どこまで盛るの? 海自新型艦艇「イージス・システム搭載艦」は想像以上に多機能化へ
海自の新型艦「イージス・システム搭載艦」が、多機能化へと大きく舵を切った模様です。そもそもの建造目的とはずいぶんと異なるそのコンセプト、どういった内容でどのような点が問題なのかを解説します。
迎撃ミサイルのみならず長射程巡航ミサイルまで?
2022年8月17日(水)に読売新聞が報じたところによると、現在その建造が計画されている「イージス・システム搭載艦」について、政府はこれに12式地対艦誘導弾を改修して新たに開発される国産の長射程巡航ミサイルや、巡航ミサイルなどに対処する迎撃ミサイル「SM-6」を装備する方向であることが明らかになりました。また、8月末に公表される予定の来年度(2023年度)防衛予算の概算要求に、建造関連の予算を盛り込む方針もあわせて報じられています。
「SPY-7」搭載艦のイメージ(画像:ロッキード・マーチン)。
そもそも「イージス・システム搭載艦」とは?
この「イージス・システム搭載艦」に関する報道の意味を理解するためには、そもそもこれがどのような艦艇であるのかを把握することが重要です。
イージス・システム搭載艦は、2020年に突如配備の中止が決定された地上配備型ミサイル迎撃システム「イージス・アショア」を代替する目的で建造が決定された艦艇です。
現在、北朝鮮による突発的な弾道ミサイルの発射を警戒するため、海上自衛隊の「イージス艦」が日本海に常時展開する態勢が敷かれていますが、中国の海洋進出に対応しなければならない海上自衛隊にとって、これは非常に大きな負担です。そこで、その負担を軽減するべく配備が計画されたのがイージス・アショアでした。弾道ミサイルへの対応はイージス・アショアに任せて、イージス艦は中国への対応に専念させようという構想です。
しかし、そのイージス・アショアの配備が中止されてしまったため、代替策が必要になりました。そこで、すでにイージス・アショア用に購入していたレーダーの「SPY-7」やミサイルを撃ちだす「垂直発射装置(VLS)」といった構成品を船に搭載し、長期間海上にとどまりながら常時弾道ミサイルの発射を警戒しつつ、必要に応じてこれを迎撃する装備として建造が決定されたのが、イージス・システム搭載艦なのです。
つまり、イージス・システム搭載艦はイージス・アショアの代替策であり、これと同様の役割を果たすことが求められます。そこで、海上自衛隊で運用されている護衛艦と比較してその船体を大きくし、洋上で長期間にわたる活動を行うことを目指しているとみられています。ただし、この「船体の大型化」という点については、搭載が予定されるレーダーの「SPY-7」がもともと艦艇への搭載を予定していなかったためにサイズが大きく、これを装備するための大型化ではないかとの見方もなされています。
混迷をきわめるイージス・システム搭載艦
イージス・システム搭載艦の建造が計画されるに至った経緯に照らして考えてみると、今回の報道内容には非常に重要なポイントがいくつか存在します。
まず挙げられるのは「多機能化」です。そもそも、イージス・システム搭載艦に求められていたのはイージス・アショアの代わりに弾道ミサイル防衛に従事する能力で、いわば「単機能」な艦艇になるはずでした。そのため、同じく高度な防空システムであるイージス・システムを搭載しつつ、幅広い役割を担うことができる「イージス・システム搭載護衛艦(海上自衛隊でのイージス艦の正式名称)」と区別される形で、「イージス・システム搭載艦」という名称が与えられたのです。
ポーランドに建設された「イージス・アショア」(画像:アメリカ海軍)。
ところが、報道内容が事実であるとすれば、長射程の巡航ミサイルによる対艦・対地攻撃能力の付与や、SM-6による巡航ミサイルの迎撃など、イージス・システム搭載艦は弾道ミサイル防衛にとどまらない「多機能」な艦艇に変化することになります。これでは、わざわざイージス艦と区別した意味がありません。
また、特にSM-6による巡航ミサイルへの対処は、北朝鮮というよりもむしろ中国を念頭に置いたものといえます。確かに北朝鮮も巡航ミサイルを開発中ですが、中国はすでに日本を射程に収めるさまざまな巡航ミサイルを配備しています。そうなると、そもそも北朝鮮の脅威に対処するものであるはずだったイージス・システム搭載艦が、中国の脅威にも対処するものになってくるわけです。
ただでさえ人員不足なのに…多機能化は「本末転倒」か
そして、最も重要なポイントは、こうしてイージス・システム搭載艦の機能を増やしていくと、結果的に海上自衛隊の負担が増えてしまうことにつながるということです。
弾道ミサイル防衛に特化した艦艇であれば、そのための要員と艦の運用に必要な乗員だけで最低限の運用が可能でした。ところが、敵の艦艇や地上目標を攻撃するとなればそのための要員、対空戦闘をするとなればそのための要員と、機能が増えるごとにそれに必要な人の数も増えていきます。これに加えて自らを防護するための機能として、潜水艦への対処能力やさらなる対空戦闘能力を付与するとなればその傾向はさらに強まります。
つまり、海上自衛隊の負担を軽減するための艦艇のはずが、その逆の存在になってしまう可能性が高まってしまうのです。
イージス・システム搭載艦のベースになるという海自護衛艦「まや」(画像:海上自衛隊)。
確かに、北朝鮮のみならず中国への対応も、いまや日本にとっては喫緊の課題ですし、そのために多機能化は必要な要素です。しかし、目の前の目的を達成するために「あれもこれも」と機能や任務を追加するのではなく、まずはしっかりと目標を定め、それを実現するための計画を立てて、それに基づいて必要な装備を整備することが必要だと筆者(稲葉義泰:軍事ライター)は思います。
イージス・システム搭載艦が当初の目的とは異なる方向に向かっているとなれば、まずは「イージス・アショアの代替案」という前提そのものを撤回して、新たな目標を立てるべきでしょう。