「映画作品の強さとは“どこでどの時代に撮ったのか”を越えて感動できるもの」、『ONODA』アルチュール・アラリ監督インタビュー - 羽柴観子
※この記事は2021年10月01日にBLOGOSで公開されたものです
フランス人監督が描く、小野田寛郎氏の30年間
1945年の終戦から今年で76年。しかし故・小野田寛郎氏にとっての終戦は1974年であり、彼にとって今年は終戦47年目ともいえる。小野田氏といえば1944年12月にフィリピン・ルバング島に派遣され、以来30年間、終戦後も任務解除の命令を受けられないまま戦闘を続行していた人物として知られる。
映画『ONODA 一万夜を越えて』(10月8日公開)は、小野田氏の30年間を描いたベルナール・サンドロン著『Onoda, trente ans seul en guerre(小野田――その孤独な30年戦争)』をもとにフランス人のアルチュール・アラリ監督によって映画化された作品だ。
キャストに遠藤雄弥、津田寛治、仲野太賀、イッセー尾形らが揃い、ほぼ全編が日本語という異色の国際共同制作映画として第74回カンヌ国際映画祭2021にて「ある視点」部門のオープニング作品に選ばれた。
ジャングルでの一万夜を滋味深い映画表現で淡々と描く
本作は、戦時中の実在する人物を描いた作品でありながら、戦闘シーンはあまりなく、むしろ野営用に大工仕事をしたり、ボロボロになった軍服の修繕をしたり、食料を調達したりとまるで探検映画のような雰囲気もある。フィリピンのジャングルに潜伏するあたり、市川崑監督や塚本晋也監督による『野火』とも類似しているが、それらに比べて緊張感あふれるものでもなく、片渕須直監督によるアニメ映画『この世界の片隅に』のような、ふとした“日常”を感じる場面もある。
とはいえ、物語が進むにつれ、終わりのみえない潜伏生活に次第に仲間たちは疲弊し、そして命を落としていく。そんな様子が滋味深い映画表現と共に淡々と描かれている。
以前より冒険をテーマとした映画を撮ろうと考えていたアルチュール監督。それを父親に話したところ、「何年も孤島で過ごした日本兵がいる」と教られたことがきっかけで小野田氏のことを知ったという。
日本国外でも大きな反響があった小野田氏の帰国
―なぜお父様は小野田寛郎氏のことをご存じだったのでしょうか
1974年に小野田さんが日本へ帰国された際、日本国外でも大きな反響がありました。僕の父はそのときの記憶が残っていたのでしょう。父は当時24歳で、「小野田」という名前は忘れていましたが、そういう日本兵がいたという話をずっと記憶していて、それで私に教えてくれたのです。
―小野田氏の著書は読まなかったそうですが、それにより「自由に人物を描くことができた。私にとって小野田さんはあくまで物語を動かす架空の人物」と述べておられますが、制作にあたりイメージ像などはありましたか?
小野田さんが執筆された本は読んでいませんが、ベルナール・サンドロン氏の『Onoda, trente ans seul en guerre(小野田――その孤独な30年戦争)』を読みました。そこには小野田さんがどういう人物なのかということが書かれていたり、彼の言葉が引用されたりしています。そういったものからインスパイアされてキャラクターを考えました。
「小野田」は僕の想像上のキャラクターではありますが、だからといって実際に小野田さんが体験されたことなどを全く無視して好き勝手にイメージするわけではありません。
ただ、小野田さんを単純なドキュメンタリーの登場人物ではなく、フィクションのなかで存在しえるキャラクターとして構成していく過程で、自分の想像力が動いたとは思います。また、実際に俳優が決まって撮影が進むなかで、次第に「小野田」が具体的なものになっていきました。とはいえ、ベースは小野田さんを尊重して描いています。
ほぼ全編日本語、しかし言語の違いが障害になることはなかった
―本作はキャストがほぼ日本人ですが、コミュニケーションやニュアンスの違いなど、撮影の際に苦労した点はありますか?
