「現実を変える力があるのは理想だけなんです」~「嫌われる勇気」の哲学者・岸見一郎さんに聞く - BLOGOS編集部

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※この記事は2017年01月01日にBLOGOSで公開されたものです

フロイト、ユングと並ぶ心理学の「三大巨頭」とされるアドラーが、いま日本で注目されている。ブームの火つけ役となったのは、ダイヤモンド社から出版された書籍「嫌われる勇気」だ。哲学者の岸見一郎さんとライターの古賀史健さんの共著である同書は、人生に大きな悩みを抱えた青年と、その悩みに答える哲学者の対話という形式で、アドラー心理学の本質をわかりやすく伝えている。

続編である「幸せになる勇気」も含めて200万部近いベストセラーとなり、2017年1月からテレビドラマも放送される「嫌われる勇気」。なぜ、いまの日本でアドラー心理学が人々の関心を集めるのか。その魅力はどこにあるのか。岸見さんにインタビューした。(取材・構成:亀松太郎)

日本社会が「アドラーの思想」に近づいてきた

――「嫌われる勇気」の発行部数は現在150万部、続編の「幸せになる勇気」も含めると190万部の大ベストセラーとなっています。ここまで大きな反響を呼んだのは、なぜでしょうか?

アドラーは1870年生まれ。夏目漱石(1867年生まれ)と同年代の心理学者です。明治元年が1868年なので、アドラーは明治時代の人物なのですが、その考え方は非常に新しい要素を含んでいます。なかなか時代が追いついてこないので、私は「アドラーは時代を1世紀先駆けしている」と言ってきました。ところが「嫌われる勇気」を出版したら、これだけ広く受け入れられた。ということは、いよいよ日本の社会がアドラーの思想に近づいてきているのではないか、という気がしています。

――どういうことでしょう?

「嫌われる勇気」の読者は若い人が多いのです。「大人のいいなりになっていてはいけない」という危機感が、若い人たちの間で強まっているのではないかという気がするのです。「大人のいいなりになっていたら自分の人生を生きられない」と考えるようになった若者たちが、この本を読んで、「嫌われることを恐れてはいけない。自分が言いたいことを言わなければいけないし、やりたいことはやらないといけない」と勇気づけられたのではないか、と思っています。

そのような考え方は、年長者の大人からみれば、社会の秩序や和を乱す行為として受け取られるかもしれません。でも、そういう偽りの秩序、偽りの調和は、誰かがいったん破壊しないと、本当の意味での「人と人との結びつき」は達成できない、と私は考えています。

この人と人との結びつきをアドラーは「共同体感覚」と呼んでいるのですが、本当の結びつきを達成しようとするならば、たとえ親子や上司・部下の間でも、おかしいと思うことがあれば、「それは違うんじゃないか」と指摘しなければならない。それによって一時的に摩擦が生じるとしても、最終的には、本当の人と人との結びつきにつながるだろう、ということです。そういう意識の変化が、あらゆる人間関係について起きつつあるのではないでしょうか。

――「おかしいと思うことはちゃんと言わなければいけない」ということが、本のタイトルにもなっている「嫌われる勇気」なのだと思います。ただ、実際に学校や職場で、はっきり自分の意見を言おうとすると、まさに勇気がいりますよね?

そうなんです。たしかに勇気がいりますね。実は、私のカウンセリングに来る人は、みな「いい人」ばかりです。別の言い方をすると、八方美人。みんなに「イエス」としか言えない人。だれに対しても異議を唱えないから、すごく「いい人」で、上司からみたら「いい部下」なのです。でも、それではダメだということで、上司に対して「それはどうなんでしょう、お言葉ですが…」と言える人が増えてくると、社会は変わってくるはずです。

実をいうと、先見の明がある上司は、遠慮しないで言うべきことを言える部下と関わるほうが面白いのだと気づきます。なんでも「イエス」という人と一緒に仕事をしても面白くないですから。

この「嫌われる勇気」という本は、ライターの古賀史健さんと編集者の柿内芳文さんと私の3人で、2年がかりで作ったんですけど、彼らは私の言うことを聞きませんでしたからね(笑)。私は原稿のゲラに赤を入れたら必死で直そうとしますが、彼らは、私が「これは違うんじゃないか」と言っても、自信があるからほとんど認めてくれない・・・。でも、そういう人と一緒に仕事するから面白かった。若い人のほうが、はるかに優れた感性を持っていると思うので、私は彼らをすごく尊敬していました。

