巻だった。街中の建物、街中の道がナポリカラーに塗られ、すべての家の窓にはナポリの旗がたなびく。当時、優勝を争っていたのはミランだったので、赤と黒に塗られた便器を乗せた車が走っていたり、葬儀会社がシルビオ・ベルルスコーニ(当時のミラン会長)の葬儀をやったりしていた。レストランは道行く人に無料で大盤振る舞い。本当の祭りというものはこういうものなのかと、実感した。ミラノやトリノといった他のイタリアの街でも、その街のクラブの優勝風景を見たことはあるが、それとはけた違いだった。

 今、ナポリの街ではそれと同じことが起きているとペトラッツォーロ記者は言う。

「とにかくものすごく盛り上がっていますよ。何しろマラドーナとともに勝ち取ったふたつのスクデットのあと、33年間、待ち望んだ勝利ですから。もちろんその間もナポリというチームに対する愛は決して陰ることはありませんでした。どんな順位にあろうともナポリの人々はチームを見捨てたりはしません。でも今はチームへの愛はより大きくなっています。街はすでにナポリカラーに塗り替えられています。あとは優勝が確定し、喜びを爆発させるだけです」

 イタリアには、「望んでいることを口にすると、それが叶わなくなってしまう」というジンクスがある。とりわけナポリの人は験を担ぐので、これまで優勝の可能性があっても、決してそれを言葉にすることはなかった。ところが今年は違う。すでにナポリの街はお祭り騒ぎだ。町中にたなびく旗には堂々と3つ目のスクデットがついている。

「2位以下とのポイント差はあまりにも明白で、それがナポリ人の迷信深さをも超えてしまったようです。今、街の雰囲気は最高です。ぜひ日本の皆さんにも、見てもらいたいですね」(ペトラッツォーロ記者)

 ナポリが33年ぶりの優勝を果たした瞬間、いったい何が起こるのか、今から楽しみでならない。