※この記事は2017年10月04日にBLOGOSで公開されたものです

倉本聰・脚本による連続ドラマ「やすらぎの郷」(テレビ朝日)が半年に渡る全129回の放送を終えた。消費購買層重視で編成される現在のテレビに疑問を投じ、シニア世代が見るテレビドラマを提唱して、(倉本が当初はフジテレビに企画を持ち込んだ断られたため)テレビ朝日の昼帯に放送枠を新設させた。

物語はテレビ界に貢献した人々だけが入居できる施設「やすらぎの郷」を舞台に、高齢化社会、現在の放送芸能界、それぞれの問題に踏み込み、シリアスとコメディを織り交ぜながら綴られた。

石坂浩二、浅丘ルリ子、加賀まりこ、八千草薫、野際陽子、ミッキーカーチス、山本圭、藤竜也・・・俳優陣の平均年齢もとびきり高かったが、なにより、ドラマそのものの作家性が高かった。倉本聰の老獪にして軽快な作劇だった。

放送が実現したこと自体が異次元の出来事

現在、テレビドラマ制作の現場は、(もちろんすべてではないが)概ね、大手芸能事務所に主導権を握られ、企画ありきではなく、まず主演俳優ありきの業界行政ドラマを作らねば成り立たない「しがらみ」に縛られていたりする。

そんな「しがらみの郷」に携わる業界人から見たら、この「やすらぎの郷」という企画が実現して、放送されたこと自体が異次元の出来事だったろう。

ドラマの中では、倉本聰の分身でもある脚本家役・菊村栄(石坂浩二)を筆頭に、老俳優たちの口から現在のテレビ界に対する失望と批判と怒りが随所に語られた。その総括がドラマ終盤に、やすらぎの郷創設者であり芸能界のドンと恐れられた加納英吉(織本順吉)の口から語られている。

<「やすらぎの郷」 2017年9月20日放送 第122回より>

加納「テレビの箱は、すばらしかったねぇ…、あんなちっぽけな四角い箱が、みじめな敗戦から立ち直るのに、日本人にどれだけの夢を残してくれたか。古橋(広之進)、橋爪(四郎)、力道山、白井(義男)、長嶋(茂雄)、王(貞治)。若い青年たち、美しい女優さんたち、美空ひばり、江利チエミ、雪村いづみ、ザ・ピーナッツ、裕次郎、秀さん(ドラマ内の高井秀次)、勝新太郎…」

栄 「―――――」

加納「これらの人がテレビで夢を見せてくれたおかげで、ニッポンは耐えて立ち直れた。その彼らにこの国が何か報いたのかね。テレビはね、初めて出たとき、わしゃこの機械に自分の人生を賭けようかとそう思った。あの頃テレビは輝いていたからね。ねえ先生」

栄 「はい」

加納「けがれのない真っ白な処女だったんだね。それを金儲けばっかり考えて、売女(バイタ)に堕としたのは一体誰だ! その責任は誰が取る! テレビは古典をいくつ遺した? テレビの文化だ、テレビの文化なんだよ!」

そうですね・・・、テレビを売女に堕とした戦犯についてはわかりかねますが、テレビが遺したものと言うと、民放キー局はどこも大きい自社ビルを遺してます。あと、NHKは徴収した受信料を随分と貯めこんで遺してるとか…返答している場合ではない。

爆笑シーン"ベスト3"で振り返る「やすらぎの郷」

このドラマを貫く「昔のテレビは輝いていた」史観には、世代によって賛否もあるだろう。だが、衰退の引き波に晒されながらも、大小利権や、忖度に絡めとられたテレビ業界に対し、諦めて口を閉ざすのではなく、倉本聰は作品をもって自身の苛立ちを表明した。

その姿勢はパンクだ。放送芸能界に向けたパンキッシュなアラートだ。そんな「やすらぎの郷」は数え切れない悲喜劇を見せてくれた。その中から笑いの名場面を記憶に残すべく、全放送回から個人的に選んだ爆笑シーンをベスト3で遺してみる。

【「やすらぎの郷」爆笑シーン 第3位】

2017年9月25日放送 第125回 ~菊村栄、女子大生アザミとのメールでエロくなる~

※かつて男女の関係があった女優ナオミの孫娘であり、脚本家志望の女子大生アザミ(清野菜名)に、彼女の脚本「手を離したのは私」の感想を、たどたどしくメールする菊村栄(石坂浩二)・・・。画面にメール文がスクロールする。

栄(メール)「アザミちゃん。原稿拝受、昨夜ゆっくり2回熟読した。すばらしい。3回泣いた。2、3、気のついた所あり。今度逢った時話します。11月中旬、おばあちゃんの流された、いわきの浜にお参りするつもり。菊村」

(送信。携帯を置くとすぐに着信音が鳴る)

アザミ(メール)「うれしい!!! いわきに行って下さるなら、私もお供します! 連れてって下さい! アザミ」

(笑みがこぼれ、すぐに返信メールを打つ栄)

