資産10億〜20億円程度の「シン富裕層」と呼ばれる人たちが存在感を高めている。資産家向けの海外生活をサポートしているアエルワールドの大森健史社長は「これまでの富裕層とは異なり、服装などからはリッチ感がないので、そのへんにいる学生と見分けがつかない。そして決断が早く、海外移住であってもふわっと決めてしまう」という――。(第1回)

※本稿は、大森健史『日本のシン富裕層 なぜ彼らは一代で巨万の富を築けたのか』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

写真=iStock.com/Dilok Klaisataporn
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Dilok Klaisataporn

■「じゃ、妻と2人の子どもたちと、家族でドバイに移住します」

40歳前後のその男性は、パーカーにスウェットパンツ、白のスニーカーというラフな服装で現れた。小さなクラッチバッグをひとつ持ち、「こんちは」と軽くあいさつをする。

「マレーシアがいいって聞いたんで、移住しようかと思うんですよね」

人生の大きな転機ともなりそうな「海外移住」を、数日間の小旅行にでも行くような気軽な口調で話題にする。

「マレーシアは、最近ビザの条件が改悪されたんですよ」

必要な資産額も3倍ほどになったこと、年間90日の居住義務もできたことなどを私から丁寧に説明すると、

「へぇ、じゃあ、どこの国がいいんですか?」

と質問をしてくる。

「そうですね、今はドバイが人気です。『全世界所得課税』ではなく、そもそも現時点では所得税も法人税もありません。日本の国内源泉所得に対する日本の課税以外、ドバイでの収入に対しては当然ゼロですし、贈与税も相続税もないんですよ」
「それは税金面でいいですね。でも中東って、なんか治安悪そうなイメージなんですけどねぇ」
「いえいえ、治安も良く、お子様が英語教育をしっかりと受けられるような学校も充実していて、物価も東京と同じくらいなんですよ」

現地の写真などを見せて説明すると、

「なるほどねぇ。僕、ネットで情報商材を販売している仕事なんですけど、ドバイってネット環境とかはどうなんですか?」
「もちろん、日本とそれほど変わらず、充実していますよ、ネットの投資家も多いですから」

そう答えると、彼は一瞬の間を置いただけで、にこりと“即決”した。

「じゃ、妻と2人の子どもたちと、家族でドバイに移住します」

その場で移住手続きに関する具体的な説明が、さっそく始まった……。

***

驚くかもしれませんが、これが「シン富裕層」と呼ばれる人たちの、海外移住相談の一幕です。

■リッチ感のオーラがないのが「シン富裕層」の特徴

高級車、高級時計、オーダーメイドのスーツ……少し前なら一点豪華主義であっても見分けがつくようなわかりやすい記号を持っていたかもしれません。しかし「シン富裕層」はたとえがいいかどうかはわかりませんが、エリートビジネスマンどころかそのへんにいる学生のようでもあり、街中ですれ違ったとしても「リッチ感」のオーラはゼロと言っていいでしょう。

後ほど詳しく述べますが、見た目と同様に暮らしぶりが派手なタイプもあまり多くありませんので、はっきり申し上げて、昔ながらの「金持ち」イメージではまったく見分けられない、というのが「シン富裕層」の共通点ともいえます。

数億から数十億円の資産を持つ大金持ちとは思えない、ラフな格好と口調で、ふわっとした相談をして、人生において重要な判断だと思われる海外移住先をすぐに決め、実際に移住していくのです。

このような「シン富裕層」の人々の収入源、考え方、行動様式について、本稿ではひも解いていきます。これまでの富裕層のイメージをがらりと変える、「シン富裕層」の実態をのぞき見てみましょう。

■資産額10億〜20億円くらいが「シン富裕層」の定義

富裕層の定義はさまざまありますが、よくメディアで取り上げられるのが、野村総合研究所の定義です。

世帯の純金融資産保有額(預貯金、株式、債券、投資信託、一時払い生命保険や年金保険など、世帯として保有する金融資産の合計額から負債を差し引いた額)が、5億円以上の場合を「超富裕層」と呼び、2019年時点での日本の超富裕層は、全世帯のわずか0.16%しかいません。そして1億円以上5億円未満が「富裕層」で2.3%、5000万円以上1億円未満が「準富裕層」で6.3%、3000万円以上5000万円未満が「アッパーマス層」で13.2%、3000万円未満が「マス層」で78%、というデータでした。

ただしこの定義は、金額に換算しやすい、わかりやすい資産のみを対象としています。私が見てきた「シン富裕層」たちの資産を捉える指標としては、不十分だと感じます。

なぜならここでは、不動産や中小企業の経営者の持つ未公開の自社株など、換金しにくい資産が、資産として含まれていないからです。さらに今人気の暗号資産やFXなどの時価総額、できれば動画配信の登録者数やTwitterのフォロワー数も今の時代なら資産として考慮に入れるべきでしょう。

それらを含んだ資産額で考えると、「シン富裕層」のボリュームゾーンは、10億円から20億円くらいを持っている人たちだと感じています。

上場企業のオーナー社長であれば、100億円以上の資産を持つ人も普通にいます。持ち株を売却しにくいことと家族への資産継承を考慮して、「ファミリーオフィス」を設立し、資産管理をしている人もいます。

