「アーティストたちはテレビに出ることを選び始めた 」音楽ジャーナリスト・柴那典氏が語る「NHK紅白歌合戦」 - BLOGOS編集部
※この記事は2016年12月29日にBLOGOSで公開されたものです
今年で67回目を迎える、「NHK紅白歌合戦」。和田アキ子の落選、RADWIMPSの初出場など、今年もその出場者をめぐって様々な憶測が飛び交っている。いま「紅白」に何が起こっているのか。新書『ヒットの崩壊』を上梓した音楽ジャーナリスト・柴那典氏に話を聞いた。【野呂悠輔・村上隆則(BLOGOS編集部)】
アーティストはテレビに出ることを選び始めた
―― まず始めに、今年の紅白出場歌手の顔ぶれについて聞かせてください。
柴那典(以下、柴):率直に言って、とても順当な顔ぶれだと思いました。私は今年の紅白の顔ぶれを見るにあたって、4つの切り口があると考えています。
一つ目は言うまでもなく、宇多田ヒカルさんです。宇多田さんは今年、「花束を君に」でNHK朝ドラの主題歌を担当し、番組「SONGS」で復帰後初の歌唱を行い、さらにアルバム「Fantôme」をリリースしました。
そして、「Fantôme」が2016年を代表する音楽アルバムであることは多くの人が認めると思います。これまでずっとリリースが待たれていて、さらに作品の質でも圧倒的な評価を得た。そういう意味で、彼女は今年を象徴するアーティストだと思っています。
宇多田さんは日本を代表する才能であり、いまの日本の音楽シーンにとって「宝」でもある。私は、そういった才能を囲い込みしてほしくないという気持ちがあって、堂々とテレビに出てほしい、みんなのものになってほしいという思いがあります。今年の紅白に出るか出ないかは、当然、宇多田さんの側が主導権を握っていたとは思うのですが、一ファンとしても、出場を選んでくれてうれしいですね。
二つ目はRADWIMPSです。彼らが紅白に出場するのは、『君の名は。』のメガヒットがあったからだという見方はもちろんできます。ですが、RADWIMPSの側にもテレビ出演への意識の変化があったのは間違いないと思います。
RADWIMPSは今年でデビュー12年目になりますが、デビューしてから10年くらいは地上波テレビへの出演は避けてきました。この背景には、90代末~ゼロ年代後半、アーティストにとって、「テレビ」というものがとてもストレスフルな環境だったことが挙げられます。当時、影響力の強かった歌番組、例えば「HEY!HEY!HEY!」や「うたばん」は、アーティストを「イジる」ことで視聴率を獲得していた。つまり、アーティストが持っている芸術性や才能を評価するよりも、身近な「愛すべきキャラクター」を見せるような番組の作り方をしていたんです。
―― 一時代を築いた番組ばかりですね。
柴:もちろん、このやり方で売れた人もいるので、功罪両方あると思います。ですが、真摯に音楽をやっているアーティストにとっての90年代~ゼロ年代後半は、音楽番組に出て知名度を拡げるより、自分たちのファンとライブで1対1でちゃんと向き合うことのほうが大事な時代だったわけです。でも、ここ5~6年で、SNSの方がテレビより強くなるという変化が起こりました。これは『ヒットの崩壊』の中で、フジテレビで『FNS歌謡祭』『FNSうたの夏まつり』を担当した浜崎綾さんが言っていることですが、「テレビはメディアの王様ではなくなった」んですね。
つまり、テレビへの出演がヒットの火付け役になるのではなく、すでにネットでバズが起こっているもの、あるいはライブの現場で確固たる地位を築いている人たち、そういった「局所的な熱狂」をテレビという場で「紹介」するように変わっていった。テレビとネットやライブの関係性が変わったことで、RADWIMPSやBUMP OF CHICKENといった、これまでテレビに出ることを選んでこなかったアーティストたちが、テレビに出ることを選び始める新たな流れが生まれています。
そして三つめのポイントは、欅坂46、乃木坂46が出演する一方、ここ数年出場していたSKE48、HKT48、NMB48といった地方のグループの名前がなかったことです。ここから紅白側が、2016年は、AKBというグループアイドルに関して、「勢力図の変化があった」ことを踏まえた選択をしたと見ることができる。
ここ5、6年で、テレビの技術の進歩によって、大人数を一つの画面で鮮明に映すことが可能になりました。それに伴い、数十人単位のダンスポップグループがひとつの「王道」であり続ける時代が訪れた。ですが、それらが定着、成熟し、世代交代するというひとつのタームに入っていることを、SKE48やHKT48、そしてEXILEが出演しなくなったことが象徴していると思います。
紅白は演歌から遠ざかっているのか?
