痴漢は学習された行動で、環境要因が大きい 「痴漢本」著者×被害告白女性対談(下) - 渋井哲也
※この記事は2017年11月01日にBLOGOSで公開されたものです
『男が痴漢になる理由(イースト・プレス)』の著者、斉藤章佳さんと、痴漢被害告白をしたアーヤ藍さんとの対談は、今回で最終回。前回は、日本社会にある「男尊女卑」的な文化まで話題が発展し、それが痴漢を生み出す土壌ということまで語っていただいた。
女性には加害性はあるのか?
斉藤:痴漢は男性が圧倒的に多いですが、女性の痴漢は圧倒的に少ない。どういう基準で女性は痴漢する男性を選んでいるんですかね?男性の場合、対象となる女性は、「騒がない」「従順そうだ」「逮捕されない」というものが多い。女性の痴漢は何を基準にしているんでしょうか?
渋井:女性の痴漢の話を聞いたことがありますが、その女性の場合、「脅せば、お金をもらえるだろう」と。
斉藤:それって金目当てということですか?そのような女性の加害者性は普遍的にありますか?
アーヤ:それは循環みたいなものかもしれませんね。「こっちは体、性欲を満たしてあげている。対価を得られて当然でしょ」と。加害者という言葉がマッチするのかどうかわかりませんが、表裏一体。男性は女性をものにする。女性はものとして男性に対価をもとめる。
斉藤:ケアという名の支配。
アーヤ:ケアと見せかけて支配する。加害者意識というよりは支配欲でしょうか。
斉藤:私は、実家にかえると母親からのケアという名の支配を時々感じます。母親は、こちら側の欲求をすばやく読み取り先回りしてなんでもやろうとします。
こうなると、私の妻と母親の間でマザリングのパワーゲームみたいなことが起こるため、私はそうそうにその場から降りて自分で何でもやります。しかし、母親は看護師なのでケアのプロです。これがまたなかなかしつこい(笑)。母親の息子への愛情という名のケアは往々にして支配的だと思います。
アーヤ:私の母親が家族にすべてをかけてきた。自分のやりたいことを我慢した人。父との別居、離婚...。「これだけ人生を捧げて来たのに、なぜあなたたちは返してくれないのか」。逆の支配のように感じました。
斉藤:そのパターンは母娘関係によくある。母が重くてたまらないみたいな。息子との関係では少ないです。
アーヤ:母とは、ぶつかって初めてわかりました。支配されているなんて思ったことはなかった。でも、母から拒絶されたら、人生終わり、という感覚も無意識的に抱いていたこともたしか。
斉藤:女性の加害者性はケアという名の支配だと思う。でも、ケアは概念的に加害性とつながりづらい。上野千鶴子さんはこのあたりを「男性は暴力で女性を殺す。女性はケアによって男を殺す」と表現しています。これは非常に的確な描写だと思います。
痴漢の場所は、圧倒的に満員電車なのか?
渋井:痴漢の話に戻していいですか?(笑)。この本では、満員電車内を想定していますね。
斉藤:相談の中で多いですからね。痴漢をした場所を聞くとほとんどは「満員電車」と答えます。それ以外は、バスの中、人気のない暗い路上、映画館、プールなどです。稀に、空いている電車で行動化するタイプもいます。でも、圧倒的に少数です。以上のような理由から、電車という設定にしています。
環境要因は大きいです。外国人も日本に来て痴漢を覚えるといわれています。つまり、痴漢は環境要因と学習された行動ですね。
渋井:お酒が絡むことも多いですかね。
斉藤:お酒が入ると痴漢をするが、飲まないとやらない。酒の勢いを借りて、という人もいます。そういう人の治療は断酒をすることが前提です。当クリニックでも、最終的に電車がないところに引っ越す人もいます。親がそうさせたケースもありました。
アーヤ:本の中では、家族のサポートについても書いてありました。たしかに、家族のサポートがあればいいですが、サポートがない場合はどうなるのでしょうか。そう考えると、不安になります。
斉藤:その人にとって失いたくないものが多いほど、それはストッパーになります。男性の性犯罪のキーワードは「自暴自棄」です。強姦の場合、このパターン多いですね。自死を選ぶかどうするか追い詰められたときに、「どうせ死ぬなら強姦しよう」という人もいます。
渋井:傍聴した裁判の中では、痴漢三回目という人がいました。その人は二回目の痴漢をして拘置所から出たあと、働いていた会社に辞表を届けた。そして、その帰りに電車内で痴漢をやっていました。
アーヤ:男性が弱さとか悩みとか出しにくいというのも背景にあるのでしょうか?