■100万円を約20年で20億円にした男性

シン富裕層の中でも「ネット情報ビジネス型」は、「インターネットを活用し、株式投資や情報商材、動画配信などの新しい分野にいち早く飛び込み稼いできた、ファーストペンギンタイプ。決断が速い。情報入手にお金をかける。ビジネスを一人から少数で行い、外注をうまく使ったマイクロビジネスをしているため、フットワークが軽く、海外にも軽いノリで引っ越す人が多い」という人たちです。

写真=iStock.com/ipopba
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ipopba

インターネットを使った株の売買が可能になったばかりの2002〜2003年頃から、株式投資に専念し、100万円を20年弱で20億円にしたという男性が、海外移住の相談に来ました。彼は東京の一流私大に入学した直後に大病を患い、大学に通えなかったときに、時間を持て余して株の売買を始めてみたといいます。

最初の1年は失敗続きで、元手の100万円がなくなりそうにもなりました。しかしその後儲かったり損をしたりを繰り返し、株式投資にひたすら専念するようになってから増え始めました。結局大学は中退し、実家に戻って、ひたすら個別株の売買に専念したといいますから、完全にプロのトレーダーです。

ライブドア・ショック(2006年)で数億円を失いましたが、その後も頑張って、リーマン・ショック(2008年)のときはあまり損をせず増やすことができ、アベノミクス(2013年〜)で一気に増やし、資産が20億円に達したそうです。

彼は何事にも淡々としていて、特にこだわりのある趣味もないとのことで、30代後半の独身で、株式投資を延々とすることだけが楽しいとのことでした。株も、儲かったとか損したとかで大騒ぎせず、数字が増えると嬉しいな、とゲームのような感覚で取り組んでいました。だからこそ、乱高下する株の世界で勝ち続けられるのでしょう。

■ナンバーワンホステスと結婚するも、当たり前に別居生活

その男性は、新宿ナンバーワンホステスの女性と結婚していましたが、私の感覚からすると不思議な関係でした。

ドバイに2、3年移住するというので、「では奥様もご一緒ですか?」とたずねると、「いや、彼女は海外が好きではないみたいだから、行かないと思うんですよね」と言います。夫は移住したいから行くし、妻は行きたくないから行かない。別々に暮らすことに、何のこだわりもしがらみもなさそうでした。世代的な違いもあるのでしょうか。それぞれが自分の気持ちに率直という印象を受けました。

彼の場合は働かなくていい資産を得て、毎日投資以外やることもなくヒマで、なんとなくクラブやキャバクラに行くようになり、たまたまその中の1人と仲良くなって結婚したとのことでした。

大富豪といわれる実業家が、動画配信などに登場し話しているのを見ていると、話し方や雰囲気など、すべての力が抜けている印象を受けます。表情も変につくらないし、誰に気も遣う必要もなさそうなふるまいです。暗号資産でシン富裕層になった人たちも、そういう力の抜けた雰囲気で、思うままに生きている印象です。

私みたいな凡人は、自分の買った株がどうなるのか、上げ下げするたびに一喜一憂してしまいます。そして焦って、高いときに買ってしまったり、安いときに売ってしまったりするのです。トレーダーは欲がないからこそ成功しています。

■海外嫌いでも海外移住を決めた意外な理由

ただその方は無欲すぎて、高額なスポーツカーや時計だけでなく、おいしいものを食べたい、などの食に関する欲もなく、「世の中に投資がなかったら、生きる意味自体何も感じられないんじゃないか⁇」と心配になるほどです。人間的な熱さや力強さなどはなく、ビジネスオーナーの対極のタイプで、ある意味「究極のシン世捨人」という感じです。

大森健史『日本のシン富裕層 なぜ彼らは一代で巨万の富を築けたのか』(朝日新書)

ビザ申請についても申請費用が多少かかったら「高いね」とは言いますが、淡々としそんな彼から、新たにオーストラリアの投資永住権を申請したいという依頼があったときには、不思議に感じました。

本人も「海外にはあまり行きたくないんです。オーストラリアに行ったこともないです。でもとりあえず永住権を取っておきたいなと思ったので、手続きをお願いします」と言われます。理由を聞くと、「北朝鮮がミサイルを打ってくるなど、何かあったときに、日本から逃げられるようにしておく」とのことでした。

驚くかもしれませんが、こうした「有事に備えたいから」という理由で永住権の問い合わせをしてくる人は、実は多いのです。日本の地震の多さを心配する人もいますし、「日本は将来、国家破産する。そんな衰退する国で子育てをするのは、子どもが可哀想だ」と言う人も少なくありません。考え方は多種多様で私自身も色々なお話をうかがえるので日々勉強をさせてもらっています。

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大森 健史(おおもり・けんじ)
アエルワールド・代表取締役
1975年生まれ。国際証券株式会社等を経て、現職。投資家・資産家向けの海外生活コンサルティングにも精通し、サポートを行う。
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(アエルワールド・代表取締役 大森 健史)