新たな超音速旅客機の「軍用機型」開発へ 使い道は? 空の“嫌がらせ”振り切るスピード
米スタートアップ企業が開発する超音速機が、軍事面でも活用されていく見込みです。そのスピード性能を活かせる場面とは、どのようなものでしょうか。
さらに形が変わった新たな超音速機「オーバーチュア」
アメリカのスタートアップ企業ブーム・スーパーソニック(以下ブーム社)がファンボロー・エアショー2022にて、同社が開発を進めている超音速旅客機「オーバーチュア」(Overture)の軍用機型を、ノースロップ・グラマンと共同で開発する構想を発表しました。
旅客機型のオーバーチュア新設計機のイメージ(画像:boomsupersonic)。
オーバーチュアの最初のコンセプトは2016年3月に発表されています。この時点でのオーバーチュアはエンジン2基で飛行する双発機で、その後同年10月にエンジン3基で飛行する三発機となっていました。そして今回ファンボロー・エアショーで発表されたオーバーチュアの新コンセプトは、左右の両主翼の下にエンジンを2基ずつ配置した四発機へと変更されています。
かつてイギリスとフランスが共同開発した超音速旅客機「コンコルド」や、旧ソ連が開発した超音速輸送(旅客)機「Tu-144」は、戦闘機と同様、エンジンの排気に燃料を噴きつけて燃焼させ、高い推力を得るアフターバーナー付きのエンジンを使用していました。これに対しオーバーチュアは、アフターバーナーを使用せずに超音速(マッハ1.7)で巡航飛行を行うことを目標としています。
2016年に発表されたオーバーチュアの胴体は、コンコルドと同様、ほぼ一体の幅の細長いものでしたが、新コンセプトでは超音速飛行時の抗力を最小限に抑えるため、航空機ではアメリカ空軍のF-102戦闘機で初めて採用された「エリア・ルール」理論を採用した結果、操縦席付近の胴体幅が最も太く、後方に進むにつれて細くなるという形状へと変更されています。
また、主翼も遷音速、亜音速での飛行における安定性と安全性を重視した形状に変更されるなど、2016年に発表された最初のコンセプトからの変更点は多岐に渡っています。
軍事面での使い道は?
ブーム社とノースロップ・グラマンは軍用機型オーバーチュアの潜在的な用途として、人員輸送、医療支援、ISR(情報収集・監視・偵察)を挙げています。
オーバーチュアの座席数は65〜80席を想定しており、大量の人員を輸送するのには適していません。また、胴体の形状から見て大きな貨物の搭載も困難なはず。ブーム社とノースロップ・グラマンは、現在ボーイング757をベースとする要人輸送機C-32Aや、ボーイング737-700をベースとする人員輸送機C-40が担当している要人の輸送を想定しているのではないかと筆者(竹内 修:軍事ジャーナリスト)は思います。
旅客機型のオーバーチュアは、東京とシアトルの間を4時間30分、ニューヨークからロンドンまでを3時間半で飛行することを目標としています。現在エアラインが運航している東京〜シアトル線の飛行時間は9時間(東京→シアトル)から10時間(シアトル→東京)です。その半分程度の時間で飛行できるオーバーチュアの軍用機型がアメリカ空軍に採用されれば、政府要人の海外出張の効率の向上と、出張に伴う要人の肉体的な負担の大幅な軽減を見込むことができます。
オーバーチュアの軍用機型についての説明を行ったノースロップ・グラマン・アエロノーティクス・システムズのトム・ジョーンズ社長(竹内 修撮影)。
その一方でノースロップ・グラマン・アエロノーティクス・システムズのトム・ジョーンズ社長はオーバーチュアが「隊員」の輸送を想定しているとも述べており、大がかりな装備を携行しない特殊部隊の隊員などの輸送なども視野に入れているのかもしれません。
前にも述べたようにオーバーチュアは大きな貨物の搭載も困難であることから、大規模災害発生時の支援物資の輸送などには適していませんが、かさばらない医薬品や医療スタッフを迅速に投入するという任務であれば、最適な航空機となり得ると筆者は思います。
中国機を振り切れ!? そのスピードをどう活かす
ブーム社とノースロップ・グラマンは、オーバーチュアの軍用機型のISR(情報・偵察・監視)任務でどのように活用するのかを具体的には語っていません。ただ、他国の通信情報などを傍受する電子偵察機や、洋上監視機としての活用を想定していると筆者は思います。
たとえば,中国はしばしばアメリカやオーストラリアの電子偵察機や洋上哨戒機に戦闘機を急接近させるという嫌がらせを行っていますが、現在運用されている電子偵察機や洋上監視機は亜音速機のため、接近してくる戦闘機を振り切ることができません。オーバーチュアならば、このスピード勝負に勝てる可能性があります。
中国やロシアの戦闘機の大多数はアフターバーナーを使用しなければ超音速飛行を行うことができず、またそれを使用して長時間飛行することもできません。アフターバーナーを使用せずに超音速で飛行する「スーパークルーズ」能力を実証しているF-22AやサーブJAS39E「グリペン」などの戦闘機もありますが、超音速で巡航飛行することを目標としているオーバーチュアを電子偵察機や洋上哨戒機に使えば、戦闘機が嫌がらせを行うことは困難であると考えられます。
ブーム社とノースロップ・グラマンはオーバーチュアの軍用機型を、アメリカとその同盟国に提供していく方針を示していますが、空軍が最大6,000万ドルの開発資金を提供したアメリカ軍がどのような使い方を構想しているかで、オーバーチュアの軍用機型のあり方と成否は決まると筆者は思います。