上司と部下の関係も、上司が部下をもっと尊敬して、部下と対等な関係を持つようになれば、きっと変わってくると思います。でも、今は「偽りの上下関係」にとどまりたい上司もたくさんいます。そういう上司はたぶん、「対等な関係になったら部下に馬鹿にされるんじゃないか」と、恐れているんでしょうね。そして、部下が生意気だと思ったときに理不尽に叱りつけたり、押さえつけたりしようとするんですが、これはアドラーの言葉でいうと「劣等感の裏返し」なんですね。

上司と部下というのは役割の違いであって、人間としての上下を意味しているわけではありません。上司の立場にある人たちがそう気づき始めると、社会がずいぶん変わってくると思いますが、いまは若い人のほうが先に目覚めている感じがします。

上司が部下をほめるのは「家来」にするため

――「嫌われる勇気」の中では、人と人の対等な関係を「横の関係」と呼んでいて、すべての対人関係を「縦の関係」ではなく「横の関係」にしていくのがよいと提唱しています。しかし、日本語には「敬語」があるので、上司と部下の関係を「横の関係」にするのは難しいのではないか、とも思うのですが?

面白い視点ですね。「嫌われる勇気」のドラマのなかでも「先輩・後輩と呼ぶのはやめてくれ」というシーンが出てきます。「横の関係」を築くために、上司を役職で呼ばないで「さん」づけで呼ぶとか、「○○先輩・後輩」と呼ばないようにするという工夫もありうるでしょう。ただ、敬語自体が大きな問題なのではなく、意識の問題ではないかと思います。意識さえ変われば、敬語の存在は、それほど問題にならないはずです。

あえて言えば、上司が部下に対して「敬語」を使ってみるというのも良いかもしれません。たとえば、上司が「コピーをとってこい」と言うのではなく、「コピーをとっていただけませんか」と言ってみるのです。私は、親子関係について話すとき、「子どもに敬語を使いましょう」と勧めています。

部下や子どもになにかをしてほしいとき、「なになにしろ」と命令形の言葉を使うのではなく、「なになにしてくれませんか」と疑問文にしてみる。あるいは、「なになにしてくれると助かります」という仮定文を使ってみる。それぐらいの表現の工夫はあってもいいかなと思いますね。

――アドラーの考え方によれば、上司が部下を「叱ること」が良くないのはもちろん、「ほめること」もすべきではないとされていますよね。しかし、部下をほめるというのは、一般的に良いことだと考えられていると思うのですが・・・

上司が部下を「ほめる」という行為には目的があります。それは部下を自立させないということです。部下に出世や報酬をちらつかせて、自分の家来を作ろうとしているのです。自分の勢力を職場の中で広げていくときに使う方法が「部下をほめる」ということです。

基本的に、ほめるという行為は上下関係を前提にしています。上の立場にある人が下の立場の人を評価するという側面があるのです。

たとえば、私のカウンセリングにある時小さな子どもを連れてくる女性がいて、1時間のカウンセリングの間、3歳の女の子が静かに待っていたことがありました。そのような場合、普通、親は「えらかったね。よく待っていたね」とほめるでしょう。でも、もし同行してきたのが、彼女の夫だったとしたら、カウンセリングが終わったあとに「えらかったね」とほめるでしょうか。もし妻がそんなことを言ったら、夫は馬鹿にされたと思うでしょう。

つまり、ほめるというのは「上から目線」なのです。能力のある人が能力のない人に、あるいは、偉い人がそうでない人に、上から下にくだす評価の言葉が「ほめ言葉」です。上司の場合は、部下との間に「主人・家来関係」を作るために、部下をほめるのです。

子どもの教育に「叱ること」は必要ない

――上司・部下の関係だけでなく、親子関係においても、叱ったりほめたりするのは良くないことだと、アドラーは言っているようです。でも、「子どもをほめたり叱ったりするのが教育だ」と考えている人が多いのではないでしょうか?

たしかに「子どもを叱ることは、しつけに必要だ」と言う人は多いですが、アドラーは子どもの教育においても、叱ることやほめることを否定しています。その具体例として、私自身のエピソードを紹介しましょう。

私の息子が2歳のときの話です。ある日、息子がミルクの入ったマグカップを手に持って歩き出しました。まだ足腰がしっかりしていないので、次の瞬間に何が起こるかわかります。こういうとき、「ちゃんと座って飲みなさい!」と叱る親がいます。そして、もし子どもがミルクをこぼしたら、慌ててふいてしまう。でも、そうすることで、子どもが学ぶのは「無責任」です。つまり、自分が何をしても、親が自分の尻ぬぐいをしてくれるということを学んでしまうのです。

