「早期退職の募集」相次ぐ大手企業と「定年引き上げ」目指す政府 日本の働き方はどこに向かうのか - 後藤早紀
※この記事は2022年03月29日にBLOGOSで公開されたものです
新卒で入社し、年功序列で上がっていく賃金制度のもと終身雇用で働く--。
日本では長い間、学校を卒業したら企業に就職、年齢とともに昇進を目指し、定年まで同じ会社で勤め上げるというキャリアモデルが一般的だった。しかし今、こうした「日本型雇用」と呼ばれる昔ながらの雇用システムが、変化のときを迎えている。
自民党をはじめとした多くの政党が「70歳への定年引き上げ」を目指す姿勢をとる一方、企業側は早期退職者の募集を相次いで行っている。雇用問題の専門家はこうした動きを受け「定年制度は廃止するべきだ」と口にする。
今、日本の雇用を取り巻く環境はどう変わってきているのか。定年のあり方を中心にこれからの働き方を追った。
サントリーCEOの提言と大企業で相次ぐ早期退職募集
昨年9月、定年のあり方をめぐる象徴的な出来事が起きた。
大手飲料メーカー・サントリーの新浪剛史社長が同月9日、経営者団体「経済同友会」のセミナーで、「定年退職の年齢を45歳に引き下げる、個人は会社に頼らない、そういう仕組みが必要だ」と提言したのだ。
この「45歳定年」発言はインターネットを中心に物議も醸した。SNSでは「45歳定年制は経営側に都合の良い側面が非常に強い」「若い年齢で賃金を下げようとする悪手」と批判の声が上がる一方、「本質は『会社に頼らない姿勢が必要』ということ」「生存バイアスではあるが、やっぱりキャリアの自己決定は大事だと思う」と賛同の声も上がった。
新浪社長は翌10日、記者会見で「(企業が)首切りをするという意味ではない」と説明。「早い時期にスタートアップ企業に移るためのいろんなオプションを提供できる仕組みを作るべきだ」「国がリカレント教育や職業訓練をするのが前提」と持論を展開した。
70歳定年を目指す政治家とそれを危惧する日本企業
そもそも「定年」とは何だろうか。厚生労働省によると「労働者が一定の年齢に達したことを退職の理由とする制度」であり、その年齢は高年齢者雇用安定法で定められている。
1986年の同法改正で「60歳定年」が努力義務となり、1994年の改正で60歳未満定年制が禁止。2012年には企業に対し、希望する労働者全員を65歳まで継続雇用することが義務化された。
平均寿命の伸びや年金支給年齢に合わせて引き上げは進められており、2021年4月からは、「70歳までの就労機会確保」が"努力義務"となった。
この法改正に際して各政党は労働者の「定年」は何歳が適当だと考えているか、BLOGOS編集部では8政党にアンケートを実施した。
その結果、自民、公明、立憲、国民は具体的な年齢を避け「その他」を選択。維新、共産は「”定年”は不要」、社民、れいわは「65歳」が適当だと回答した。
また、定年引き上げの背景にある年金受給開始年齢について自民党は「年金改正法において、受給開始時期の選択肢の拡大等を措置したところであり、その方向に沿って運用していく」と回答。希望者が長く働ける環境を作り、少子高齢化とそれに伴う社会保障費の増加による財政圧迫を和らげたい考えだ。
こういった政府の動きに対し、雇用問題を専門とする人事コンサルタントの城繁幸さんは「将来的に70歳までの雇用継続が義務付けられるのはほぼ間違いない」と話す。
大手企業で相次ぐ「早期退職者募集」
城さんによると、「定年70歳義務化によるしわ寄せ」を危惧しているのが中高年の従業員を多く抱える企業だ。
「コロナ前からここ2~3年の間、黒字で余裕のあるうちに中高年層を減らしていく動きを企業が見せるようになってきました。この事実上の"黒字リストラ"の背景には、年功序列で賃金が上昇する日本型雇用のシステムがあります。
経済成長が停滞している今の状況下で従業員の定年が伸びれば人件費が増し、企業の負担は大きくなるだけです。しかし、厳しい解雇規制のある日本では企業を守るためのリストラを経営者が容易に行うことはできません。そのため体力のあるうちに一定の退職金を支払うことで早期退職を促しているのです」。