斉藤:不幸な状態におかれているとき、人を傷つけることで心のバランスを取ろうとする心理がありますね。不全感を人を傷つけることで埋める。いじめであれば、相手は自分より立場が弱ければ誰でもいい。同時に支配欲と性的欲求も満たせるのが性犯罪です。
渋井:ところで、アーヤさんが痴漢されたときの服装は?
アーヤ:そのときは大きな企業でパートタイム的に働いていたときなので、しっかりした格好。でも、スカートでした。
渋井:ハフィントンポストで、性犯罪にあったときに来ていた服装の展示会の記事がありましたよね。
斉藤:あの記事は良記事でした。アメリカならではの興味深い斬新な発想ですよね。
*:「レイプされた時、あなたは何を着ていた?」 性暴力と服装の相関関係を問う、アメリカ大学の展覧会
http://www.huffingtonpost.jp/2017/09/25/what-were-you-wearing_a_23218909/
アーヤ:手をさわられたときは女子っぽい格好。パステルカラーのワンピース。先は紫。白いベレー帽短めのスカート。ちょっと可愛い感じでした。
斉藤:加害者が相手を選ぶ基準は、「逮捕されない」「相手が訴えない」「泣き寝入りする」ということ。被害者像も、世間で共有されているのと大きく違っている。被害当時、着ていた服はどんなものか?という展示会は画期的ですよね。
「なぜそんな格好をしているのか」と聞く行為
アーヤ:本の中で、痴漢をされた娘に対して、母親が「なぜそんな格好をしていくの?」と聞いて、娘は「好きな格好をしていただけ」と答えたというエピソードがありました。これには共感しました。
斉藤:その母親は自分で気がついたんです。露出の多い服装を指摘するのはセカンドレイプと同じ構造だということを。彼らは通常、露出度の多い、ミニスカート、という人を選ばないのです。
渋井:アーヤさんが手の甲を触られたとき、被害として届ける発想はあったのですか?
アーヤ:なかった。なんでだろう?ただ、振り返ることが怖いし、特定できないだろうな、という意識がありました。ちょっと、かける時間が、面倒というのもあった。ただ、すごくいやだったので、思わずフェイスブックに投稿して、みんなに癒してもらいました。
斉藤:著書に関連していうと、「あなたは逮捕されなければずっとやっていましたか?」と聞くと、ほぼ全員が「はい」と答える。相手が訴えでないと、それ自体が彼らにとっての成功体験になります。
痴漢は依存症と位置付けても、加害者“ケア”と呼ばない理由
渋井:被害者は加害者の実像を想像できない。被害者はたくさんいる、あるいは他人事と思わないと日常を過ごせない。そんなところがあるんでしょうね。
ところで、裁判のルートに乗ると加害者には、司法サポートプログラムがあります。知っていましたか?
アーヤ:本を読んで初めて知りました。加害者ケアそのものを認識していませんでした。
渋井:今、“ケア”と言いましたが、気になりましたよね?
