※この記事は2021年12月22日にBLOGOSで公開されたものです

大好きなパパがある日女性になった―。
デンマークの郊外に暮らす11歳のエマはごく普通の家庭で充実した毎日を送っていた。しかしある日突然、両親の離婚を告げられる。その理由は「パパが女性として生きていきたいから」だった。
映画『パーフェクト・ノーマル・ファミリー』は、女優として活躍したのち、多くの短編映画を世に送り出してきたマルー・ライマン監督による初の長編映画。11歳のときに父親が女性になったという実体験をもとに、自らのエピソードを随所にちりばめながら丁寧に作り上げた自伝的な本作について、ライマン監督に話を聞いた。

必要だったのは監督としての経験ではなく、背中を押してもらうことだった

―トランスジェンダー当事者の視点から描かれる作品が多いなかで、「父親が女性になる」という第三者からの視点で作品を撮ろうと思ったきっかけを教えてください。

この作品を撮り始めるよりも前に、他のプロジェクトに1年間かかわっていたのですが、コミッショナーからそれが却下されてしまったんです。その際に他のアイディアはないのかと尋ねられました。そこで、「父が女性になった」という経験をいつか映画にしたいと思っていたので、そのことについて話してみたところ、「すごく良い。その映画を撮ろう」という話になりました。



私としては、この題材で作品を撮るには映画監督としての経験がもっと必要であると考えていたので、まだ撮るには早いと思っていました。しかし、いざ取り掛かってみると実際に自分が経験したことですから、登場人物についてどんどん掘り下げることができました。私に必要だったのは監督としての経験ではなく、この映画を作るということについて誰かに背中を押してもらうことだったのでしょう。

トランスジェンダーであることを告白したケイトリン・ジェンナーの存在

―物語の設定は2000年頃かと推察するのですが、ライマン監督の少女時代と比較して、トランスジェンダーに対する周囲の理解はどれぐらい変化したと思いますか?実体験で感じるところがあれば教えてください。

日本もデンマークも状況は似ていると思いますが、私の少女時代は、父以外にトランスジェンダーや性移行をしたと告白する人は周囲にいませんでした。ただ、おっしゃるとおりこの20年間でどのように社会が変わっていったのかというのは大事なポイントです。

当時、トランスジェンダーというのは今と違って、エクストリームな印象がありました。彼、彼女らに対してどのように反応して良いのか分からないし、身近な知り合いにもいないという人の方が多かったです。それからすると、この5年ほどでジェンダーに対する理解が深まってきて、自分の思う自分になれる、多様性のある社会になってきたと思います。

やはりケイトリン・ジェンナー(※アメリカの陸上競技選手で元五輪金メダリスト。2015年にトランスジェンダーであることを公表した)の存在は大きいですね。彼女を見て、多くの人がトランスジェンダーに対して具体的に理解できるようになったのだと思います。それ以降は、「友だちにトランスジェンダーの人がいるよ」という人も増えてきましたし、そういった点でとても環境が変わってきました。

もちろんトランスジェンダーが一般的、というにはまだまだ社会の理解が必要だと思います。しかし、今まで社会のごくわずかだと思われていたことが今では当たり前のことになりつつあると感じています。

大切なのはパーソナルスペースを尊重すること

―父親のトマスがトランスジェンダーということについて、主人公である11歳のエマはなかなか受け入れることができず、トマスと衝突したり葛藤したりしますが、次第に「パパが女性になる」ということを受け入れていきます。こうしたトランスジェンダーに対する理解を深めるためには何が重要だと思いますか?

