告白を期待して臨んだ映画デート。なにも言わずに帰ろうとする彼に、女が叫んだ言葉とは?
この世には、生まれながらにして満たされている人間がいる。
お嬢様OL・奥田梨子も、そのひとり。
実家は本郷。小学校から大学まで有名私立に通い、親のコネで法律事務所に就職。
愛くるしい容姿を持ち、裕福な家庭で甘やかされて育ってきた。
しかし、時の流れに身を任せ、気づけば31歳。
「今の私は…彼ナシ・夢ナシ・貯金ナシ。どうにかしなきゃ」
はたして梨子は、幸せになれるのか―?
翔馬と近づけると期待して臨んだ会社の飲み会は、消化不良に終わった。落ち込む梨子だが、ひょんなことから翔馬との焼肉デートにこぎつけ、両想いを確信する。次のデートを楽しみに待つ梨子だが…。
▶前回:社内で人気のイケメン弁護士と、デートへ。ライバルを出し抜くために女がとった行動とは?

ブーッ、ブーッ。
ベッドの上で震え続けるスマホに、『紀香』と表示されているのを見て、梨子は慌てて画面をスワイプした。
「もしもし?」
すると、紀香のあきれ声が聞こえてくる。
「LINE見たけど、ちょっと長すぎて読めないわ。つまりどういうこと?説明してほしくて電話しちゃった」
先日の翔馬との焼肉デートの一部始終を、紀香にLINEで報告したところだった。
思わぬ長編になってしまい、混乱を招いていた。梨子は、改めて何があったのかを説明する。
「…なるほどね。梨子の次の王子様は、そのショーンこと田村翔馬さんなのね」
「そうなの。価値観も合うし、職場も同じだし、今度こそ運命の人だと思う!」
自室のベッドに寝転がりながら、梨子は明るい声で言った。
「アンドリューの件があってからどうしてるかな、と思ってたけど良かったね」
珍しく紀香も、ダメ出しすることなく聞いてくれる。
「次は映画の約束したんだよ!アメコミヒーローがたくさん出てくるやつ。
彼ね、私が落ち込んでた時に『おなかいっぱい焼肉食べよう』って言ってくれたりとか、ヒーロー映画が好きだったりとか、意外と少年っぽいところもあって素敵なの!」
「へえ、昼間から会うなんてすごいじゃない。職場のライバルの子たちより、だいぶリード広げたわね」
― ああ、そんな心配したこともあったわね。ショーンと両想いは間違いない今、そんな不安は過去のもの。
梨子は笑みを浮かべた。
「頑張ってね。でも相手は職場の人、慎重に…」
そのとき『梨子ちゃーん、ごはんよ』という母親の声が、梨子の耳に入った。
「あれ、梨子。でも、もうすぐ公開のアメコミヒーロー映画って、2部作の後編じゃなかった?」
「え、どういうこと?ごめん、お母さんがご飯できたって呼んでるから行くね」
最後に紀香が言ったことをよく理解しないまま、梨子は「バイバーイ!」と言って電話を切った。
急ぎ足でキッチンへ行くと、ビーフシチューの香りがした。
「あれ?今日ビーフシチュー?お父さんいないのに珍しいね」
梨子は不思議に思った。
母親・梨絵がビーフシチューを作るのは、めったにない家族全員がそろう夕食の時と決まっているからだ。
「お父さん、今日は急にお仕事が入っちゃったんですって」
そう言いながら梨絵は、クチポールのスプーンとフォークをテーブルにセットする。
「うーん、いい匂い。お母さん、本当にお料理上手よね。今度このレシピ教えて!彼に作ってあげたいの」
梨子の「彼」という言葉に、シチューをよそっていた梨絵は、目を丸くする。
「あら、梨子ちゃんお付き合いしている人がいたの?早くうちに連れてきなさい」
「両想いなだけで、まだお付き合いはしていないの。正式に告白されたら、すぐお母さんに紹介するね」
梨子と梨絵は、父親が『一卵性親子』とからかうくらい仲がいい。梨子は、恋愛、仕事、推し活に着る服まで、いつも梨絵のアドバイスをもらっている。
「その彼は、どんな方なの?」
食卓に着くと、梨絵がさっそく深堀りを始める。
梨子は、翔馬のことをつまびらかに報告した。

