※この記事は2017年02月05日にBLOGOSで公開されたものです

2月3日は節分。節分といえば、いつの間にか節分の恒例行事となった、縁起物である恵方巻き。

恵方とされる方角を向いて、太巻きを包丁で切らずに丸々一本食べきると福が来るといういうその行事は、関西地方の一部で行われていたそうだが、今ではコンビニを始めスーパーや寿司屋などにより、どこでも風物詩として販売されている。

しかし、今年はどことなくこれまでに比べて、恵方巻きに対する世間の見方は違うようだ。

NHKはコンビニ各社で、恵方巻きのノルマがあるのではないかと論じている。(*1)

本部はあくまでもノルマはないと主張するが、実際にネットではコンビニでアルバイトをしている人が、これらのニュースに反応し、自分もノルマを課せられているとつぶやいている。

確かに、コンビニチェーンの本部側は、ノルマを課しているというつもりはないのだろう。それはあくまでも「販売目標」であり、そこに書かれた数はノルマではなく、売って欲しいと思っている数であり、入荷数はチェーンストア本部としてのノウハウ提供の一環なのだろう。

しかし、加盟店側とすれば、その数字、つまり入荷数は実質的なノルマである。販売数についてはそれは決してノルマではない。コンビニチェーンでは廃棄ロスは売上原価に含まず、営業費用に含むため、本部側は店舗が入荷だけすれば、売れようが売れまいがロイヤリティを取り逸れることはないからだ。

一方、店舗では機会損失を防ぐために商品を切らすなと本部からノウハウを教えてもらうが、廃棄が増えれば増えるほど、店の利益は激減してしまうというジレンマに悩み続けている。特に恵方巻きや土用の丑、クリスマスケーキといった、販売期間が数日しかないものに関してはとにかくできるだけ売ろうと考える。すると手近にいるアルバイトに協力してもらうことになる。

コンビニチェーンの本部は、流石に法的なことを熟知しているから加盟店に対してノルマを課すような言説をすることはない。それはあくまでもチェーンストア本部として、加盟店に利益を出してもらうためのノウハウ提供という名目なのである。ただそのノウハウを「強く」おすすめしているだけということなのである。

一方で法的知識に乏しい加盟店の店長だと、立場の弱いアルバイトたちの足元を見て、簡単にノルマを課してしまう。ツイッターにもLINEなどでアルバイトに「恵方巻きを買い取るように」と要求している画像がアップされている。ノルマを課すことを悪いことだと気づいてないし、またそれを文字に残すことが危険だとも思っていない、傍目に見ればとんでもない愚行である。

そもそも、今回の恵方巻きの時期にノルマの話がこれだけの話題になっているのは、こうした知識の足らないオーナーによる失態が大元になっている。

セブンイレブンで働く女子高生の給与明細に「ペナルティ 935円×10時間 \9350」という付箋が貼り付けられたのを母親が見つけ、これをTwitterに投稿した。このペナルティは、病欠の際に変わりの人を見つけられなかったことに対するペナルティなのだという。(*2)

当初、オーナーは「女子高生にはちゃんと説明した」と主張し、本部側も「加盟店のことなので」と対応を渋っていたが、Twitterで話題が拡散し、取材をするメディアが出てきたことを受け、ようやく重い腰を上げ、本部は加盟店に対し、アルバイトに対して返金するようにと指導したという。

病気というやむを得ない事情で休んだことに対して、店員の手配という、経営者側の業務を押し付け、かつ見つからなかったことに対してペナルティとして給与の一部を支払わないという、極めて悪質な行為である。

当然、労働基準法に違反する上に、明細に記されない罰金は税制上の申告も行われていないであろうことから、脱税の疑惑も強い。ぜひ国税にはしっかりと動いて欲しいところである。

これについてもやはり、こうした違法行為を文字に残してしまうという、オーナー側のマヌケさが招いた失態である。もっとも、オーナーが知恵をつけ、こっそりバックヤードで詰問し、お金を直接徴収するようになっても困るのではあるが。

