日本のエンタメのために自分にできることを考えている。新刊『ハヤブサ消防団』池井戸潤

著作『アキラとあきら』の映画化が上映中で話題の池井戸潤氏。ミステリ作家vs連続放火犯を描いた池井戸作品初の“田園”小説『ハヤブサ消防団』が9月5日に刊行される。次々とヒット作を書き続ける池井戸潤を駆り立てるものは何か!? 新刊の魅力と執筆への情熱を訊いた。

生まれ育った人間にしか描けない
濃密な〝田舎〟の小説を

――新刊『ハヤブサ消防団』には〝田園小説〟というキャッチコピーが。聞きなれないジャンルですね。

池井戸 ひらたく言えば〝田舎を舞台にした小説〟ですね。なぜそうなったかというと、僕が田舎の出身だから。小説の舞台である八百万(やおろず)町と同じような場所で育ったので、いつか田舎を舞台にした小説を書きたいと思っていました。たぶん、いま活動している作家の中で、僕がいちばん田舎育ちなんじゃないかな。

――主人公の三馬が加入することになる消防団。知っているようで実はよく知らない組織ですが、取材はどのように?

池井戸 地元にいる僕の同級生や友人たちですね。都会にも消防団はありますが、田舎の消防団は実際に消火活動をしますし、祭りや地区の行事などにも引っ張り出される、田舎の日常に欠かせない存在なんです。その様子や苦労話を以前からよく聞いていたので、ストーリーの中に生かしました。

消防技術を競う大会の最中にズボンの尻が破れたとか、祭りで吹く横笛をICレコーダーの音声で誤魔化したとか、嘘みたいな話こそ実話だったりします(笑)。もちろん、全国の消防団の中には体育会系でビシッと統率の取れた団体もあると思いますが、そういうところばかりではないようです。

――三馬が眺めるハヤブサ地区の自然の光景や風土色あふれる行事、食べるのにちょっと勇気が要りそうな郷土食などの生き生きとした描写も魅力的です。

池井戸 「ヘボ(地蜂の一種)」ですね。僕も「大熊蜂の子(オオスズメバチの幼虫。小指大)」はさすがにムリでした(笑)。かつて身投げした女性の名前がついた「リンネ淵」など、地元に実在する場所も出ています。

実はこうした伝承はおもに亡くなった父から聞いたものです。本や歴史が好きな人だったし、そうしたものを僕に伝えて遺しておこうという気持ちがあったのかもしれません。そういう意味でも、この小説を書けてよかったなと思っています。

人間を描けば、物語は動く。
緊張感を持って謎を追い続けて

――色彩豊かな田園小説がミステリに舵を切ったのは、どの時点からですか。

池井戸 山や食べ物の話を延々と読まされるほうもさすがに大変だろうし、書く側としてもそれはない。

ということで、登場人物たちと向き合いながら書いていくと、田舎とはいえ決して平和な人間関係や生活だけがあるわけじゃないと気づかされたんです。地方の風俗をただ並べるだけでなく、そこに秘められたものを掘り下げていくのが、小説の正しい方向性なんだろうと考えました。

――三馬が消防団に入団したのち、のどかな八百万町に異変が起こり始めます。次々と発生する連続放火事件、行方不明者の謎の死、山や町の中でたびたび姿を見かける不審者の存在……。

池井戸 連続放火事件は、僕の故郷でも実際に発生したことがあります。もっと小規模なものでしたが。それとは別に、神社の鳥居の前の家が連続して燃えたというのも実話で、父からは「絶対に神社の前に家を建てるなよ」と。そうした一種スーパーナチュラルな現象も、古い土地柄では起こるんです(真顔)。

――三馬は作家らしく観察眼を光らせ、事件の裏側にあるものに迫っていきます。そうして浮かび上がってくるのが、地方の町にある目的を持って近づいてくる集団の存在であったり、集落の入り組んだ人間関係であったり。

池井戸 ストーリーの中心にあるのは、常に人です。最初は何気なく登場している人物が、その後に、「この人には何かがあるな」と意外な裏側が見えてくる。そこを深く掘り下げていくうち新たな事情を発見し、物語が大きく動いていきます。連続放火に端を発し、「八百万町」の中で密かに進行していた事件の犯人については、自分でも最後までわかりませんでした。書き手にとっても謎は謎であり、解決策を常に模索している。予定調和にならず、最後まで緊張感を持って書き続けられたと思います。

――書いていて楽しかった登場人物は?

池井戸 消防団のメンバーや町の人たち。そして、個人的には三馬の担当編集者の中山田がおもしろい。三馬が町の事件で緊張している中、ゴルフバッグや釣り竿を持って呑気にやってきて、酒を飲んで遊んで帰る。僕の周りにいる編集者数人を合体させたようなキャラクターで、かなりリアルなんですが、一般の人からすると「こんな人、本当にいるんですか?」と不思議がられるでしょう(笑)。

もっと面白いものは、必ず作れる。
24時間体制で、次なるエンタメを模索中

――事件に巻き込まれるのは大変ですが、豊かな自然を満喫しながら執筆に勤しむ日々は、ある種、理想的な環境だとも。故郷へのUターンを考えたことは?

池井戸
ないですね。静かだけど、逆に落ち着かなくて集中できません。あの中に身を置いたら、小説は書けません。作中の三馬とは作家のタイプが違うんでしょう(笑)。僕は都会の、狭くるしい場所じゃないと書けないんです。

――エンタメに対して皆の見る目が厳しくなった時代になりました。

池井戸
小説の競合はたくさんありますからね。ドラマ、映画、ゲーム、ネットとさまざまなエンタテインメントがある中で、能動的に文字を読まなければならない小説に触れてもらおうと思ったら、やはりそれだけの魅力が必要なんだと思います。僕も、四六時中小説のことを考えていて、眠っていても夜中の2時、3時に飛び起きて「これだ」と思うアイデアをスマホにメモしていたりする。もはや24時間体制に近いものがありますが、それでも世の中に受け入れられるか出してみないとわかりません。状況は厳しいですよ。この頃はのんびりゴルフをやる気にもならない。周囲にはゴルフ引退を宣言しています(笑)。

――ベストセラー作家でもその危機感。しかしそれゆえに、やりがいもあるのでしょうね。

池井戸
いまのところ、僕の仕事は小説という活字の中だけに収まっていますが、出来ればもう少し創作の幅を広げていきたい。僕の作品は映像化されることがよくありますが、それだけに止まらず、エンタメとしてもっと面白いものを作れる気がします。

日本のエンタメのために自分にできること、仕掛けられることは何なのか。『ハヤブサ消防団』のように、小説での新基軸に挑戦し続けながら、新しいことにも取り組んでいきたいと思っています。

取材・文/大谷道子 撮影/佐賀章広

『ハヤブサ消防団』(集英社)

池井戸 潤

2022年9月5日

1925円(税込)

単行本 480ページ

ISBN:

978-4-08-771809-6

ミステリ作家vs連続放火犯

のどかな集落を揺るがす闘い!

東京での暮らしに見切りをつけ、亡き父の故郷であるハヤブサ地区に移り住んだミステリ作家の三馬太郎。地元の人の誘いで居酒屋を訪れた太郎は、消防団に勧誘される。迷った末に入団を決意した太郎だったが、やがてのどかな集落でひそかに進行していた事件の存在を知る――。連続放火事件に隠された真実とは?

地方の小さな町を舞台にした、池井戸作品初の“田園”小説として、「小説すばる」連載中から話題を呼んだ珠玉のミステリ。