栄(メール)「良いけど、私はそのまま、昔からの行きつけの、磐梯熱海の温泉で休養するつもり」

(送信。携帯を置き一息つくが携帯が気にかかる。着信音が鳴る)

アザミ(メール)「何という宿ですか? 私もお供します! 宿の名前と日時、教えて!」

(急接近の展開を煽るように音楽IN ♪アザミ嬢のララバイ ~BG)

栄NA「心臓がかすかに鼓動を打ち出した」

(イメージ/アザミのきらめくような笑顔)

栄NA「すぐに返信したかったが、はやる心を必死に抑えた」

(たばこに火をつける)

栄NA「あまりすぐ打ち返すと、こっちの下心を彼女に見透かされるような気がしたからだ」

(時間経過あって、メールを打つ栄)

栄(メール)「磐梯熱海、湯の香荘。来るなら部屋をとる」

(メールを送り深呼吸する栄。すぐに着信音。しげしげと携帯を開く)

アザミ(メール)「自分で取ります!住所は調べます!日にちは?」

栄NA「余裕を見せて、またちょっと間を置いた」

(イメージ/宿の浴衣姿で手を振るアザミ)

(メールを打つ栄。メールやりとりが画面左右からスクロールしあう)

栄(メール)「11月10日から12日」

アザミ(メール)「了解」

栄(メール)「いいのか?」

アザミ(メール)「是非是非!」

栄(メール)「では決めよう。多分その頃は宿も空いてる筈。予約を入れとく」

アザミ(メール)「私もすぐ入れます!」

栄(メール)「その日に」

アザミ(メール)「愉しみ!❤❤❤!!(ハート、ハート、ハート)」

栄NA「ハートマークが3つもついてた」

(にやける栄)

栄NA「ハートは何を意味する絵文字か?」

(イメージ/浴衣姿のアザミが両手を差し出し「愛情!愛情!」)

(携帯を両手に持ってさすりながら、エロい笑顔を浮かべる栄)

そもそも、東日本大震災による津波で流されてしまったかつての愛人をお参りに行くという、とくべつな死者への鎮魂の思いからやりとりが始まりながら、積極的なアザミを拒まず、若い娘との温泉旅行に妄想を走らせ、下心を押し隠して冷静を装いメールを打つ。もはや死者の鎮魂というきっかけ以外は、志村けんが十八番とするタイプの欲情コントである。

東日本大震災を用いながらも、まだ枯れることのない煩悩に翻弄される老人の業をあざやかに描く倉本聰に感服する。その不謹慎な危うさに爆笑だった。

この、菊村栄とアザミの関係からは、脚本家とその脚本家を尊敬する美少女という、倉本聰自身のピュアな妄想が透けている。気恥ずかしいぐらいの妄想熱量だ。アザミが登場してから、どれだけの妄想がドラマに投影されたか。

田舎の駅のホームで別れ際、振り返って駆け寄り抱き着いて頬にキスしてくれる美少女。
夢の中では自ら胸を触らせてくれる美少女。
しかもその胸はかつての愛人よりもサイズが大きいというボーナスオプション設定。
温泉宿で混浴とわかっていながら先に湯に入って待っている美少女。
年齢差50歳以上、ショートカット、女子大生、しかも清野菜名。

その後、栄は泥酔してアザミの前でお漏らししたり、アザミの彼氏(神木隆之介)に脚本の真髄を説いたり、倉本聰の分身は目まぐるしいアップダウンでドラマのフィナーレを駆け抜けた。倉本聰の妄想無双と言いたい。

【「やすらぎの郷」爆笑シーン 第2位】

2017年4月28日放送 第20回 ~姫、茄子の呪い揚げを上品に語る~

※老いさらばえた女優、白川冴子(浅丘ルリ子)に往年の威光は無く、誕生日パーティー出席の返事はわずか3人という事態に。腹立たしい思いにかられる中で、姫こと九条摂子(八千草薫)が秘話を語り出す・・・。

姫 「茄子の呪い揚げっていう、昔、撮影所でひっそり流行った儀式があるの」

マヤ「茄子の呪い揚げ?」

冴子「それってなあに、お料理?」

姫 「お料理なんだけども」

マヤ「儀式なの?」

姫 「儀式なの。呪いの儀式。お茄子を揚げながら許せない相手の名前を叫ぶの」

マヤ「叫ぶの?」

姫 「(うなずく)そうすると、その相手によくないことが起こるの」

マヤ「本当に?」

姫 「本当なの。不思議なんだけどそれをすると相手によくないことが必ず起きるの」

マヤ「姫、それ実際にやったことあんの?」

姫 「やるのね、ときどき。夜中にこっそり」

一同「(驚く)」

姫 「でも、よく効くの。(得意げな笑顔)その相手の人、いきなり翌日飛ばされて、北海道へ転勤になっちゃったりするの」

「茄子の呪い揚げ」という、恐ろしいのか恐ろしくないのか愛嬌にみちたネーミングを冠する憎悪の儀式を、どこか浮世離れしたお姫様女優(八千草薫)が、楚々と品良く語るくだりはギャップの可笑しみがあって爆笑だった。