実際に2021年以降、大手企業が早期退職希望者を募るケースが相次いでいる。
富士通は募集の理由を「DX(デジタルトランスフォーメーション)事業強化に向けて社内の人員構成を見直す考えがある」と説明。今後は「デジタル技術を得意とする人材の中途採用に力を入れる」と方針を示した。
ホンダも2021年度から新たに導入した早期退職制度に対して、同年5月までに2000人以上が応募したと発表している。希望者には制度を通じて転職支援も行うという。同社は制度導入理由を「別の分野で活躍を目指す人材を支援する転身支援制度」と説明している。
これまで「安定している」といわれてきた大企業であっても、人員削減によって今後の企業経営のあり方を模索する段階にきている。城さんは「70歳定年が確実視されているなかで、企業内での早期退職促進の動きは加速する」と見る。
「人材の流動化」を促す政策を議論すべき
「働く期間の延長」を目指す政府と、人員削減の動きを活発化させる企業。この相反する現状について城さんは「70歳定年義務化が実現されたとしても、経済成長がなければ、企業が人件費のかかる上の世代の雇用を維持することは難しい」と指摘する。
では、どのような対策が今、日本に必要なのか。
城さんは「定年制度を廃止するべきだ」と口にする。
「世界を見ると定年制度のない国の方が多いんです。そういった国では、スキルのある人が必要とされる会社を渡り歩きながら必要とされるかぎり何歳でも働くことができる。企業側はその時々の経営状態に沿った人材に相応の給与を支払うことができますし、成長分野により重点的に配分することも可能になる。これは国全体の経済成長につながり、結果として雇用者の給与底上げにもつながります。
日本でそうした環境を実現するためには解雇規制の緩和が必要です。今の政府が議論するべきはそういった新陳代謝を促し、人材の流動化を実現する仕組み作りではないでしょうか。
もちろん新たな課題も生じるでしょうが、労働者側から見ても、その時々で自身を必要とする会社への転職が当たり前に行われる柔軟な環境の方が働きがいも収入も得やすいと思います」
働く側は「ジョブ型」のキャリアを考えるべき時代に
定年までひとつの会社で勤め上げる「日本型雇用」から、転職が当たり前のように時代へ。この変化のなかで「ジョブ型雇用」と呼ばれる働き方が注目されている。
新入社員に幅広い業務を経験させ、いわゆる”ゼネラリスト”として育成するのではなく、業務内容や責任の範囲、必要なスキル、勤務時間や勤務場所などを明確に定めた上で雇用契約を結ぶという働き方だ。
雇用側はその時々によって必要な人材を柔軟に確保することができ、働く側は特定の能力やスキルを磨き続けることで、年齢が高くなってもその専門性を生かして仕事を見つけることができるのだという。
城さんは「時代が明らかに”ジョブ型”の方に寄ってきている」と話す。
2021年には日立製作所、富士通といった大手企業が「ジョブ型雇用」の2022年導入を発表。YKKグループは21年度から、国内事業会社で65歳を上限としてきた「定年制度」を廃止した。
「そういった時代のなかにあって働く側は早期退職募集があってから次のキャリアを考えるのではなく、それ以前から『自分はこのジョブを磨くんだ』『専門家になるんだ』というキャリアの"コア"を身につける姿勢が必要になります。
今の若い世代の話を聞くと、終身雇用に憧れを持つグループとジョブ型に対応するためのスキルを磨こうとしているグループの二極化が進んでいる。働く側は自分の人生の判断を会社に委ねるこれまでの日本型雇用のあり方で本当に幸せなのかということを見つめ直すタイミングなのではないかと感じています」(城さん)
雇用を取り巻く環境は、経済状況や少子高齢化、そしてそれらを背景にした政策などさまざまな要因で変化する。従来の日本型雇用からの大きなシフトチェンジが起きている現代では仕事のやりがいや条件だけではなく、社会情勢や政治の動きに照らしてキャリアを考えてみる姿勢が重要となってくるのではないだろうか。