「プレミアムフライデー」が非現実的である理由 - 平野和之(経済評論家) - BLOGOS編集部

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※この記事は2016年12月31日にBLOGOSで公開されたものです

アベノミクス最大の焦点だった規制緩和による成長戦略を振り返る

アベノミクスがロケットスタートした2012年秋から2013年頃、三本の矢の1本目である金融政策は異次元緩和で株高を演出したが、現在は出口戦略が見えず中毒気味の状態である。2本目の矢である財政政策は、公共投資に重点を置いた結果、建設コスト上昇、将来財政負担のリスク増大、消費増税で、個人消費の減少・内需の停滞を招いている。

そして、3本目の矢であった規制緩和による成長戦略。1本目と2本目の矢は時間稼ぎの意味合いが強く、中長期で持続可能な経済を維持できるかどうかが、この三本目の矢にかかっており、アベノミクスの最大の焦点でもあった。中でも①医療、介護②農業、③労働という3つの分野において、「票田となる団体の反対運動に打ち勝って矢をうちこめるか」が注目されていた。

結果は、4年たったが、①医療、介護は基本、規制にしばられたまま、②農業は、小泉進次郎氏の涙に象徴されるような骨抜き状態。③労働改革は、そもそも民進党などリベラルの支持基盤である労働組合も現在では、与党の票田にもなりつつあることから解雇基準などはとん挫したままとなっている。そして、物価上昇率2%、経済成長率2%の世界のゴールデンルールは未だ達成されていない。

働き方改革を実現する前に、労働力をどう確保するのか

日本は、少子高齢化、人口減少の状態にあると耳にタコができるほど聞かされてきた。そして、今では労働力不足となっている。完全失業率は、完全雇用ともいわれる3%だが、最低賃金は、東京都で907(来年は932 )円に対して、地方では700円台が主流となっている。

労働力不足は、特にサービス産業において顕著であり、有効求人倍率も平均の1.43に対し、介護などの公共セクター等では地域によっては5以上(介護の全国平均は2.8以上)もざらとなっている。その一方で、事務は一般事務では0.25倍程度などムラが激しい。

国税庁調査では平均年収は415万も男女別では、男性514万、女性272万円であり、一番多い中央値は350万円程度。中身を見ると正規社員は477万円平均だが、非正規は169.7万円であり、有効求人倍率には非正規も含まれている。

世界各国、低賃金労働者が失業率を押し下げ、平均賃金も押し上がるが、生活は苦しい。一方、中間層は求人も少なく、賃金も下がっているが、生活水準を切り下げられず苦しい。コンピュータ化・IT化による労働生産性向上が世界各国の格差問題を引き起こしているともいえる。 

移民を受け入れにくい鎖国主義的な日本という島国の歴史に加えて、頻発しているテロの恐怖、欧州の反EU、アメリカのトランプ現象の排他主義時代という要素を考慮すれば、移民の受け入れは極めて難しい政策だといえる。

移民制度をとらずに、労働力不足をどう補うか。人口減少が進めば1.27億人の日本の人口はいずれ1億人割れ(一応国は1億を死守するとは言っているが)へと突入するため、一人当たりの労働生産性を高めるしかない。現状でも日本の労働生産性は、サービス産業ではアメリカの半分であることから、生産性向上を強化すべきといった提言がなされている。

日本のサービス産業の労働生産性が低いのは当たり前である。その背景には、IT化が進んでいないことがあるといわれているが、それ以前に、小規模サービス業者が多すぎることがある。日本の法人は385万社、99.7%が中小企業と言われるが、個人事業主等も合わせると、2倍程度ある。商店街は1店舗1オーナーというようなサービス業が数えきれないほどある。IT化を進めても結果は変わらないサービス業が多いことが、サービス産業の労働生産性が低い主因と考えられる。

サービス産業の中でも例えば、目に見える小売店、外食店舗などは過当競争に陥り、そのブラック経営のひずみが労働者に及んでいる。昨今起きている、ブラック労働の労災もサービス産業に集中している。また、大企業などにおいては、金融サービス、グローバル企業などは本社を海外に置き、日本の労働規制から免れて、規制の緩いアジアの労働条件で働かせているケースも多々ある。

プレミアムフライデーは、良くも悪くも“ブラックフライデー”

こうした現状の中、日本のGDPの7割を占めるサービス産業の労働生産性を高めることができるのか。サービス産業の労働生産性を高めれば、経済成長率も高まっていく。政府が進める政策の目玉の一つであるプレミアムフライデーが掲げる働き方改革推進は、サービス産業の労働生産性を高めるという目標とは逆行する“ブラックフライデー政策”だろう。

経済産業省や経団連、小売り、旅行業界などで構成されるプレミアムフライデー推進協議会が、毎月、月末の金曜日に消費を促す「プレミアムフライデー」の開始の発表をした。強制ではないが、月末の金曜日の3時退社をうながしていくという方針で、開始は2017年2月24日ということになっている。

強制ではない協力要請という形で、国が経営に口出しするのもいかがかと思うが、企業の自助努力の労働生産性向上、働き方改革が進んでいないことにメスを入れようという姿勢を評価する向きもある。

そもそも、プレミアムフライデーによって「消費喚起か?」「労働改革か?」という話が、いつのまにか一石二鳥を狙ってしまっている感が否めない。ここでは、一つずつわけて考える。