トランスジェンダーもそうでない人も同じで、重要なのはパーソナルスペースを尊重する気持ちがあるかどうかではないでしょうか。トランスジェンダーではない人も、自分の個人的なことを知らない人にことさら明かす必要はないですよね。トランスジェンダーの人とそうでない人との異なる点は、ジェンダーに対する気持ちや感じ方だけだと思うのです。だから、彼らと接するとき、ジェンダーの部分に興味を持つのではなくて、性格やパーソナリティに興味を持つ、ただ普通のことをすればいいのだと思います。

私の実体験からいうと、父親が女性になることで子どもとして危惧していたのは「パパがいなくなってしまうんじゃないか」ということです。ジェンダーが変わることで、今までと同じパパでいられるのか、同じ人間でいられるのかということが当時の私にはまだ分からなかったのです。

トランスジェンダーや、性移行をする人に対して、複雑な感情を抱く人もいるでしょう。それは、その人のジェンダーが変わるということではなくその人が変わってしまう、いなくなってしまうのではないかという不安があるからだと思います。でも、実際には変化する側面と変化しない側面がありますから、そういったことに対してオープンでいることが大事だと考えます。

アウネーテを好演したミケル・ボー・フルスゴー

―女性になることを決意したトマスは、自らを“アウネーテ”と名乗るようになります。物語が進むにつれ、アウネーテはどんどん女性らしくなりますが、こういった変化のプロセスについて俳優のミケル・ボー・フルスゴーさんには何かアドバイスをされましたか?

女性になっていくプロセスというのは私とミケルとの話し合いのなかで大きな部分を占めていました。特に、アウネーテが女性になっていく“旅”のどこの部分にいるのかということについて。

撮影自体は、最初にトマスのシーンを撮って、後半でアウネーテのシーンを撮っているので時系列といえますが、アウネーテのシーンのなかでいうと、時系列には撮っていません。そのとき撮影しているシーンは映画のどの部分で、彼女がどの地点にいて、どんな気持ちなのかというのをよく話し合いました。最初は肉体的なことや着ている服などといった変化ですが、最終的には精神的な面でアウネーテが自分自身に満足していく様をミケルが解釈して、リアリティのあるトランジションを表現してくれました。

―姉のカロリーネは妹のエマと違って、アウネーテに対して終始ポジティブに接しています。とても対照的な反応をみせる姉妹が描かれていますが、異なるキャラクターを配置した意図はありますか?

物語の核となるのは、エマとトマス、アウネーテとの関係性だったのですが、それと同時にドラマとして重要な要素になると考えたのが、父親に対してエマとは別の反応をみせるカロリーネの存在でした。
私自身にも姉がいるのですが、姉は父が女性になったことで非常に得たものが大きかったのです。ただその一方で、私は失ったものの方が多かった。言ってみれば、今まで家族として共通に感じていた枠組みから一人が外れてしまった、それが私たち家族の状況でした。

エマとカロリーネの役を演じてくれたカヤ・トフト・ローホルトとリーモア・ランテはそれぞれが演じたキャラクターと非常に雰囲気が似ていて、この二人とアウネーテを演じたミケルの関係性は映画のなかの家族そのままといった感じでした。



―日本では『パーフェクト・ノーマル・ファミリー』は12月24日公開となります。最後に、日本の観客に向けてメッセージをお願いします。

私は本作を撮ったことで自分の視野が広がりましたし、トランスジェンダーの人々に対する視野も広がりました。トランスジェンダーの人だけではなく、LGBTやトランスジェンダーのコミュニティが近くにない人にも、この映画に共感して頂けたら嬉しいです。

監督・脚本:マルー・ライマン
1988年2月27日生まれ、オランダ・アムステルダム出身。10代の頃より女優としての活動をはじめ、主にデンマークの映画やTVシリーズに出演。コペンハーゲン大学で文学を学び、卒業後は英国国立映画テレビジョン学校で映画制作を専攻し演出を学ぶ。数々の短編映画を手掛け、2014年には『Copenhagen-Oslo(英題)』(13)がデンマーク・アカデミー賞にノミネートされ、高く評価された。初短編作から10年以上を経て、本作で長編映画監督デビューを果たした。

『パーフェクト・ノーマル・ファミリー』
12月24日(金)、新宿シネマカリテ他全国順次公開
監督・脚本:マルー・ライマン
出演:カヤ・トフト・ローホルト、ミケル・ボー・フルスゴー、リーモア・ランテ、ニール・ランホルト
公式HP:https://pnf.espace-sarou.com/
配給・宣伝:エスパース・サロウ