私の息子の場合はどうだったかというと、予想通り、ミルクを畳の上にこぼしてしまいました。ただ、私はすぐに畳をふくのではなく、子どもに「どうしたらいいか、知ってる?」とたずねました。質問に答えられなかったら、私は答えを教えるつもりだったのですが、息子は「知ってる」と言いました。「どうしようと思っているの?」と聞いたら、「雑巾でふく」と言いました。「じゃあ、雑巾でふいてくれますか」。私がそう言うと、息子は雑巾で畳をふいてくれました。そこで、私は「ありがとう」と言ったのです。

子どもがミルクをこぼしたのに、なぜ「ありがとう」と言うのか。そう思う人もいるかもしれませんが、これは、子どもが失敗の責任を取ってくれたことに対する「ありがとう」です。もし子どもが責任を取れなかったら、親が代わりに取らなければならない。でも、子どもがちゃんと自分で責任を取ったことに、親は「ありがとう」と言うのです。同時に「ありがとう」という言葉を伝えることで、子どもには、自分が役に立てたという「貢献感」を持ってほしいのです。

――それは「ほめる」のとは、違うわけですね?

違います。「ありがとう」という言葉は、対等な「横の関係」で使われる感謝の言葉です。それにより、子どもは自分が誰かの役に立てたという「貢献感」を持つことができ、自分に価値があると思うことができる。自分に価値があると思えた子どもは、対人関係の中に入っていく勇気を持つことができる。アドラーは、このことを「勇気づけ」という言葉で説明しています。

大事なポイントは、決して放任主義を勧めているわけではないということです。子どもには自分で責任を取ってほしいのです。子どもでも、自分がした失敗の責任はちゃんと取らないといけないのです。このあたり、アドラーは厳しい。だから、2歳の子どもにも、きちんと雑巾でふいてもらうのです。

さらにこの場面で、もし感情的に傷ついたとしたら、子どもに謝ってもらいます。ただ、ミルクをこぼしたからといって私は傷つかなかったので、謝る必要はありませんでした。

人が失敗したときの責任の取り方は、三つあります。一つ目は、可能な限りの原状回復。この場合でいうと、こぼれたミルクを雑巾でふくことです。二つ目は、感情的に傷ついた人がいれば謝ること。もう一つは何か、わかりますか?

――なんでしょうね・・・

失敗というのは、人が成長していくうえで大事なことです。子どもはもちろん、会社でも、部下が失敗したときにこそ、たくさんのことを学べます。でも、同じ失敗を二度、三度、繰り返すことは具合が悪い。そこで、失敗したときの責任の取り方の三番目は何かというと、それは、同じ失敗をしないための話し合いをすることなのです。

――なるほど。

私は2歳の息子にこう聞きました。「これからミルクを飲むとき、こぼさないためにはどうしたらいいと思う?」。もし答えられなかったら、答えを教えるつもりでした。でも、息子はちょっと考えてから言いました。「これからは座って飲む」。

――正解ですね。

私は「じゃあ、これからは座って飲んでね」と言いました。ここまでのプロセスをみてみると、私も息子も、まったく感情的になっていません。叱る必要なんて全くありません。叱らなくても、子どもは自分で責任をとり、失敗しないためにどうしたらいいかという話し合いをすることができる。

職場の上司と部下の関係もまったく一緒です。部下が失敗したとき、頭ごなしに叱りつけたって、何もいいことは起こらない。それどころか、部下から逆恨みされて、逆効果になるだけかもしれません。

「叱ることは子どものしつけに必要だ」と言っている親がいる限り、児童虐待はなくならないでしょう。それは、親が自分を正当化するための口実でしかありません。子どもが気に入らないことをして、親がカッとなったときに「これは教育なんだ。しつけなんだ」と言いたい親がいるだけなのです。言葉で叱責すること自体が虐待なんだということに、気づいてほしいと思います。

一度決めたことは最後までしなくてもいい

――「嫌われる勇気」を読んで、親子関係を「横の関係」にしていこうと考える人もいるでしょう。ただ、現在の日本の学校では、まだまだ「縦の関係」が重視されています。そうすると、家庭と学校で人間関係のあり方が違うので、子どもは混乱してしまうのではないでしょうか?