―― 落選した歌手も話題になっています。
柴:紅白は、「出場しなくなった歌手」に注目することで見えてくるものがあります。2013年に北島三郎、2015年に森進一、そして今年は細川たかしが紅白からの引退を発表し、さらに和田アキ子が不選出でした。これまで常連だったベテランの大物歌手が少しずつ紅白を離れている、これが最後のポイントです。
紅白歌合戦は、「今年の活躍」、「世論の支持」、「番組の企画演出意図に合致するか」、という3点を出場歌手の選出基準としているらしいのですが、年々、明らかに「今年の活躍」の占めるウェイトが大きくなっています。つまり、いかに顔や名前が知られている人でも、「今年活躍しなかった人」は、選ばれなくなっている。ただし、このことは、紅白が演歌から遠ざかっていることを意味しないんです。これは多くの人が見逃している部分です。
市川由紀乃という名前に注目して下さい。彼女は今年初登場なんですが、今年4月に「心かさねて」という曲をリリースし、これを9万枚売っています。つまり、下手なポップスのアーティストより断然、数字、枚数を持っている。「アイドル」、「ジャニーズ」、「ダンス&ボーカルグループ」、「シンガーソングライター」、「ロック」といったカテゴリがある中で、市川由紀乃さんは「演歌」というカテゴリの中の人気者の一人なんです。彼女の名前を、おそらく多くの人は知らないでしょう。でもそれは、「演歌」というカテゴリにいる人がAAAの人気を知らないのと同じことです。
そういう意味で紅白は各カテゴリの人気者をきちんとピックアップしていると考えられます。知らない名前が増えているように感じられるとすれば、その理由はそれぞれのカテゴリがタコツボ化しているからです。
――紅白のあり方について、ここ数年で変化はあったのでしょうか。
柴:私は紅白歌合戦の構造や構成、作り方、見られ方は、2010年以降、ガラリと変わっていると思っているんですね。その変化は、「紅白」が「世の中の人々が最もtwitterをしながら見る番組」になったということです。
年間の視聴率ランキングを見ても、サッカーワールドカップが1位の年以外は、常に紅白が年間1位です。そして、紅白はサッカーと同様、「5分に1回必ずツイートしたくなる何か」が起こる。その意味で私は、紅白が「テレビを観ながらSNSに投稿する」という「複合的なメディア視聴」に最も対応している番組という印象を持っています。そしてもちろん今年も、それを番組の構成から狙ってきているのがわかります。
―― 一方で、毎年視聴率が低下していることもあり、メディアからはたびたび厳しい目を向けられています。
柴:もちろん、紅白の視聴率が年々下がっているという事実はあります。でもこの理由は明白です。それは、年末のカウントダウンを外で過ごす人が増えたからなんですよね。音楽ライブに限らず、カウントダウンイベントそのものが増えた。相対的に家にいる人が減っているわけです。これもここ5~6年に顕著な「動員の時代」への変化の必然だと思っています。
プロフィール
柴 那典(しば・とものり)1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立。雑誌、ウェブ、モバイルなど各方面にて編集とライティングを担当し、音楽やサブカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー、記事執筆を手がける。新刊『ヒットの崩壊』が好評発売中。
・ブログ:日々の音色とことば・Twitter:@shiba710