2023年ドラフト戦線の隠れた実力派 150キロ左腕の桐蔭横浜大・古謝樹は、球速よりも「球質」で勝負する
紫色のグラブを使うアマチュア投手は珍しい。その当人である古謝樹(こじゃ・たつき)に「どうして紫なのですか?」と尋ねると、気恥ずかしそうな古謝からこんな答えが返ってきた。
「自分は声とか感情とかあまり表に出さないんですけど、グラブは少し派手にいきたいなと思って。暗い色より明るい色で、気分を上げてマウンドに上がりたいんです」
なんともいじらしい自己表現だ。だが、少しでも目立ちたい意思の表れであるこのグラブが、古謝の置かれた状況を象徴しているように感じられた。
最速150キロを誇る桐蔭横浜大の古謝樹
2023年のドラフト戦線は「サウスポー豊作イヤー」と見られている。
高校生なら前田悠伍(大阪桐蔭)、大学生なら細野晴希(東洋大)という左投手が目玉格になりそうで、ほかにも大学生左腕に有望株がひしめいている。
そんななか、秋にかけて評価を上げてきそうなのが、桐蔭横浜大のエース左腕・古謝である。
身長181センチ、体重76キロの細身な体型で、最速150キロをマーク。力感がなく出どころの見えにくい投球フォームから、スピードガンの球速表示以上に体感速度の速いボールが繰り出される。プロでいえば伊藤将司(阪神)に近いタイプだろう。
スライダー、カーブ、カットボール、チェンジアップ、ツーシームと多彩な変化球を操れて、コントロールも破綻がない。湘南学院(神奈川)に在籍した高校時代から着実にグレードアップし、右肩上がりにドラフト解禁年を迎えている。
ただし、現段階での古謝の注目度は高いとは言えない。
人気が高い東京六大学リーグ、逸材が揃う東都大学リーグと比べると、古謝のプレーする神奈川大学リーグはスポットライトを浴びにくい現実がある。球速より球質で勝負する投球スタイルと相まって、古謝がドラフト候補として取り上げられる機会はごく限られている。
そんな古謝だが、昨年6月に実施された大学日本代表候補合宿に招集され、鮮烈な投球を見せている。
紅白戦で並みいる強打者を向こうに回して、2回4奪三振(2与四球)。キレ味抜群のストレートは、ことごとく打者のバットの上を通過していった。
それでも、古謝は代表メンバーから漏れている。納得できない思いもあったのではないかと聞いてみると、古謝は意外な感想を口にした。
「あの時はちょっと力任せで、自分のなかではよくなかったので。相手が格上すぎて怖がっていて、『打たれてもいいや』くらいの感覚で投げていました。変化球は1球くらいしか投げていませんし、持ち味を出せなかった思いが強いです」
合宿ではドラフト1位でプロに進んだ菊地吏玖(現ロッテ)、曽谷龍平(現オリックス)から試合前の準備や試合の入り方についてレクチャーを受けた。古謝は「すごい選手とコミュニケーションがとれて、意識が変わった」と振り返る。
冬場はストレートの質をさらに高めるため、体づくりに取り組んだ。
「去年の関東大会(横浜市長杯)でストレートの逆球を打たれて負けたので。ストレートの質、キレを高めることを目標に掲げていました。1年の頃からウエイトトレーニングも積んできて、ストレートで空振りやファウルをとれることが増えました」
【悪いなりに投げるテクニック】4月22日、関東学院大との1回戦に先発した古謝は、立ち上がりから毎回ランナーを背負う苦しい投球だった。被安打は8、与四死球は6に上った。それでも関東学院大の得点を1にとどめ、ピンチの場面ではキレのある快速球を軸に三振を奪って切り抜けた。最終的に奪三振数は13を数えている。
9回を完投して球数は170球に達したというのに、試合後の古謝は涼しげな様子だった。
「体は結構張ってますけど、9回を投げたわりには疲労感はそんなにないですね」
桐蔭横浜大の齊藤博久監督は「悪いなりに苦心して投げてくれた」と古謝をねぎらった。この「悪いなりに投げる」テクニックもまた、古謝が進化したポイントのひとつなのだ。古謝は言う。
「毎日、『今日の自分は何が足りないか?』を考えて調整しています。今日は体幹が足りないと感じたらバランスボールを投げたり、腕の振りが遅いと感じたらネットスローをしたり。その日のコンディションに合わせて、調整できるようになりました」
このまま故障さえなければ、大学生左腕として細野晴希に次ぐ評価を受けても不思議ではない。齊藤監督に「どこに出しても恥ずかしくない投手ではないですか?」と尋ねると、首をかしげた齊藤監督からこんな反応が返ってきた。
「私の欲目かもしれませんが、あいつの本当にいい時を見ているので......。『もっといけるんじゃないか?』と思ってしまうんですよね。力感なく投げられて、真っすぐの質は本当にいい。でも、本来はもっとコントロールのいい子なんですよ。オープン戦では東都や社会人の強豪も抑えていましたから」
春のオープン戦では、Hondaを5回無失点、SUBARUと國學院大を5回1失点と抑えている。SUBARU戦は被安打1の無双ぶりだったという。
今年のドラフト候補に左投手が多いことは、古謝も認識している。だが、彼らへの対抗意識を聞いても、威勢のいい言葉は聞かれなかった。
「心のなかでは負けたくないと思ってるんですけど、比べてしまうと浮足立って空回りしてしまうので。自分は自分ですし、ダメならダメ、よかったらよいで評価してもらえると思います。だからほかの人のことはライバルではなく、アバウトにとらえたいです」
いずれグラブの色で自己主張せずとも、古謝樹が脚光を浴びる日はきっと訪れる。そのストレートは、誰よりも見る者の心を打ち抜くだけの魅力がある。