斉藤:なりました(笑)。加害者臨床において“ケア”は絶対使わない。加害者臨床では、加害者をケアしているわけではない。相手の行動の変容を促し加害行為に責任をとることに重点を置いた臨床です。被害者は、加害者の“ケア”と聞いたとき、どう思うでしょうか。それを前提にプログラムを作らないといけない。「なんで加害者をケアするのか?」となりますよね。
渋井:この本のロジックは、加害者の認知の歪みを説明している部分がありますが、そこを理解しすぎると、加害を容認することにもなりかねないのではないか。だから理解しすぎるのは、結果的に、加害者に有利になるんじゃないか、と思ったりしました。
斉藤:治療が免責と引き換えになるってことですよね。
渋井:裁判を傍聴していて、被告人が「なぜ痴漢したのか?」と聞かれて、「認知の歪み」と答えることがあります。でも、その歪みを自分自身の言葉で語ってくれない。斉藤さんが関わっている裁判でも、認知の歪みと言わせないで、自分の言葉で語らせるとどうなるんでしょうね。
斉藤:今度、プログラムの中でチャレンジしてみます。自分の言葉で説明させてみることで表現する苦しみがあるといういい側面もあります。一方で、「認知の歪み」という言葉に出会うことで、自分に起こっていることを理解しやすくなる。行動パターンや思考パターンを整理したりするときにも役立ちます。
渋井:でも、もし、痴漢されたときに、言い訳として、「認知が歪んでました」と言われたら、被害者としてどう思うでしょうか?
アーヤ:めちゃ、怒ると思いますね(笑)。ひっぱたきたくなる。どこを反省しているのかを知りたい。
斉藤:認知の歪みに対する説明責任ですよね。たぶん、治療初期の人では説明できないと思う。
アーヤ:裁判では向き合えていないから?
斉藤:認知の歪みは、被害者の女性の心情を抜きには説明できない。しかし、彼らは被害者のことは決定的に抜け落ちている。つまり自分のことで精一杯なんです。それは想像力が貧困なのではない。彼らは性的ファンタジーに浸ったり犯行をシミュレーションしたりするので、想像力は非常に豊かです。でも、被害者のことになると、その機能がストップする。
アーヤ:どうすれば被害者の心情を意識できるのでしょうか?
斉藤:最近になって、被害者のメッセージをプログラムに導入しました。それを聞いて、性犯罪被害について知る、後遺症について学ぶ。生の声を聞いて、まずは知ってもらう。彼らが自分の与えた被害について話せるようになるのはこれからです。
「やりがいのある」加害者家族の支援
渋井:クリニックでは、加害者家族もサポートしていますよね。
アーヤ:本を読んで、あらゆる喪失に共通のものなんだな、と思いました。家族の当事者同士。癒されて変わっていく感じ。それは当事者同士じゃないと理解できないものがある。
斉藤:加害者家族支援はやりがいがあります。しかし、加害者臨床はやりがいを感じにくいし達成感もあまりない。なぜかというと、本当に何年かけても、変わるのは“ミリ単位”です。
問題行動は止まったとしても、内面の変容は非常に時間がかかります。加害者家族は、特に母親は最初自分の育て方を責めます。でも、他の家族の話を聞いて、実は子育ての問題ではないと気づきます。「間違ったこともしたかもしれないけど、自分だって手探りで精一杯育ててきた」と気づいて、子育て自己責任論から解放され、前を向いていきます。その姿は本当に感動的です。
アーヤ:殺人事件とは違って、痴漢に関しては想像したことがなかったですね。
仕事場だったり、家族内の対話が増えれば違うのでしょうか?
斉藤:プログラムをうけると、家庭内の対話は格段に増えます。コミュニケーションの量が変わっていきます。
アーヤ:痴漢が増える背景に、忙しくて、コミュニケーションが取れないというものもあるんですね。それにしても、本を読み終わって、暗い気持ちになりました。もうやばいって(笑)。解決はどこに持っていけばいいのでしょうか。変えたいですね。変わるものがあれば、自分で何か伝えたい。
性暴力はニュースとして発信される。性欲だけではないと言われる。正しい認識の発信が増えて来ている。しかし、痴漢に関しては目から鱗のことが多かったので、もっと多くの人がこの実態を知るべきです。
斉藤:この実態を知って困るのは加害者ですね。もっと電車の中で痴漢についての話をオープンにするべきです。痴漢にあわないために、痴漢の話をする。痴漢の話題についてオープンに話している女性を触らないのではないでしょうか?「痴漢って、ボッキしないんだってさ」と言っている女性に触らないでしょう(笑)
アーヤ:ウェブ記事で痴漢被害告白しただけなら、ここまで痴漢のことを考えなかったので、今回の対談はよかったです。
斉藤:今日は家族のケアまで話せてよかったです。ありがとうございました。
イースト・プレス (2017-08-18)
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