NHKが「働き方改革」で「紅白」存亡の危機に? - 渡邉裕二
※この記事は2017年10月13日にBLOGOSで公開されたものです
司会は誰か?初出場は?出場者は?この時期になると話題になり始めるのが年末恒例の「NHK紅白歌合戦」である。
働き方改革でNHKの紅白歌合戦がピンチ
「紅白」も、かつては70%を超える視聴率だったが、生活や環境も多様化、もちろん若者を中心としたテレビ離れや昨今のCDセールスの低迷化などもあって、今や視聴率は40%前後まで落ち込んだ。
とは言っても、今の時代に40%を超える番組を上げろとなったら、正直言って「紅白」を除けば、ほぼ皆無である。何だかんだ言っても〝腐っても鯛〟である。やっぱり〝オバケ番組〟。〝国民的番組〟であることには変わりはないのかもしれない。いや、それ以上に「受信料問題」を抱えるNHKにとっても最重要番組となっていることは言うまでもない。
そんな「紅白」に、今年は疑心暗鬼な雰囲気が流れ始めているという。
そう言うと、口さがない芸能スズメたちは「視聴率の下落」「ヒット曲がない」「出場歌手に目玉がない」「誰に出場を断られた」と騒ぎ立てるだろうが、実は、そんな単純な問題ではないようだ。
NHK関係者が言う。
「今、局内では勤務体制や労働時間の問題で深刻な事態を生んでいるんです」。
この問題。1年前に安倍政権の経済対策で閣議決定し、厚生労働省が推し進めている「働き方改革」が論議のキッカケになったのは言うまでもない。が、しかし、放送業界を含むマスコミは「特殊な職場環境」と誰しもが思い込んでいた。ところが大手広告代理店「電通」の違法な長時間労働問題で状況が変わり始めた。そればかりではない。ここにきて労働問題にはおおよそ関心が及ばなかった芸能界でもタレントの契約問題にまで発展し始めてきている。
当然、NHKも勤務体制の見直しを図っていたようだが、ここにきてNHKに思わぬ激震が…。
NHKで31歳の女性記者が過労死
NHK首都圏放送センターに勤務していた佐戸未和記者が過労死していたことが分かったのだ。佐戸記者は31歳で東京都庁を担当。13年6月の都議選や同7月の参院選などを取材してきたと言うが、その参院選の投開票から3日後の24日に都内の自宅でうっ血性心不全を起こして急死したという。
佐戸記者について「労災」を認定した渋谷労働基準監督署によると、亡くなる直前の13年6月下旬から7月下旬までの1ヶ月間の時間外労働(残業)は159時間37分。その前の5月下旬から6月下旬までの1ヶ月も146時間57分にものぼっていた。このことから「十分な休日の確保もできなかった」のが要因とした。
これまで事件が公表されてこなかったのは「両親の意向に沿ってきた」ものだったと言うのだが、結果的にNHK経営委員会への報告がなかったことなども含め問題は拡大している。もっとも、その点に関しては籾井勝人前会長(当時)の考えもあったかもしれない。
いずれにしてもNHKとしては、これまで局内で進めてきただろう「働き方改革」が大幅に見直さざるを得ない状況となった。
今回の事件が公表された以降「関連会社も含め各セクションごとに勤務体制について説明会などが始まっている」(NHK関係者)と言うが、その中でヤリ玉に上がったのが、何と「紅白」だと言うのである。
紅白の制作現場は過酷と言うより「地獄」
「ブラック企業とか言われるが、テレに局に限らずマスコミの現場は、もともとブラック的な要素が強かった。あえて口に出さなかっただけです。そういったことから言うと『紅白』の制作現場は過酷と言うより地獄と表現した方がいいほど。当然ですが放送が近づくにつれ時間との戦いになる。年末の1週間は家に帰ることなんて考えられない。今は、作業も分業化されて細かいことは軽減されてきたとは言え、現場のスタッフは寝ている時間なんてありません」。最も過酷なのはステージセットなど美術を担当する関連会社「NHKアート」だと言うのだ。「演出の要になる業務を請け負っているわけだし、仕込みや手直しも含めたら、それこそ言葉には言い表せられないほどの過重労働」と関係者。
「紅白」の舞台となる東京・渋谷のNHKホールでは、かつてアイドルだった河合奈保子が音楽番組収録中にステージの小ゼリから転落して大怪我をしたこともあった。この事故がキッカケとなって安全対策は万全にしていると言うが、「紅白」の場合は、放送当日だけでも出演者も含め3000人以上が出入りするだけに「事故が起こってからでは取り返しがつかないので、入念なチェックは重要」と言う。
放送現場はマンパワーの環境なだけに、時代の中れだから「改革しろ」と言われても解決策を見いだすのは難しいだろう。
「だったら、どうしたらいいのさ」
と言うのが現場の正直な声かもしれない。
十把一絡に「働き方改革」と言っても「人を相手にする仕事や、クリエイティブな職種の現場では対応策がない」と言うのが現実だろう。だが、今回の労災認定を受け厚労省はNHKに改善を求めたとも言われ、NHKも「(労災認定を)受けたことを大変重く受け止めている」とした上で「これまで以上に改革に取り組んでいく」と上田良一会長がコメントしている。
TVの制作現場が抱える構造的問題
電通の勤務体制を端に社会問題化した「働き方改革」だったが、今や「紅白」の存続すらも揺るがしかねない問題に発展しようとしているわけだが、これは何もNHKに限らず民放各局にも当てはまる問題でもある。特に、テレビ朝日は音楽番組の「ミュージックステーション」を定期的に拡大化しているだけに他人事ではない?いずれにしても「紅白」を目前に控え、制作現場では出演者の人選や交渉など以上にスタッフの配置や動き方が大きな問題になって来るはずだ。現時点では「過労死だけは出すな」と言うこと以外は具体的な対策の手立てがないようだが…。
では、どうしたらいいか?一時的ではあるかもしれないが関連会社のNHKエンタープライズに一部業務を委託して〝共同制作〟することも考えられなくもないが、ある制作関係者は「それは現実的ではない」(関係者)と言う。
そういった中で「改革のための予算の計上を検討しているようだ」と言う情報も出ている。総額で20億円程度の予算になりそうだと言うが、もし予算が確保されれば、今回の「紅白」では外部スタッフの増強を図ることが可能となる。
ポンと予算を計上できるのはNHKならではのお家芸?だが、これによって職員の過酷な業務は、さらに分散化して外部の制作プロダクションに任せることができるだろう。だが、それは裏返せば、過酷な業務のシワ寄せは下請けに投げてしまえばいいとうことだけ。言い方は悪いが「結果オーライ」ということなのだろう。
結局は「ひとり一人のニーズに合った、納得のいく働き方を実現する」とか「時間に縛られない多様な働き方を即す」など理想を掲げても、現実的には労使共にあらゆる問題をはらんでくる。
ところで、「疑心暗鬼」と言えばNHK内では「働き方改革の実現だけで動いていたら番組を減らすことも考えなければならなくなる。既にいい番組、クオリティーの高い番組は求めなくてもいいといったムードも出始めている。改革は必要だが問題も大きい」といった声まで出ている。
とは言っても、この問題。今や発覚したらトップの責任が問われるだけに、会社の事情はどうであれ強引にでも改革を推し進めるしかない。が、果たして…。現実は「言う葉易く行うは難し」といった問題である。