JR東日本の駅改札。国の鉄道運賃・料金制度の見直し議論で同社は「オフピーク定期」導入を要望した(撮影:尾形文繁)

鉄道運賃や料金制度のあり方について検討する国の委員会が7月26日に行われた。この委員会は今年2月から8回にわたって開催され、今後の方針に関する中間とりまとめ案も同日、発表された。

これまでの会議において鉄道各社や消費者団体などへのヒアリングも行われ、さまざまな意見が出された。例えば、JR東日本は現行の運賃スキームである「上限認可制」は航空や高速バスと比較すると硬直化しているとして、より柔軟な運賃制度への変更を求めた。また、同社がかねて要望してきたオフピーク定期の導入についても「早期導入に向けて、通常の認可手続きによらず、特例的な認可を行うことをご検討いただきたい」とあらためて要望した。

オフピーク運賃とは、朝夕ラッシュ時など混雑する時間帯の運賃を上げるとともに、ピーク時間帯以外の運賃を下げることで、混雑緩和を促すというもの。運賃の上げ幅と下げ幅のバランスを取ることで、全体としては値上げにならないようにするという。

災害時の運賃改定や「届出制」要望

ほかのJRでは、JR西日本がコロナ禍などの急激な減収局面に際して臨時の値上げができる仕組みの検討を求めたほか、JR九州は自然災害による被害などに際しては簡便な手続きで運賃改定できるよう求めた。

また、私鉄各社を代表する形で、日本民営鉄道協会が認可制から届出制への緩和や運賃算定のためのコスト算出方法(総括原価方式)の見直しを求めた。このほかにも鉄道や高速バスを運営するWILLER(ウィラー)が、現行制度には創意工夫の余地がなく、マーケティング視点が必要だと訴えた。

一方で、利用者側からは、全国消費生活相談員協会が「オフピーク運賃を利用できない人など多種多様な人の意見を聞くべきだ」とすると同時に、「自然災害への対策を運賃に含めるのは、自然条件が厳しい沿線の人が心配するのではないか」と疑問を呈した。

認可制から届出制への緩和、総括原価方式の見直し、収入激減や自然災害による巨額の復旧費用などの運賃への反映、さらにオフピーク定期の導入など、鉄道会社側からのさまざまな提案と利用者側からの要望など幅広い意見が出た。これを受けて山内弘隆・武蔵野大学経営学部特任教授を委員長とする8人の委員が議論した。

総括原価の「算定方式」見直しへ

そして作成された中間とりまとめ案は次のような内容だ。

まず、現行制度は鉄道会社が不当に高額な運賃・料金を設定する可能性を排除していると評価したうえで、問題点も指摘された。例を挙げれば、現在の総括原価方式では減価償却費が総括原価に反映されるが、減価償却期間が長いと中長期的に必要となる投資が早い段階で運賃に反映されず、車内セキュリティ対策、カーボンニュートラル、自然災害に備えた施設強化の前倒しといった鉄道会社の積極的な投資につながりにくい。

また、現行の運賃制度では認可運賃の範囲内で自由に運賃を設定できるが、ほとんどの鉄道会社が認可運賃を実際の運賃として設定しているため、運賃を上げようとするとあらためて運賃の認可手続きが必要となる。さらに、鉄道とバスの連携など地域公共交通の利便性向上が求められる中で、交通モードごとに別々の運賃制度が採用されており、これが連携を妨げることにもなりかねない。これらはいずれもこれまでの協議の中で指摘されてきたことだ。


7月26日に開催された「鉄道運賃・料金制度のあり方に関する小委員会」の様子(記者撮影)

そこで、当面の対応として、「セキュリティ対策やカーボンニュートラルへの対応といった今日的な課題をはじめとする社会的要請の変化に対する投資やコストを適切に総括原価方式に反映する手法」を含め、今夏以降に総括原価の算定方式を見直すとともに、現行制度の運用を改善していくとした。また、地方部においては、地域の関係者が合意すれば認可運賃とは異なる運賃設定を可能とするような制度の構築を検討するとした。

つまり、当面は現行制度をベースに運賃・料金の多様化を図っていくというわけだ。認可制から届出性への緩和といった制度そのものの見直しは、将来の課題ということで先送りされた。

なお、オフピーク定期については、現行制度の範囲内で「認可できることが考えられる」となった。これについては議論の過程で政策研究大学院大学の森地茂客員教授が「予想していたほどピークシフトが起こらず、結果的にJR東日本が儲かりすぎてしまわないか」と懸念を示していた。そのため、中間とりまとめ案では「増収とならないよう、一定期間経過後に増減収の状況を検証する」という。JR東日本と国の間で、さっそく認可に向けた協議が進むことになる。


駅の券売機と運賃表(撮影:尾形文繁)

小手先の変更にとどまる?

ほかにも、中間とりまとめ案では運賃・料金の多様化に対応したICカードシステムの検討を鉄道会社に求めている。森地教授は私鉄各社が加盟するICカードPASMO(パスモ)について、「(変更などは)加盟社の全員一致が原則であり、意思決定に2〜3年かかる」として「国が指導しないと改革できないのではないか」と指摘した。


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こうした意見を踏まえて最終的な中間とりまとめが作成されることになる。国土交通省鉄道局の平嶋隆司次長は「さっそく検討を開始し、結論が出たものから実施していく」と話した。

結局、当面は大掛かりな運賃制度の見直しは行われず、現行制度の範囲内で運用方法を改善することで落ち着いた。総括原価方式は見直すということになったものの、その詳細は今回の案には記されていない。小手先の変更にとどまる可能性もある。

その意味では、8回の会議で最大の成果を得たのはオフピーク定期が取り上げられたJR東日本ということになりそうだ。

(大坂 直樹 : 東洋経済 記者)