こうした事件があったことが、そのままアルバイトたちの「俺もこんなことされている」という告白大会を産み出し、今、時期的に恵方巻きのノルマの話になっているのである。

それにしてもいいタイミングだったといえる。

コンビニオーナーによる、アルバイトに対する様々な違法な押し付けが明るみに出たのが、この時期であったというのは、本当にいいタイミングだった。

ノルマだけなら、恵方巻きに限らず、土用の丑やクリスマスケーキにおせち。あとはお中元にお歳暮といくらでもあるのだけれども、この中で「恵方巻き」は、まさにコンビニ業界によって作られた風物詩なのである。また、関西の一部以外の人達にとって恵方巻きは、古くから続く行事ではなく、ここ10年くらいの風物詩だから、批判する側も批判しやすいのだ。

ちょうどいい記事を発見した。コンビニチェーンがいかにして恵方巻きを風物詩にしたかという苦労が短くしっかり書かれている。(*3)

この記事の中に「従業員を巻き込んだ販売作戦」というものがある。ディスプレイコンテストを行い、巨大な恵方巻きを自作してもらったのだという。これに高校生や大学生というアルバイト従業員達が盛り上がり、予約の特典なども色々考えたと書かれている。

さて、この中に僕は「ブラック臭」を嗅ぎ取ることができる。

まず巨大な恵方巻きを自作という点。これをどこで作るのか。コンビニの店舗というのは、特にロードサイド店舗はコンビニサイズの規格で作られるものである。そこには当然広い売り場があるとしても、その裏には2、3畳くらいのサイズの事務所と、在庫た運営用品が積まれたバックヤード。あとはジュースの売り場も兼ねたウォークインくらいだ。POPくらいなら書けても、工作をするようなスペースはない。アルバイト達が巨大恵方巻きを作るとしたら、どこで作るか。それは当然「自宅で作る」のである。また、アルバイト同士がみんなでアイデアを出し合うとして、一体どこで話し合うのか。コンビニの店内に会議室はない。集まるとすれば近くのファミレス等である。

サラリーマンが就業後に同僚と飲みに行って仕事の話をすることもあるだろう。それと同じことがコンビニバイトの間でも行われているだけだ。そう考える人もいるかもしれない。しかし、サラリーマンはある程度帰る時間は同じだが、アルバイトは朝、日中、夕方、深夜とバラバラである。コンビニバイトが集まって話をする場合は「帰る途中についでに」ではなく、わざわざ時間を合わせて集まる必要性があるのだ。

そしてなによりそうした労働は、労働時間の外で行われている。会社員の持ち帰り残業ならまだ「月給の範疇」とも言えるのかもしれないが、時給のアルバイトならば完全に無賃労働である。

一時期「やりがい搾取」という言葉が話題になったが、アルバイト店員を巻き込んだ恵方巻き普及作戦も同じである。仕事に対するアルバイトたちの自尊心を利用し、無休で働かせて利益を得る。恵方巻きはそのスタートからブラックであったと言えるのである。

アルバイトを無償で働かせるだけでは足らず、ノルマを課して売上にも貢献させる。そんなアルバイトの犠牲によって成り立っているのが恵方巻きという風習なのである。

その年の恵方に向けて、太巻きを切らずに食べるという恵方巻き。

その年の福を呼ぶための縁起物だという。

しかし、その福の恩恵にあずかっているのは誰だろうか?

逆に、福を奪われているのは誰だろうか?

恵方巻きという新しい風習で、幸せになった人はいるのだろうか。

恵方巻きが搾取という不幸を呼んでいるとすれば、それはとても縁起でもない話であると言えよう。

(*1)恵方巻きで圧力 オーナー証言(NHK 首都圏 NEWS WEB)
(*2)「病欠で代わりを探せなかったペナルティ」 セブン-イレブンで女子高生バイトに不当な減給、Twitterで発覚 (ねとらぼ)
(*3)コンビニが火付け役。「恵方巻き」ブーム前の悲しすぎる過去(まぐまぐニュース!)