「いきなり翌日飛ばされて、北海道へ転勤になっちゃったりするの」という切実な台詞に、こんなにも可笑しみを醸せる役者はそうそういない。

この場面だけでなく八千草の台詞まわしによる笑いは、ドラマ全編で多々あって、中でも6月22日放送の第59回で見せた「心臓はずっと働いてて可哀そう」の話と、「真夜中に付き人ゆうちゃんに携帯をかける」くだりは傑作だった。

この辺りで設定上、後にわかるがんの影響で認知症を思わせる症状が出て、いつもの天然にボケ症状も加わり、八千草の台詞は「とぼけ」を上積み、ナンセンスの威力を増していた。この放送回も合わせての2位としたい。

「やすらぎの郷」は悲劇と喜劇を一貫して描いた問題作

それにしても八千草薫はこのドラマで実に多くの役割を担った。大物清純派女優の品格と可愛らしさ、戦争協力で負ったトラウマの深さ、喜劇展開の落とし、死期に向かい夢うつつを行き来する表情、等々。出演陣の中でもっとも幅広い芝居を求められ、それに応えていた。

そして、1位はこちら。

【「やすらぎの郷」爆笑シーン 第1位】

2017年5月10日放送 第28回 ~秀さん、水着姿の律子遺影に合掌~

※新たな入居者、秀さんこと高井秀次(藤竜也)。高倉健を彷彿とさせる無口なキャラでミステリアスな大物。秀さんが「やすらぎの郷」に現れたその夜、菊村栄(石坂浩二)の部屋に秀さんが現れる。菊村の亡き妻律子(風吹ジュン)は、菊村と結婚する前に秀さんと付き合っていたのでは・・・という噂もチラホラあった。

秀次「こんな夜分に、なんなんですが、ちょっとだけお邪魔してよろしいですか」

栄 「あ、どうぞ! 汚してますけど」

秀次「奥さまの御位牌に、お参りをさせて頂きたい」

(栄、秀次、部屋へ)

栄 「はぁ、それは、女房も喜ぶと思います・・・どうぞ、どうぞ。ああ、今電気つけます。ちょっと、ちょっとここでお待ちください。スリッパ・・・これをどうぞ」

(栄、寝室へ。押入れにしまっていた妻の位牌を急きょ取り出し、居間のサイドボードに設置する。そこにはモノトーンのビキニ姿で横たわる律子の写真が飾られてあった)

秀次「――――」

(うやうやしく位牌の前に正座し、手を合わせる秀次。正規の遺影ではなく妻の水着写真を飾っていたことに気づき焦る栄。栄は遺影がどこかにあったはずと、押入れを探すが見つからない。仕方なく拝む高井の脇からそっと香立てを置き、その流れでビキニの写真を奥に押して少しでも遠ざける)

秀次「――――」

(合掌している秀次。おもむろに水着写真を手にとって、間近で眺め出す)

栄 「あぁ、あぁ、ちゃんとした遺影は、どっかにあるんですが。その~、若い頃の写真がなんかコレで」

秀次「――――(水着写真を見つめている)」

栄 「どうぞ(ソファーのほうに)お掛けになってください。今コーヒー淹れてますからどうぞ。その写真、最近偶然、人が持っていたのを見せて頂いて、ハイ」

秀次「――――(水着写真を見つめている)」

栄 「結婚するちょっと前の頃のもので、ハイ」

秀次「――――(水着写真を見つめている)」

栄 「懐かしくて、無理を言ってゆずって頂いて、ハイ」

秀次「――――(水着写真を見つめている)」

栄 「まーさか秀さんにこうして来て頂いて、お参りして頂けるなんて。あっちの世界で律子もきっと涙流して喜んでいるんじゃないかと。(写真に向かって)なあ」

栄と秀さん、それぞれの思いが律子の若々しい水着写真を挟んで交錯する。秀さんがじっと水着写真に手を合わせ続ける時間は、故人を拝んでいるのか、女体を拝んでいるのか…。

やはり我が妻は高井秀次とできていたのだろうか、ぬぐい切れない疑念に煩悶としながら、妻を悼む大物俳優に気を使い疲弊する栄。遺された甘美な肉体のフォトグラフが、高井秀次という無口なキャラクターを最大限に活かした、とても素敵でバカバカしい遺影ギャグを見せてくれた。最高。

▽ ▽ ▽

チャップリンの名言「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇である」―――、この言葉はドラマの中でも使われたが、まさにドラマ全体を包むイズムだったと言える。

ベスト3を選出してみると、このイズムをより濃く反映する笑いが並んだ。「やすらぎの郷」は悲劇と喜劇が背中合わせであることを一貫して描いていた。忘れ難い傑作にして問題作だった。

<追記>

「やすらぎの郷」完結の高揚に促され、昭和が遺した高齢者ドラマの傑作、山田太一・脚本「ながらえば」(主演:笠智衆 1982年 NHK)を観直した。