「一匹狼」「孤高のパイロット」はいらない!? 空自F-2部隊指揮官に聞いた多国間訓練の実情
世界17国の空軍兵士らで行われた大規模演習「ピッチ・ブラック22」。今回初めて参加した日本は、航空自衛隊のF-2戦闘機5機などを派遣しました。演習ではいったいどのようなことを行っていたのか、現地で指揮官に直接話を聞きました。
初参加の日本は茨城・百里のF-2戦闘機を派遣
2022年9月7日現在、オーストラリア北部、ノーザンテリトリー(北部準州)の州都ダーウィンの周辺で行われているオーストラリア空軍演習「ピッチ・ブラック22」。日本を始めとするアジア各国だけでなく、遠くヨーロッパからも複数の国が参加しており、その数は計17か国にもなります。
各国の戦闘機はノーザンテリトリーのダーウィン基地とティンダル基地に分散して展開していますが、その数は最大で約100機にもなるといい、それらが約3週間に渡って国の垣根を越えて共同で訓練を行っています。
今回、日本から派遣されたのは、百里基地所属の第7空団隷下の第3飛行隊に所属するF-2戦闘機5機。なお、この訓練に航空自衛隊が参加するのは初めてのことであり、海外メディアからも注目されていました。
今回の「ピッチ・ブラック2022」に派遣された航空自衛隊部隊の指揮官を務める唯野1佐(布留川 司撮影)。
「共同訓練」という言葉は、これまでにもニュースなどで耳にすることがあり、日本国内でも在日米軍などと頻繁に実施されているほか、海外でもアメリカ領グアムで行われる「コープ・ノース」や、アラスカで行われる「レッド・フラッグ・アラスカ」など、航空自衛隊が参加する多国間訓練は多々実施されています。
しかし、その訓練の具体的な内容についてはあまり伝えられたことがありません。そこで今回、「ピッチ・ブラック22」に参加した航空自衛隊の戦闘機が、訓練中どのような任務に就いていたのか、派遣部隊の指揮官を務めていた唯野昌孝1等空佐(第7航空団飛行群司令)に現地で語ってもらいました。
ミッションクリアできるかが最大の目的
「訓練は基本的に『ブルー・エア』と『レッド・エア』に分かれて行います。本訓練の基本的な認識としてはブルーが友軍、レッドが敵を意味しており、2つの勢力が想定したシナリオや状況に沿って模擬的に任務を行います」。
戦闘機の訓練というと、操縦や搭載装備の操作などをイメージすることが多いのではないでしょうか。しかし、それらはあくまでも戦闘機の戦いにおけるひとつの手段にすぎず、本来の目標は空中戦全体の大局的な部分にあります。訓練ではただ戦闘機を操縦するのではなく、現実の状況に即した戦闘シナリオが作られて、それに沿って味方と敵の勢力に割り振られて模擬的な空中戦が繰り広げられるそうです。
ダーウィン基地に展開した航空自衛隊第7航空団第3飛行隊のF-2戦闘機(布留川 司撮影)。
また、「ブルー・エア」と「レッド・エア」では、割り振られた勢力によって戦い方も変わるといいます。「ブルー・エア」となった場合、F-2戦闘機はその能力を最大限に発揮して戦うことができますが、「レッド・エア」の場合は想定されたシチュエーションに応じた飛行・戦い方をしなければなりません。つまり、そこではF-2戦闘機ではなく、訓練で想定された状況を作り出すために全く異なる戦闘機の敵役になりきる必要があるのです。
これは今回の多国間訓練の目的が、各国の戦闘機同士の競い合いという単純なものではなく、参加国と共同で大規模な航空作戦を行い総合的な戦闘能力の向上を目指しているからだそう。そもそも戦闘機パイロットが目指す最終目標は、敵機を撃墜するといった個人視点の勝利ではなく、自分が所属する勢力の総合的なミッションの達成にあるからです。それは今回の多国間訓練だけでなく、すべての軍用機の訓練にも当てはまることだといえるでしょう。
パイロットに重要なのは「コミュ力」
さらに唯野1佐は次のようにも言っていました。
「訓練自体は我々が国内でやっていることと本質的な部分では大きく変わりません。しかし、規模の面では数十機もの機体が参加する多国間訓練は日本ではなかなか行えないため、貴重な機会といえます。この訓練での我々の目的は、自分たちの技量の向上だけでなく、オーストラリア空軍との相互運用能力を高め(オーストラリア空軍の空中給油機からの空中給油ミッションも行われたという)、また参加各国空軍との相互理解を深めることにあります」。
F-2戦闘機の尾翼に描かれた兜武者。第3飛行隊のシンボルだが、海外メディアのカメラマンたちは「サムライ」と呼んでいた。「ブシドー」ではない(布留川 司撮影)。
本訓練では各国のパイロットや整備員たちが共同で任務を遂行するだけでなく、飛行以外での交流も普通に行われており、基地では食堂や休憩中などに、各国の隊員たちが親しく会話をすることで親睦を深めているそうです。国際的な安全保障の枠組みが求められている昨今ですが、その土台となるのは、こうした隊員同士の、いわば草の根の繋がりだといえるでしょう。
戦闘機パイロットというと、映画などの影響から「ただ勝利を追求する孤高の存在」というイメージを持たれることもあります。しかし、実際の戦闘機パイロットに求められるのは、自身の操縦技量はもちろんのこと、それをどのように活用するべきかという大局的な視点。そして、同じ空の世界で活躍する人々として、他国間との繋がりを作るコミュニケーション能力なのかもしれません。