私には子どもが二人いますが、アドラーの思想にならって、家庭では完全に「横の関係」にしました。彼らが学校や職場に行くと、たしかに「縦の関係」ですが、そこで大きな混乱が生じたかというと、まったくないですね。どこか冷めているみたいです。感情的になって叱り飛ばす先生がいても、そんなことではびくともしない。自分を対等に見ている大人がいることを知っているからです。

――そうなんですね。

なかには「学校や職場は『縦の関係』だから、子どもは叱られることに慣れたほうがいい」と主張する人もいますが、「横の関係」を知っている人は、たとえ自分を下に置こうとする教師や上司がいても、まったく動じません。なぜ、この人はこういう態度に出るのかを知っているからです。それは、「劣等感の裏返し」なんだ、と分かっているのです。対等な「横の関係」で育ってきた人は、教師や上司に対してもきちんと言いますよ。「そんなふうに感情的にならずに、普通に話してもらっていいのですよ」と。

上司のほうは、それまで「縦の関係」が当たり前だったので、そういう若者と接すると非常に驚きます。でも、なかには「この部下に対しては虚勢を張らずに普通にしていてもいいんだな」と気づく上司もいます。そのほうが、背伸びしたり、自分を大きく見せたりしなくてもいいから楽だからです。そういうことに気づいた上司と部下は、対等な「横の関係」になることができます。さらに、その上司がほかの人との関係についても「横の関係」にしていくということはよくあります。

――「横の関係」を徹底して重視するアドラーの考え方に対しては、「理想主義にすぎないのではないか」という指摘もあるようですね。

実は、アドラーの考え方は全部理想なのだとも言えます。こうあるべきだ、かくあるべきだということを語っているわけですから。でも、現実を変える力があるのは、理想だけなのです。たとえば、この「嫌われる勇気」を読んで、対等な「横の関係」というものを築いていくべきだということに気づいた人は、現状の対人関係がそうではないとわかっても、そこにとどまることはないはずです。たった一人でも、できるところから変えていけばいい。そういう現実の行動につながっていくのが、アドラーの思想だと思います。

――最初に「嫌われる勇気」の読者は若い人が多いという話がありましたが、いま若者の間で問題になっているのが、いわゆる「ブラック企業」です。最近も、長時間労働などの末に自殺に追い込まれた電通の新人社員のニュースが、大きな話題を呼びました。会社で苦しんでいる若者は、どう考えればいいでしょうか?

まず、若い人には、自分が所属している共同体が唯一絶対ではないということを知ってほしい。受験や就職で順調にきた人は、壁に突き当たったときに「いまさらここで断念してはいけない」と思ってしまうことがあります。でも、我々は「生きるために働いている」のであって、「働くために生きている」わけではない。幸福に生きるために働いているのであって、その逆ではないということですが、そこが逆転してしまう人が多いですね。会社という共同体が唯一のものではないと気づいてほしいと思います。

もう一つは、一度決めたことは最後までしなくてもいいんだということですね。会社に入ってみたけど「ここは自分の居場所ではないな」と思ったとき、最初の決断を翻す勇気をもってほしい。日本人は一度決めたら最後までやり続けないといけないと思いがちです。哲学者の鶴見俊輔はそれを「サムライ的正義感」と呼びましたが、かつての戦争も、勝てないとわかっているのにやめられなかった。日本では「一度決めたら最後まで」というのが美徳とされていますが、それはウソなんだということを知ってほしい。

アドラーは、決断を覆すことの重要性も教えています。自分でいったん決めたことであっても、周囲の状況が変わったり、自分の判断が間違っていたと分かったりすれば、その決断を覆してもいいのです。それは勇気がいることですが、すごく大事なことだと思います。

――新卒で就職した若者にとっては、いったん入社した会社を離れるのは大きな決断でしょうね。

ある時、私のところにカウンセリングにやってきた若者がいました。彼は4月に東京の一流企業に就職したのですが、5月にやめたのだそうです。「なぜやめたのか」と聞いたら、理由が二つありました。一つは、飛び込み営業を命じられたけど、うまくできなかった、と。一流大学卒で、それまでの人生ではつまずいたことがなかったので、初めての挫折だったのです。

もう一つは、先輩や上司を見ていて「自分もあんなふうになるのか」と幻滅してしまったのだ、と。少しも幸せそうではないと感じたのだそうです。世間でどんなに一流企業と言われていても、自分の人生をふいにしてはいけないと思って、入社1カ月でやめてしまったのです。

こういう若者に対して、多くの大人は飽きっぽいとか、意志が弱いとか言うでしょう。でも、私は決断力があると思うのです。もちろん、ケースによっては、ただ嫌なことから逃げているだけという場合もあるかもしれません。でも、いまの多くの若い人たちはまじめすぎて、それが電通で起きたような悲劇につながっているのではないでしょうか。だから、「ここにいてはダメだ」と思ったときに、自分からやめられる決断力を若い人には身につけてほしいと思います。

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