※この記事は2017年01月08日にBLOGOSで公開されたものです

 三重県に住む27歳の男が、宅配業者の集配所でチェーンソーを持って従業員を脅したとして逮捕された。

 犯行のきっかけは、宅配業者が男が不在の際に自宅を訪れ、代金引換の商品を持ち帰ったことに腹を立てたからだという。(*1)

 他のニュースによると、宅配業者が自宅を訪ねたときには父親が家にいたが、父親は代金引換の商品を買ったことを知らされておらず、支払いをしなかったことから、宅配業者は持ち帰ったということだ。なので、宅配業者には一切の否がなく、また見ず知らずの代金引換を支払わない父親の対応も正しいものである。それで腹を立てた容疑者は、どれだけ身勝手かという事件である。

 さて、この事件の一番の重要な点は、容疑者自身がチェーンソーを持って集配所を訪れ、チェーンソーのエンジンをかけながら従業員を脅す様子を、YouTubeで配信していたという部分にある。容疑者は以前からYouTubeで配信をしていたそうだ。

 ハッキリ言って「チェーンソーで他人を脅す様子を動画配信して、誰が面白いと思うのか?」と疑問なのだけれども、チェーンソー男にとっては面白いことに思えたのだろう。そして実際、他人を脅して相手が怯えたり土下座したりする様子を面白がる人がいるのも事実だ。

 彼には固定ファンもいたようだが、その数は極めて少なかった。ネットニュース編集者の中川淳一郎によると、彼が動画再生で得た収入としては7年半で約45万くらいだろうということだ。(*2)

 この再生数では、とても人気があったとは言えないし、面白くもなかったのだろう。面白くないYouTuber(YouTubeなどの動画サイトで配信をする人)が再生数を増やそうとして、どんどん過激さに走り、その結果、逮捕されてしまった。

 かつて「コンビニのアイスケースの中に寝る男」や「冷凍庫に入る男」などが、馬鹿な写真をTwitterなどに掲載して問題になった。この時は彼らは「バカッター」と呼ばれた。

 そして去年末には、おでんツンツン男や、トングで牛丼混ぜ男といったYouTuberが現れた。そして年が明けて、今回のチェーンソー男が逮捕された。動画サイトでバカをやるYouTuberの罪を指して「YouTuber罪」とネットでは呼ばれている。

 この両者は同じようで、実は大きく性質が違う。前者があくまでも「仲間内で目立ちたかっただけなのに、それをSNSに投稿してしまった」という、身内の小さな社会とネット空間を勘違いしたマヌケの問題であると見られていた一方で、今回のようなYouTuber罪を犯す人たちは、最初から「ネット空間に投稿することを前提に、その行為をしている」という点が、まったく異なるのである。実際、自らYouTubeに配信した、集配所襲撃の動画には容疑者が「全世界配信したるぞコラお前!」などと怒鳴る声が入っていた。

 また、チェーンソー男は、問題が発覚し、今回の逮捕に至るまでの間に、謝罪と称した動画も配信しているが、半笑いのシーンがあったり、口先では迷惑を賭けたことを謝罪しているように見えても、内心では大した罪の意識を実感していない様子ありありの情けない動画であった。これもまた謝罪と称した再生数稼ぎのための動画なのである。

 では、彼らはなぜ犯罪を犯してまでも、再生数稼ぎに走るのか。

 それは端的に言って、YouTubeで配信することが「仕事」だからだ。

 YouTuberというのは、今や職業である。子供に将来の夢を聞くと、サッカー選手や医者という大定番の次にYouTuberという単語が出てくる(*3)ほどに、子供や若い人たちの間では職業として認知されている。僕のようなオッサンの感覚で言うと、かつての「アイドル、芸能人」に憧れるのと同じくらいの感覚で意識されているのではないだろうか。

 しかし、ネットニュース編集者の中川淳一郎の記事(*2)にあるように、すでにYouTuberの世界は、先に人気を得た面白い人達で埋まってしまっている。そうした人たちを出し抜こうとすれば過激さに走るしかない。

