年末進行の「歪み」に消えた聴取者プレゼント - 西原健太郎
※この記事は2017年01月17日にBLOGOSで公開されたものです
2017年になりました。皆様いかがお過ごしでしょうか?私はというと、年末から年始にかけて、ここ数年恒例になっている、海外一人旅に行ってきました。今回は、大学時代の友人に会うために、ドイツ~オランダ~モナコを旅してきました。外国語は”This one please”程度しか喋れないのですが、誰も自分の事を知らない場所で、自分の今の力を試すために、ここ数年は旅をしています。
このような旅ができるのは、ラジオ業界に”年末進行“という慣習が存在しているからで、お盆もゴールデンウィークも通常営業のラジオ業界で、唯一世間と同じ休みを取ることができるのが、年末年始のこのタイミングなのです。というわけで、今回はラジオ業界の年末進行について、書いてみようと思います。
通常、ラジオ番組は2週間に1回、数時間をかけて、2本分の番組を収録します(録音番組の場合)。我々スタッフは、限られた時間の間に、パーソナリティと【打ち合わせ】をし、番組の【収録】を行い、パーソナリティを「おつかれさまでした!」と送り出す…。
ここまでの一連の作業を限られた時間に行わないといけません。ところが、年末進行という時期は、年末年始に休みを取るために、1回の収録で3本、4本と番組の収録を行います。通常の収録を超える、無理な収録をしなくてはならなくなるわけです。するとそこには、通常では起こり得ない『ある問題』が生じます。
その問題とは、“時空の歪み”と呼ばれるものなのですが、みなさんこの言葉、聞いたことありませんか?「今この番組は2017年に放送されていますが、こちらの世界はまだ2016年なんです」…こんな言葉をパーソナリティが言い出したら、そこには”時空の歪み”が存在しています。
この”時空の歪み”、つまりは番組を収録している時期と、オンエアの時期が大きくずれることで生じる現象です。ラジオ番組は、収録とオンエアのタイムラグが少なければ少ないほど、新鮮な情報をリスナーに届けられます。
ところが、年末進行では年始に放送される番組を、年末の時期に、場合によっては12月の上旬に収録しなければいけません。タイムラグがあればあるほど、”時空の歪み”はどんどん大きくなります。そして、ラジオ業界で生きていくには、この”時空の歪み”とうまく付き合っていけないといけません。
”時空の歪み”とうまく付き合っていくには、”時空の歪み”を感じさせないのが一番です。そして一番効果的な方法は、【未来の状況を想像しながら収録する】ことです。『2017年の年始には、きっと世の中はこうなっていて、自分はこんな状況になっているはず…』パーソナリティはそんな状況を想像しながらトークをしていきます。そして、放送作家はそのようなトークができるような台本を書きます。全ての番組スタッフには、【”時空の歪み”を想定する能力】が求められます。
しかし、全てのラジオ番組が”時空の歪み”とうまく付き合っているかというと、決してそうではありません。数あるラジオ番組の中には、”時空の歪み”の処理を誤り、問題を起こしてしまう番組も存在します。
一つ例を挙げましょう。とあるラジオ番組では、年末最後の放送で、リスナーにゲーム機をプレゼントするという企画を行いました。プレゼントが欲しいというリスナーは、【プレゼント希望】とハガキ書き、番組宛に応募します。そしてその当選者は、年始1回目の番組内で発表される…というものでした。ところが、その番組は収録番組で、プレゼント企画を発表した時、年末進行の真っ只中でした。
勘のいい人なら想像がつくと思いますが…”時空の歪み”の為、プレゼント応募開始のタイミングに、プレゼントの当選発表を行う番組を収録しないといけなくなったのです。”時空の歪み”の存在すっかり忘れていた番組担当者。そしてその担当者がとった行動は…ここでは明言を避けますが、プレゼントのゲーム機は、文字通り”時空の歪み”に飲み込まれることになってしまいました…。
今挙げた例は、一部フィクションです。ですが、似たような事件は毎年どこかの番組で起きています。そして恐ろしいことに、ラジオ番組の”時空の歪み”への対処は、番組スタッフ、ひいては放送作家やディレクターの【自己確認】に委ねられています。つまり、作家やディレクターが確認を忘れてしまうと、”時空の歪み”により大問題が起こってしまう可能性があるのです。
もちろん、我々番組スタッフはそういった問題が起こらないように最善を尽くしていますが、年末進行という慌ただしい時期には、万が一の出来事が起こってしまう可能性あるのです。
ラジオ番組を聴いていると気軽に出てくる言葉、”時空の歪み”。もし、普段聴いているラジオ番組で、パーソナリティが「番組では今、時空の歪みが生じています」的な話をしたら、その後ろで起こっているかもしれない問題を案じてください。そして我々番組スタッフは、”時空の歪み”に飲み込まれないように注意しながら、2017年も番組制作を続けていきます。