戦争? 侵略? ウクライナでの戦いはどう呼ぶのが正しいの? 呼称から見えるものも…
ロシアによるウクライナでの戦闘行為を表現するにあたり、「戦争」「侵略」「侵攻」など、国やメディア、発言者ごと表現にバラつきが見られます。その点に注目すると、この件に対する各々のスタンスが透けて見えるかもしれません。
侵攻開始から4か月 定まらない呼称問題
2022年2月24日に開始されたロシアによるウクライナへの軍事侵攻は4か月が経過し、日本国内では引き続き高い関心を持ってその動向に注目が集まっていますが、そこで気になるのが呼称問題です。
ウクライナ兵と、破壊されたロシア戦車(画像:ウクライナ国防省)。
たとえば、この事態を「ロシアによる軍事侵攻」と表現する向きもあれば、「ウクライナ戦争」「ロシアによるウクライナ侵略」など、メディアごと、発言者ごとにさまざまな呼称がなされているのです。
「戦争」という呼び方は国際法的にどう考えられる?
もちろん、それぞれの呼称は異なる背景のもとでなされているものなので、一概にどれが最も正しい呼称かを決めることはできませんが、少し視点を変えて、国際法に照らしてそれぞれの呼称を見ていくとどうなるでしょうか。
まずは「ウクライナ戦争」という呼称です。
一般的に伝統的な国際法の下では、戦争(war)は宣戦布告のような「当事国による戦争意思の表明」によって開始されるものと定義されています。さらに、その他の形態の武力行使とは異なり、戦争においては(もちろん一定のルールは存在するものの)ほぼ無制限の武力行使が認められ、究極的には相手国の壊滅までもがその選択肢に含まれ得るのです。
しかし、これはあくまでも第2次世界大戦以前の話です。
ロシアの行為は「戦争」の定義にあてはまるのか?
2022年現在は、国連憲章の下で全ての武力行使が原則的に禁止されています。その例外として、自国または他国を防衛することを目的とする「自衛権の行使」、そして国際社会全体の安全保障を守ることを目的とする、国連の安全保障理事会の下での「集団安全保障措置」においてのみ武力行使が認められています。
自衛権に関しては、武力行使の目的やレベルなどに関して厳しい制限が設けられており、一方の集団安全保障措置も、一般的に相手国を屈服させ、自国の要求を認めさせるために行われる戦争とはその性質が全く異なります。
バルト海沿岸で行われるNATOの大規模演習「バルトップス」より、2022年6月12日撮影。ウクライナ情勢を受け、従来にない緊張度で行われている(画像:アメリカ海兵隊)
これを踏まえて考えてみると、まずロシアは今回のウクライナ侵攻に関して宣戦布告を行っていません。また一時期、話題となったロシアによる「宣戦布告」も、その目的はどちらかというと国内の体制を有事に切り替えるためのものと報じられているため、仮にこれが行われたとしても、これを国際法上の宣戦布告と真に同一のものと見なすことができるかは議論が分かれるところかもしれません。
さらに、ロシアは今回の侵攻に関して、その適法性はさておき、国際法上の根拠を自衛権に求めており、これらを合わせて考えれば、今回の侵攻は法的意味における「戦争」とは区別されると考えることができるでしょう。
今回の事態はロシアによる「侵略」にあたる?
一方で、「ロシアによるウクライナ侵略」という呼称はどうでしょう。国際法上、侵略(aggression)は古くから存在する概念で、現在では国連憲章において安全保障理事会が集団安全保障措置を実施する前提となる事態、すなわち「平和に対する脅威、平和の破壊又は侵略行為」という3つの事態の、ひとつに数えているものです。
「侵略」という概念については長らくその定義が試みられ、1974(昭和49)年には、国連総会において「侵略の定義に関する決議」が採択されました。
この中で、侵略は「最も深刻かつ危険な形態の違法な武力行使」とされた上で、続く第1条で「一国による他国の主権、領土保全若しくは政治的独立に対する、又は国際連合憲章と両立しないその他の方法による武力行使」と定義されています。
さらに、第3条では侵略行為にあたる行動が具体的に列挙されており、たとえば「軍事力を用いた他国領域への侵入や攻撃」「他国領域への砲爆撃」「他国の港または沿岸の封鎖」さらに「自国の領域をある国に提供した際に、その国が他国への侵略のためにその領域を使用することを許容すること」などが明記されています。
バルト海沿岸で行われるNATOの大規模演習「バルトップス」より、2022年6月12日撮影(画像:アメリカ海兵隊)。
これに照らして考えてみると、今回のロシアによるウクライナ侵攻は侵略と評価することもできると筆者(稲葉義泰:軍事ライター)は考えます。
実際に、安全保障理事会が機能不全に陥ったことを受けて招集された国連総会の緊急特別総会において、2022年3月2日に採択された決議では、この事態を「国連憲章第2条4項(武力による威嚇又は行使を禁じる条文)に違反する、ロシア連邦によるウクライナに対する侵略」と表現しています。また、日本やアメリカといった国々も、公的な場で侵略という表現を用いています。
呼称の差異から読み解けるものとは?
最初に触れたとおり、ロシアによる行為をどう呼ぶかは、結局のところそれぞれの媒体や発言者が持つ背景や事情の下で決められているため、どれが最も適切かを一概に決めることは難しいといえます。
ウクライナに提供されたM777牽引式155mm榴弾砲。特長はその軽さで、日本でおなじみFH70牽引式155mm榴弾砲の半分程度(画像:ウクライナ国防省)。
たとえば、先ほど説明した侵略に関して、確かに国際社会の中でこの呼称が用いられていることも事実ですが、これはあくまでもそれぞれの国が今回の事態に法的な評価を加えた結果であって、単純に今回の事態そのものを表現する場合には、法的な評価を含まない「ロシアによるウクライナ侵攻(あるいは攻撃)」と呼称する方が良いのではないか、と考えることもできます。
また、「戦争」という呼称に関しても、これを法的な意味ではなく、たとえば「湾岸戦争」や「イラク戦争」のように、大規模な軍事衝突を指すような一般的な意味の「戦争」として用いているのであれば、それもまたひとつの適切な呼称といえるでしょう。
結局のところ、今回の事態に関してどの呼称を用いるべきかという問題は、それぞれの媒体や発言者がロシアの行為をどう捉えているのかを測るための、ひとつの指標と見ることができるのかもしれません。