事件の主犯格とされる今村磨人(右)、藤田聖也両容疑者。フィリピン・マニラ首都圏のビクタン収容所にて

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事件の主犯格とされる今村磨人(右)、藤田聖也両容疑者。フィリピン・マニラ首都圏のビクタン収容所にて
昨年から全国各地で発生し、日本中を震撼させた連続強盗事件も、フィリピンの収容所に拘束されていた主犯格らの強制送還によって全容解明に向かおうとしている。しかし、この事件が、「今後の不動産市場に影響を与える可能性がある」と指摘するのは経営戦略コンサルタントの鈴木貴博氏だ。そのわけとは?

【写真】凶悪犯罪を避けられない高級住宅地

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大きな事件がそれまでの世の中の前提を大きく変えてしまうことがある。今問題になっている広域連続強盗事件は間違いなくそのひとつだ。これら一連の事件はちょっと闇が深い。

今年1月、狛江市で95歳の資産家が殺された強盗事件は、逮捕された犯人グループのスマホから連続強盗事件であることが判明した。類似した事件は関東近郊だけで少なくとも16件、関西から中国地方にかけても類似の事件が報告されたことで、新たな社会問題に発展し始めた。

中野区の強盗の被害額は3000万円と突出して大きいが、公表されている関連事件9件の被害額の平均は170万円程度とそこまで大きくはない。高齢者にとっては「その程度は手元に」と思っていたタンス預金でも、強盗団に狙われてしまうわけだ。

これらの強盗事件が「新しい社会問題」という理由は、振り込め詐欺と同じで分業制かつ場当たり的にネットで集められた犯罪集団が、ネット上で取引されるターゲットリストの住宅を、上からの指示でつぎつぎと襲っていたという点だ。指示役はフィリピンの収容所のVIPルームから、自らは手を汚さずに上前だけをはねていた疑いがある。

■台頭する凶悪犯罪に無防備な日本式家屋

これは警察にとってもそうなのだが、高齢の老人にとっては非常に防御しづらいタイプの凶悪犯罪が流行しはじめたことを意味する。これまでの安全の前提がひっくり返ってしまったのだ。一連の報道で高齢者が理解したことは、犯罪に巻き込まれるリスクに現実感があるということだ。

まず犯罪集団は、さまざまな方法で狙いやすい高齢者をリストアップする。アポ電、通販の利用歴、家の中の修理、不用品の買取......。どこがきっかけかわからないまま、「あの家は不用心なうえに資産がありそうだ」というリストに、自分が載ってしまうかもしれない。1ステップ目の犯罪集団は、個人情報をリスト化して販売する連中だ。

次の2ステップ目として、そのリストを購入して実際の犯罪を行なう別の集団がいる。下見役、見張り役、逃走経路の確保役、実行役など、悪い連中に自宅のまわりを取り囲まれた段階で、もうゲームオーバーである。


今回の連続強盗事件で明るみになった、白昼堂々、民家に押し入るという手口は、これまで想定されて来なかった
日本の安全の前提はそもそも、こういった手口の凶悪犯罪を想定しない形で設計されてきた。その一番わかりやすい弱点を挙げると、日本では誰でも豪邸の前を素通りすることができるということだ。

警察の監視ボックスが設置されるのは閣僚の自宅ぐらいで、田園調布であれ自由が丘であれ恵比寿であれ麻布であれ、高級住宅地は自由に往来ができる構造になっている。

海外ではゲーテッドコミュニティといって、富裕層の棲む一帯がフェンスで囲われていて、ガードマンがいるゲートを通らないと中に入ることができない場所が無数に存在している。

日本よりも治安が悪いからこそ工夫された街づくりで、高額な物件を購入する代わりに安全を手にできる仕組みだ。これが日本の場合は法律上実現が難しい。一軒家で老後を迎えた富裕層は、今、安全面の手詰まり状態に直面している。

■富裕層は安全を求めタワマンへ?

では富裕層のこれからの老後はどうなるのか? 一番簡単な解決策がある。それがタワーマンションだ。

ひとつの物件に200〜400の世帯が集積され、エントランスにはホテルのようなロビーが設置され、そこに管理スタッフが24時間常駐している。

物件によってはオートロックはエントランスだけでなくエレベーターのボタンを押す際、そしてエレベーターを降りた階の3箇所にチェックポイントがあって、容易には外部からの訪問者を通さないような仕組みになっているものもある。

タワーマンションは大地震のときなどエレベーターが止まって大変だというが、実は高齢者の場合は2〜3日外出しない日も少なくない。家の中に食料品や水が常に備蓄されているので、エレベーターが止まっているうちは家の中にいればいい。むしろ備えるべきは、災害よりも犯罪なのである。

実は高齢の富裕層が一軒家を売却してタワマンに移るケースに関して、今回の犯罪以前からひとつの流れが起きていた。おひとり様なら5000万円もあれば、コンパクトなタワマン物件を購入可能でもあった。しかし、その価格相場がこの事件を境に変わるかもしれない。


日本では、凶悪事件に対してはタワマンが最も安全な住まいになると指摘する鈴木氏
わたしの職場の近くに築20年の人気物件があるが、面白いことにこの20年間、中古物件価格が新築当時を大きく下回ったことがない。2LDKの広さの部屋はこれまでずっと7000万円前後と、中古としては比較的高い価格帯で取引されていた。ところが、今年になってその値付に変化が見え始めた。この2月に売り出した同程度の広さの中古の部屋が、1億800万円の値付けにはねあがったのだ。

経済評論家として予測すると、タワマンの中古価格はこれからの半年で急上昇するだろう。逆に言えばこれから先、近郊の一軒家の価格は大きく下がるはずだ。間違いなく「売りたい需要」が急増するからだ。

世田谷や田園調布のような旧来の高級住宅地などでも、防犯上の理由から高齢者が徐々に離れていくことも考えられる。これはある意味、若くてそれほど財産のない人にとったら、持ち家を手にいれるチャンスになる。

かつて水と安全はタダと言われた日本では、一軒家の持ち家をもつことが人生のゴールだった。その前提が連続強盗事件をきっかけに大きく崩れるだろう。若いうちは安い一軒家で暮らし、人生で成功したらそのときはゴールとしてタワマンに住む。これからの日本経済はそう変化しそうだ。

●鈴木貴博
経営戦略コンサルタント、百年コンサルティング株式会社代表。東京大学工学部物理工学科卒。ボストンコンサルティンググループなどを経て2003年に独立。未来予測を専門とするフューチャリストとしても活動。近著に『日本経済 復活の書 ―2040年、世界一になる未来を予言する』 (PHPビジネス新書)

文/鈴木貴博 写真/photo-ac 時事通信社