ウクライナは手も足も出ず? ロシア潜水艦が睨みを利かす黒海 穀物輸出の打開策が見出せないワケ
ウクライナ関係ではほとんど報道されないロシア黒海艦隊の潜水艦。実は、ウクライナ沿岸の対地攻撃と海上封鎖の主役を担っている可能性があります。ウクライナが手も足もでない海中に潜む「鉄鯨」について探ります。
ロシア黒海艦隊の切り札的存在、潜水艦部隊
2022年2月下旬のロシア侵攻以来、ウクライナ軍は対艦巡航ミサイル「ネプチューン」や攻撃型ドローンで、ロシア黒海艦隊の艦艇に相当な被害を与えてきました。それでも、ロシアによる海上封鎖は解けず、大半を海運に頼るウクライナの穀物輸出の停滞は世界に影響を与えています。
もちろん、黒海艦隊の水上艦艇は対艦ミサイルの射程内まで近づけません。しかしロシア側には、対艦ミサイルでは撃退できない「改キロ級潜水艦」という切り札があるのです。
2022年5月17日に撮影された、セヴァストポリの埠頭に接岸するロシア海軍の改キロ級潜水艦B-262「スタリー・オスコル」(画像:ロシア黒海艦隊)。
一見すると黒海における戦闘は、ミサイル巡洋艦「モスクワ」の沈没などが大きく取り上げられたこともあり、ニュースなどからはウクライナ軍が戦果を挙げているように見えます。しかし、潜水艦についてはあまりクローズアップされていません。
黒海艦隊にはキロ級1隻と改キロ級6隻、計7隻の潜水艦が配備されています。キロ級はNATO(北大西洋条約機構)の呼称で、旧ソ連時代の1980(昭和55)年から連邦解体後の1999(平成11)年まで建造された「プロジェクト877」の通常動力(ディーゼル電気推進)型潜水艦のことです。
キロ級潜水艦は、全長約74m、水中排水量は約3100トンあり、海上自衛隊のおやしお型潜水艦よりも一回り小型です。武装は艦首に備えた6門の魚雷発射管で、ここからは魚雷のほかに対地、対艦、対潜水艦の各種ミサイルを放つことができ、発射管射出型の機雷も使用が可能です。2000年(平成12)までに43隻が就役していますが、そのうち19隻がポーランド、インド、アルジェリア、ミャンマー、イランに輸出されて現役で、インドネシアも保有が疑われています。
対して、改キロ級はロシアでは「プロジェクト636」と呼ばれるアップデート型で、1996(平成8)年に建造が始まり、2019年までに20隻が就役しています。ただし、この20隻は輸出用で、中国に10隻、ベトナムに6隻、アルジェリアに4隻引き渡されており、これらは全て現役です。
この改キロ級のなかでも、ロシア黒海艦隊で運用されているのは、2010(平成22)年から建造が始まった「プロジェクト636.3」と呼ばれるモデルです。こちらは現在までに9隻が就役しており、前出の通り黒海艦隊には6隻配備、さらに2隻が建造中で1隻が発注済みです。
ウクライナ侵攻後に地中海へ配備された改キロ級
これらキロ級および改キロ級は、比較的水深の浅い沿岸警備用の攻撃型潜水艦です。潜水艦にとって必須の静粛性に優れており、さらに改キロ級はエンジン出力の向上やスクリューの改良など近代化改良が施されていることから、実質的に最新鋭の潜水艦といえます。
黒海艦隊にはフリゲートやコルベット、巡洋艦、潜水艦からなる第5作戦戦隊があり、2013(平成25)年のシリア内戦で軍事介入しています。この第5作戦戦隊の戦力を確保するためとして、改キロ級2隻がウクライナ侵攻後の5月に地中海へ配備されています。
2018年にイギリス海軍のHIMA2多用途ヘリコプターが撮影したイギリス海峡を航行するロシア海軍のキロ級潜水艦(画像:イギリス国防省)。
2022年7月現在、黒海と地中海を結ぶボスポラス海峡とダーダネルス海峡は、トルコが軍艦の通航を表向きは制限しています。トルコが海峡の通航制限を行うのは、1936(昭和11)年に発効したモントルー条約が根拠になっています。ただしトルコ政府は黒海沿岸諸国の船舶が母港に帰港する場合は例外としています。そこでロシア側は、地中海に出るロシアの改キロ級を、最終的にバルト艦隊の基地で整備される名目で、海峡の通過を正当化しました。
冒頭に述べたようにロシア黒海艦隊には、キロ級1隻と改キロ級6隻がおり、そのうち後者の2隻が地中海へ派遣されています。そして黒海に残った改キロ級のうち1隻は母港のセヴァストポリで整備中のため、いま黒海で行動しているのは、キロ級1隻と改キロ級3隻ということになります。
潜水艦への対抗手段がないウクライナ
潜水艦ならではの隠密性もあって、今般のウクライナ紛争における作戦行動について情報はまったく出てきませんが、ムィコラーイウやオデーサ(ロシア名オデッサ)に対するミサイル攻撃は、水上艦艇だけでなく潜水艦から発射された可能性があります。
2021年11月に撮影されたロシア海軍の改キロ級潜水艦B-268「ノブゴロド」。(画像:ロシア黒海艦隊)。
ウクライナは、「ネプチューン」や西側から供与された「ハープーン」といった対艦ミサイルでは潜水艦を掃討できないため、対潜哨戒機や対潜ヘリが必要になります。しかし、西側諸国は155mm榴弾砲や対戦車ミサイル、地対空ミサイルと違って、航空機の供与はより直接的な軍事介入になるとして及び腰です。
また、戦闘機ならウクライナ空軍のパイロットは使いこなせますが、対潜哨戒機となるとそうはいきません。一応、ウクライナ海軍には航空旅団があるものの、戦闘機や汎用ヘリコプター、無人機(UAV)の飛行隊に限られており、対潜哨戒用としてはMi-14PLヘリコプターが3機あるだけです。固定翼の対潜哨戒機は運用実績すらないので、機体だけでなく搭乗員も供与しないと使い物にならないといえるでしょう。
加えて、たとえ対潜哨戒の態勢がとれたとしても航空優勢を確保する必要があります。ただし、開戦初期にウクライナ軍の対空ミサイルで多くのロシア軍機を撃墜したとはいえ、ウクライナもロシアも航空優勢を確保できていない現状では、ウクライナ側もおいそれと対潜哨戒機を黒海周辺で使うわけにはいきません。したがって現在、ウクライナ軍には、改キロ級への対抗手段がない状況なのです。
今後も黒海艦隊の水上艦艇は対艦ミサイルに狙われ続けるでしょう。しかし、潜水艦ならウクライナが使用するミサイルの射程内まで近づけます。ウクライナ側が潜水艦に対処できない限り、ロシアによる対地攻撃と海上封鎖は終わらないといえるのではないでしょうか。