「うーん、お母さん心配だわ」
梨絵が眉をひそめている。
「どうして?すごく優しくて、気が合うの。思い切って焼肉に誘ってよかったわ」
まさかの返答に少しムキになって言い返す。しかし、梨絵はため息をつきながら言った。
「だってその人、もう35歳なんでしょう?そんな年まで独身なんて絶対になにか理由があるわよ。バツイチ、借金、あと…梨子ちゃん、モラハラって知ってる?」
― よくそんなにたくさん思いつくなあ。
梨絵が次々と並べる心配の種を人ごとのように聞き流し、冷めないうちにシチューを味わう。
「梨子ちゃんも、いい子にしていれば、いつかお父さんみたいな素敵な人が現れてプロポーズしてくれるわ。お母さんがそうだったみたいにね」
「この話はおしまい」と言って、梨絵は取り留めもない話を始めた。

一度話し始めると、梨絵の話は止まらない。
「…この前お母さんね、お隣のおばあちゃまに煮物をおすそ分けしたら、ちょうどお孫さんも来てて。『お料理上手だから、子ども食堂を一緒にやらないか』なんて言われちゃったの」
「素敵じゃない!お母さんのお料理の腕が、役に立つなんて」
梨子は目を輝かせたが、梨絵の返事は意外なものだった。
「断ったわよ。他にお料理が上手な人なんてたくさんいるし、子どもは、大切な梨子ちゃんがいるもの」
― せっかく誘ってくれたんだからやってみたらいいのに!お母さんってほんと家にいてばかり。働いた経験もナシ、趣味もナシ…。
そこまで考えて、梨子ははっとする。
― もしかしてお母さん…“ナシ絵”なの?
幸せそうにパンを切り分ける梨絵の姿が、自分の姿と重なった。梨子はスプーンをテーブルに置くと、きっぱりと告げる。
「お母さんにはたまたま幸せな未来が待っていたけど、私も同じようになれるかはわからないわ。だから私は、自分で行動する!」
突然の宣言に、梨絵は「やだ梨子ちゃん、急になんの話?」と目をパチパチさせた。
次の日。
出社した梨子は、空席のはずの隣のデスクに、見慣れないPCが置かれているのを見つけた。
「奥田さん、ちょっといいかしら?」
上司が、見慣れない男性を連れている。
「こちら、今日から入社した大橋さんです。主に事務作業を担当してもらうので、奥田さん、いろいろ教えてあげてね」
「大橋陸斗です。よろしくお願いします。前職は、パラリーガルをしていました」
― 繁忙期でもないのに事務職で入社?珍しいわね。なにかあったのかしら?
挨拶を返しながら、梨子は大橋の全身をくまなくチェックした。
タイトなシルエットのシャツに、くるぶし丈のチノパン。クライアントに会うような服装ではないところを見ると、本当に事務要員として入社したのだろう。
「奥田さんから大橋さんに引き継いでほしい業務は、メールにまとめておいたわ。今から私、大橋さんと挨拶回りに行くから。終わり次第、早速引き継ぎを始めてね」
「わかりました」と返事をして、上司からのメールを読む。
― これってほとんど沙理ちゃんが担当してる案件じゃない!先輩だからって、なんでもわかるわけじゃないのに…。
梨子は、心の中で悲鳴を上げた。
沙理の席を見ると、今日は出社していないようだ。「できません」と上司に言おうと思ったが、慌てて気持ちを切り替える。
― 今は、なんでもやってみよう。だって私はもう“ナシ子”でいるわけにはいかないんだから。