いわゆる難しかったことや問題を感じたことはほぼありませんでした。
挙げるとするならば、使用する言語が違うので今までやってきた撮影の状況と違っていたのは事実です。コミュニケーションするうえで、僕は日本語ができないので通訳を介して俳優たちに言いたいことを伝えます。そして、彼らが言いたいことをまた通訳してもらう。つまり、通訳の時間がかかるので、直接フランス語でフランス人の俳優とコミュニケーションをとるよりも時間がかかるのです。そうすると、一日に撮れるテイク数が通常よりも少なくなります。
ただ、そのおかげで凝縮したものが撮れているという印象がありました。慌てて撮るのではなく、じっくり考えて話し合いながら撮る、というリズムができていましたから。
今まで撮ってきた映画の時間感覚とはかなり違うものではありましたが、俳優らの演技が素晴らしかったこともあり、言語の違いが障害になったとは思いません。実際には、むしろ功を奏したとさえいえます。
―小野田氏を帰国させるきっかけとなる冒険家・鈴木紀夫が所持するラッキーストライクのパッケージ、カバンの色、カセットテープの青色、日の丸国旗など、連続した色彩のリズムが印象的でした。なにか意図があるのでしょうか。
面白い指摘ですね。なぜかというと、この映画をつくる際に「緑色ばかりになってしまうのではないか」という懸念があって。ジャングルのなかでストーリーが展開するうえに、登場人物たちが着ている軍服も緑色なので色が乏しい作品になるのではないかと思っていました。ですから、無意識のうちになにか違う要素を入れられないかと考えていたのかもしれません。
ですから、仲野太賀さん演じる鈴木紀夫のカバンをスタッフから見せてもらったときに、そのオレンジ色がすごく面白いなと感じました。異物というか、作中で他には出てこないような色合いなので。もしかするとラッキーストライクや、日の丸国旗の赤と白なども、グラフィカルなレベルでなにか変化を与えようという気持ちがあったのかもしれません。
当初の予定とは異なるラストカット、結果的に印象深いシーンに
―ラストシーンで島を離れる際、小野田の表情や全体像ではなく足元だけのカットにした狙いはあったのでしょうか。
当初、あのシーンは違うイメージで脚本を書いていました。
小野田さんの視点で空、山、丘の順でみて、そこに集まっている人々をみて、そして足元に目線がいって、地面から足が離れて、そのまま離陸していく…というのを想定していたのです。
しかし、実際にはすべてをワンカットで撮り切ることが技術的にできなかったため、ああいうカットになりました。ただ結果として、とてもシンプルなものになって良かったと思っています。単純に足が地を離れる、ずっとその地に根を張っていたものが離れるというのは、「島から引き剝がされる」というような印象もありますよね。
これは映画独自の豊かさだと思います。何気ない動作やモノだけれども、色々な前後のコンテクストによってシンプルなものがすごく感情豊かなことを物語り、人々の記憶に残る。
撮影が思ったとおりにならなったときこそ、こういうものが生まれるものです。
―影響を受けた日本映画について、溝口健二、黒澤明、市川崑、若松孝二監督らの作品を挙げていらっしゃいますが、日本映画には元々興味があったのですか?
実はそこまで日本映画に精通しているわけではなく、黒澤監督や溝口監督はフランスでもシネフィルの間ではすでに有名な監督ですから、僕が知っている日本人監督といえばそれこそ黒澤、溝口、小津などです。成瀬巳喜男がヨーロッパで紹介されるようになったのも最近のことですね。日本映画だからというよりかは、映画をこよなく愛して観ていくうえで海外の映画にも興味が向いていき、そこに日本人の監督たちがいたというわけです。
ただ、映画を観始めた頃に最初に知った日本人監督は黒澤監督でした。そして本作の制作にあたり、一番影響を受けているのは溝口監督です。
映画作品の強さは「どこでどの時代に撮られたのか」を越えるもの
―『ONODA 一万夜を越えて』の観客に向けてメッセージをお願いします
日本の観客の皆さんに限ったことではないのですが、「この作品がどこで、誰によってつくられたのか」ということを忘れて作品の世界のなかに入って頂けたらと思います。
今回はたまたま日本を中心としたテーマになっていますが、僕の信じている映画作品の強さというのは、どういう場所でどの時代に撮られたのか、というのを越えて、その映画に感動できるかということです。
僕の方から「こういう風に観てください」といえることではなく、作品がそういう風に観られるようにできているかどうかが重要なので、どうか“作品自体”を観て頂けるといいなと思います。
10月8日(金)全国公開
監督:アルチュール・アラリ
出演:遠藤雄弥 津田寛治
仲野太賀 松浦祐也 千葉哲也 カトウシンスケ 井之脇海 足立智充 吉岡睦雄 伊島空 森岡龍 諏訪敦彦
嶋田久作 イッセー尾形
公式HP:https://onoda-movie.com/
配給:エレファントハウス