 実例としては、いわゆる「反韓、反中」などの過激な言動をしたり、女の子であれば薄着になったり、ノーブラに首元の緩いシャツを着て配信したり。後は親が子供を利用して配信させていることもある。先程の「ノーブラに首元の緩いシャツを着て配信」というのも、実は小学校高学年くらいの女の子の配信だったので、親がワザとやらせている可能性が高い。

 YouTuberがそこまでして再生数を稼ごうとするのは、YouTubeの世界では「再生数=お金」だからである。

 巷では大体「1再生=0.1円」程度だと言われている。もちろんここから他のアドセンスに誘導するなどして、もう少しお金を稼ぐ方法はあるが、ざっくりとこのくらいということらしい。決して高い額ではないし、大抵の動画は100再生も行かずに闇に埋もれて行くのだろうから、お小遣いにもならない。しかし一方で昨年後半に「ピコ太郎」が突如大ブレークしたように、YouTubeの世界では何が起こるか分からないというのも事実だ。

 つまり、YouTubeなどへの動画投稿は、もはやその大半は「収入を意識して行う行為」となっている。すなわち「仕事」である。

 そして世の中には仕事のためなら、何をしても平気だという人が、数多く存在するのである。

 それは決して良いとか悪いとかではなく、仕事というものはそういうものである。

 例えば、軍隊で働く兵士。彼らはともすれば他人を殺すことすらある。ときには非人間性が糾弾されることもあるが、しかし彼らは誇りを持って仕事をしている。

 例えば、会社の営業。自分の見立てでは自社の製品は他社の製品よりも高いし、劣っていると見ている。しかし仕事のために、取引先に自社製品を売り込もうとするならば、嘘をついてでも自社の製品を勧めるしかない。

 例えば、経営者。自社の利益を得るために、非正規労働者を使い潰し、タイムカードは細工して、ギリギリまで働かせる。社員から労働力を奪っていることには目をつむるくせに、万引き犯が出れば全力で被害を訴える。

 例えば、役所勤務。貧困に苦しむ人の必死の訴えを無視して、渡された生活保護申請書類を受け取らずに落とし物として処理する。

 例えば、会社の経理。会社のお偉いさんに言われて、決済の数値をごまかし続ける。長期に渡って1500億円を超える粉飾決済。

 例えば、詐欺師。無料で安いパンを配り、石鹸を配りとしていくうちに、あれよあれよと言う間に高額の羽毛布団を契約させてしまう。

 例えば、会社員。例え妻や子供を愛していても、楽しみにしていた遊園地の日に、取引先から呼び出されれば出勤せざるを得ない。

 もう一度言うが、これらは決して良いとか悪いとかいうことではない。

 仕事というものは、そもそも個人的良心の外にあり、個人では制御できない悪や嘘といった領域をどうしても含むものなのである。だからこそ善悪の基準というものが極めて曖昧になる。

 個人的には正直者の立派な親であっても、会社という組織の一員として仕事をしていると自覚した瞬間に、二枚舌の大嘘つきになるなんてことは珍しくもない。むしろそのくらいのスキルがないといい成績を上げることができない。それが仕事というものである。

 YouTuberもまた仕事であるがゆえに、再生数を稼ごうとすれば、おでんもつつくし、共用のトングで牛丼を食べるし、宅配業者の営業所にチェーンソーを持って乗り込むこともするのである。再生数=お金を稼ぐためなら、他人に迷惑をかけても構わない。それは私達が素朴に「仕事」として認識している行為と地続きなのである。そのことが理解できなければ、なぜYouTuberが過激さに走るのかも、理解できないだろう。

*1:チェーンソーで宅配業者を脅した疑い 犯行動画を投稿し男逮捕(NHKニュース)http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170106/k10010830481000.html
*2:チェーンソー脅迫YouTuber逮捕、収入は7年半で約45万円 ネットは「勝者総取り」、参入はリスクだらけ(AbemaTIMES)http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170106-00010013-abema-soci
*3:“YouTuber”は何故子ども達の“将来の夢”になったのか?(ORICON STYLE)http://www.oricon.co.jp/special/48911/