陸斗が上司に連れられて挨拶回りをしている間、梨子は、引き継ぐ業務内容を詳しく確認する。
目を通してみて、驚いた。
― すごい。
梨子もかつて関わっていた案件だが、沙理の手によって、業務フローがはるかに効率的になっている。
― 沙理ちゃん、こんな効率改善をしてくれてたんだ。
沙理の仕事ぶりに衝撃を受けた。
梨子はこれまで、効率というものを気にせずに働いてきた。
なんの工夫もせず、まるで時計の針のようにひたすら同じ毎日を繰り返してきたのだ。
― ああ。沙理ちゃんが私の仕事ぶりを見て、イライラするのもわかるわ。陰でナシ子って呼ぶのはさすがに失礼だけど…。
梨子はため息をつきながら、引き継ぎの準備を進めた。
◆
陸斗が戻ってきたので、梨子はさっそく彼に業務を教える。
「この業務は、沙理さんのおかげでここだけ対応すればOKです」
「わかりました」
前職がパラリーガルだったというだけあり、飲み込みも早い。
「そろそろ休憩にしましょう。ランチ一緒に行きましょうか」
陸斗をランチに誘って歩きながら、気になっていたことを聞いた。
「大橋さんってどうしてパラリーガルをやめて、うちの事務所に来たんですか?
仕事の飲み込みも早いのに、なぜわざわざ事務職に?」
「僕、弁護士志望なんです。ロースクールを出たのが25歳の時、その翌年から毎年司法試験を受けて今年が5度目。
つまり今年が、最後のチャンスなんです。だから、収入は減りますが、仕事の負担を減らしたかったんです」
― 働きながら試験勉強じゃ、次も難しいでしょうね。弁護士にもなれない上に、お金もない30歳なんて…かわいそう。
『マルゴ丸の内』に並びながら、梨子は素早く陸斗の年齢を計算した。
そして自分の境遇は棚に上げて、勝手に同情したのだ。
― まあ、私には関係ないけどね。さあ、引き継ぎも思ったより楽だし、ショーン、いえ翔馬さんとのデートに集中しよう!どんなお洋服を着ていこうかなあ。
早々に陸斗への興味を失った梨子は、翔馬と約束している映画デートに思いをはせた。
◆

土曜日。
梨子は翔馬と、六本木ヒルズで待ち合わせる。
今日の梨子は、休日モードのリラックススタイルだ。
映画館で長い時間座っていても疲れないよう、Patouのビッグシルエットのニットに、黒のレギンスを合わせてきた。
「なんか、会社とイメージ違うね」
そんな翔馬の言葉に、狙い通り、とうれしくなる。
並んで、映画館に移動。アメコミヒーロー映画が公開されてから初めての休日だからか、シアター内は混雑していた。
◆
映画が終わると、梨子は翔馬を焼き鳥店に誘った。
六本木ヒルズから歩いてすぐの、カジュアルな焼き鳥店。早い時間から開いていることを、知っていたのだ。
向かい合って席に着くと、翔馬は興奮気味に話す。
「いやー今作は本当にすごかったね!」
梨子は、曖昧な笑顔を作る。正直、ストーリーによくわからない箇所があったからだ。
― 普段見ないジャンルだったから…。でも、IMAXシアターは映像・音響効果が素晴らしかったわ。
上映中、梨子は何度かスクリーンから目を離し、彼の横顔を盗み見ては幸せをかみしめた。
翔馬の興奮は収まらず、メニューも開かずに語り続ける。
「今回で、伏線が全部回収されたもんな。俺、ヒーローの生きざまに涙でちゃったよ」
彼の話に相槌を打ちながらも、梨子はもどかしい。
― 今日こそ告白されると思ったのに、なんかそんな雰囲気じゃないわ。この際、私から告白したほうがいいかしら?
「…梨子ちゃん?あれ、映画つまらなかった?」
告白で頭がいっぱいで、上の空になっていた。慌てて、映画の感想を絞り出す。
「いえ、楽しかったです!そういえばヒーローの1人もショーンでしたね」
「え?」
怪訝な顔をする翔馬に、ごまかすようにメニューを手渡す。
― もう機は熟しているはず。今日告白するべきよね?いや、それとも、もう一度デートの約束をするべき?
相変わらず考え続ける梨子は、出された食べ物の味もわからない。
あっという間に時間が経ってしまい、翔馬が会計を済ませて、席を立った。
「じゃあ、行こうか」
時刻は、まだ20時過ぎだ。にもかかわらず、彼は駅に向かってさっさと歩き出してしまう。
― このままじゃ次はないわ!
そう思った梨子は、翔馬を呼び止め、叫んだ。
「翔馬さん、私と付き合ってください!」
翔馬は、足を止めた。驚いた顔をして振り返り、そして、優しく微笑んだ。
◆
その数時間後。
終電を逃した梨子は、あかりの消えた上野駅前で、タクシーを待っていた…。
▶前回:社内で人気のイケメン弁護士と、デートへ。ライバルを出し抜くために女がとった行動とは?
▶1話目はこちら:「彼ナシ・夢ナシ・貯金ナシ」31歳・お嬢様OLが直面した現実
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告白の返事は?そして、梨子が終電を逃した理由とは?