リーマンショック後の個人消費を支えたのは、女性とシニアである。節約疲れの中でも、女性の個人消費、特に記念日、イベントにメリハリをつけて消費する文化が定着していった。バレンタインのマイチョコやお歳暮・お中元のマイギフト、働く女性の自分へのご褒美の文化…。こうした動きを広げようといつの間にかハロウィンのようなイベントも定着した。

もう一つの世代であるシニアは、リーマンショック後、年金者は我慢生活を強いられたが、年金という景気の変動を受けにくい世帯は、底堅く消費をした。今では、個人消費の4割がシニアとなっている。最近では3世帯消費としての家族ぐるみの記念日が、イベント消費を牽引している。ハロウィンがいつの間にか、市場規模、経済効果でホワイトデーを上回ったのには、シニアを交えた3世帯消費を促進できたことが大きいと考えられる。

さらに、アメリカのハロウィンの歴史、文化すら知らない若者に、SNSで拡散し、仮装行列などが、逆輸出型イベントとして定着したことも、イベント=消費喚起の日となった。日本のハロウィンは、まさに小売りなどサービス業界が主導して消費を促進できた最高のサンプルである。

話を少しずらすが、自動車ディーラーは、一般的に3月と9月に決算セールを行い、安売りをすることは皆さんもご存知であろう。決算セール時はメーカーも補助金、販売奨励金を出すなどの工夫をしている。しかし、それ以外の月もディーラーは売らなければいけないので、月ごとにセールストークが存在する。

例えば、12月はクリスマス、1月は初売り、4月は新入生、新学期、新年度、5月はGW、6月は梅雨、7月はボーナス、8月はお盆休み、9月は中間決算…と要は毎月キャンペーンなのである。

こうした小売業で最もお金が動かないのが2月。だから、プレミアムフライデーのスタートも2月なのだろう。(最近では中国爆買いの春節需要はあるが)

今年はアメリカのブラックフライデーに対抗し、日本でも一部11月に日本版ブラック(儲かる黒字の意味)フライデーを実施したが、11月は、12月に向けて消費が上向く傾向はあるものの、ボジョレーなどのイベントは小粒なため、毎月キャンペーンの一つにしたいのではないかと考えられる。

こうした観点から、プレミアムフライデーの行きつく先は、毎月記念日を作り、毎月消費を促したいサービス業界のセールストークになると考えられる。あの手この手で消費を喚起するのは経営努力であり、ぜひともどんどん増やしてほしいものだ。

これだけであれば、業界の知恵や工夫なので大いに結構であり、やるべきと思うが、政府としてこれを促進するありかた、内容についてはどうだろうか。

まず、日本の99.7%を占める中小企業、中小企業従事者から「月末のくそ忙しい時に3時退社なんて、公務員のお前らが中小企業で働いてやってみろ」という悲鳴が聞こえてくる。

ハードランディングとして、労働生産性を高める簡単な方法は、中小企業をダイナミックに破たんさせることだ。しかし、大量の失業者と金融危機を引き起こすことになる。そんなことはできないので、中小企業や経営が苦しい会社にも配慮するなら、百歩譲って月初に「プレミアムファーストデイ」を実施というような形になるのではないだろうか。

この協議会にも多くのサービス業界が参加しているので、月末は追い込み、稼ぎたいから、プレミアムフライデー、3時退社を提案したのだろう。しかし、結果は、サービス業界が忙しくなり、サービス残業が発生するブーメランになりかねない。

政府の働き方改革、労働生産性を高める政策は、財政出動と規制の強弱においてやるべきである。金かけずに、既得権益にメスを入れずに企業に負担を求めた結果、従業員の負担が増える可能性が極めて高い。

仮に、大企業でプレミアムフライデーを実施し、3時退社を実現しても、賃上げ率が0.3%(50万月平均なら月1500円程度)では家へ帰るしかない。効果も本当に限定的だと考えられる。プレミアムフライデーは、エブリマンスブラックフライデー、そして、いずれは、需要の先食いイベントばかりのような方向になるかもしれない。

労働力不足を補うためには中間就労制度の拡充が必要

労働力不足を補うためには、シニアと専業主婦の労働参加しかない。そのための施策として、持論だが、シニア、専業主婦などの短時間限定の最低賃金を500円からにするなどの中間就労制度の拡充が挙げられる。

以前、政府関係者と食事をした際に、この話をすると「選挙落ちて、65歳になったときの俺が時給900円、大学生が900円だったら、そりゃシニア雇わないわな。でも、1時間500円なら雇ってくれるし、シニアも年金あるからそのくらいでもうれしい所得、さらに、活動することによる医療費抑制にも効果もあがるな」と言っていた。単純に私がほしい制度はこれだった。

この施策は、年金減額不安などの解消にも寄与する。将来不安の解消は、個人消費の喚起にもつながっていく。また、長時間労働の是正については、会社の残業手当増額より、残業削減、廃止減税が有効だと考えている。加えて、中小企業では、有給消化買取財政出動や減税などの政策で個人消費喚起と働き方改革を促進すべきだと思う。

働き方改革、個人消費底上げの賃上げ、格差是正等は与野党ともに取り組んでいる課題だ。その結果、最低賃金ばかりあがるが、中間層の給料は上がらずといった状態になってしまっている。「最低賃金を下げろ、または廃止しろ」という暴論こそ労働改革かもしれない。最低賃金だけが労働改革なわけでもないのが、中間層をどう増やすかはまたの機会があれば・・・。