「“決断”が必要な政府関係者こそ見るべき映画」-田原総一朗氏、猪瀬直樹氏が語る日本の“意思決定” - BLOGOS編集部PR企画
※この記事は2016年12月16日にBLOGOSで公開されたものです
12月8日に行われた映画『アイ・イン・ザ・スカイ-世界一安全な戦場-』(12月23日公開)のトークイベントに、ジャーナリストの田原総一朗氏と作家の猪瀬直樹氏が登壇した。
本作では、ドローンが活躍する現代の戦争の実態と、少女を犠牲にしてでもテロリストを撲滅すべきか、という正義とモラルの間で揺れる意思決定が描かれている。
鑑賞した両氏から、映画の感想や太平洋戦争時における日本の意思決定についての分析などのトークが飛び出し、白熱したイベントの様子をお伝えする。(BLOGOS編集部PR企画)
東条英機は開戦を“決断”していなかった
―今回の映画「アイ・イン・ザ・スカイ-世界一安全な戦場-」では、現在の世界の情勢を描いていますが、今日という日(※12月8日)も歴史的に大きな1日ですね。
田原総一朗(以下、田原):今日は真珠湾攻撃の日なんですよ。
猪瀬直樹氏(以下、猪瀬):皆さん終戦記念日が8月15日というのは知っているけど、戦争が始まった日を意外と知らないんだよね。
田原:僕は、昭和16年の12月9日に、当時のNHKがラジオで朝からバンバン「真珠湾で大戦火」と報じていたのを覚えています。その頃、僕は小学校一年生でした。開戦当時は、「このまま勝つんじゃないか」と思わせるような雰囲気でしたよ。
猪瀬:僕は35年前に『昭和16年 夏の敗戦』という本を書いたんです。戦争が終わったのは昭和20年なのに、なぜ『昭和16年 夏の敗戦』なのか。
戦争に負けるのであれば、始めなければいい。みんな「8月15日に負けた。そして、日本は廃墟から立ち上がった」という話ばかりするから、「なんで始めたんだろう?」と僕は考えたんです。
田原:この本は素晴らしい本ですよ。自民党の石破茂さんが、事あるごとにこの本の宣伝をしてるぐらいです。
猪瀬:石破さんは、第一次安倍内閣の時に「『昭和16年 夏の敗戦』を安倍さんは読んだか?」という質疑を国会でやっています。それから、菅直人内閣の時にも「これ読んだか?」とやっている。
また、1年ぐらい前に、民進党の細野豪志が『昭和16年 夏の敗戦』を出して「安倍さん、これ読んだか?」とやっていますね。それに対して、安倍さんが「読んだと思います」と言っていました。直接渡したこともあるので、読んでくれてはいると思います(笑)。
田原:ちょっと中身を説明してもらえるかな。
猪瀬:日本は、昭和16年頃に30代前半の人達を25~30人集めて「総力戦研究所」という機関を作っているんです。
メンバーは、財務省のキャリア官僚や、現在の共同通信にあたる同盟通信の記者、日本銀行、日本郵船、海軍、陸軍の若手といった面々です。霞が関の事務次官候補や、企業の経営者候補なども含まれていました。
そうやって作られた「総力戦研究所」で、それぞれ自分の役所や会社から資料を持ち寄って、「アメリカと戦争したらどうなるか」というシミュレーションを徹底的にやらせました。
そうすると、結局3年半か4年ぐらいで日本が負けるという結果になった。そして、実際の戦争も原爆の投下以外はすべてシミュレーション通りになった。それで『昭和16年 夏の敗戦』というタイトルにしたんです。
田原:しかも、この結果を、当の陸軍大臣の東条英機に報告しているんですよ。
猪瀬:当時、東条は近衛内閣の陸軍大臣でした。その後、すぐに総理大臣になるのですが、9月ぐらいに官邸に呼ばれて、総力戦研究所の「負ける」という報告を受けているんです。
その時、東条は「戦争というのは、日露戦争もそうだが意外なことが起きる。だから、机上の空論ではないんだ」と言ったそうです。
その後、10月に東条内閣が発足します。これまで、東条は開戦派でしたが、昭和天皇に「この流れを止めてくれ」と言われてしまう。そのため、政府と軍部の連絡会議を作って、そこでも「本当にアメリカと戦争したらどうなるか」というシミュレーションをしたんです。
それは、「総力戦研究所」がやったものと同じシミュレーションなのですが、結局時間切れになって開戦してしまうのです。
田原:元々、昭和天皇は戦争を止めさせるために、東条を総理大臣にしたんですね。
猪瀬:昭和天皇は「虎穴に入らずんば虎児を得ず」と言いました。つまり、リスクをとって、東条という開戦派の急先鋒を戦争反対に持っていこうとしたんです。東条は昭和天皇に対して忠誠心があるから、昭和天皇の意に沿うように、一生懸命まとめようとするんだけど、まとまらない。
田原:意外なことに、東条は戦争をしようと思っていなかったんですね。昭和天皇の意に沿って、戦争を止めようとするんだけど、うまくいかなかった。
猪瀬:実際に東条は、国会で「お前ひよったのか!」といったヤジを飛ばされる。つまり、当時は“空気”が先に行ってしまっているわけです。
田原:僕は20年ぐらい前に、東条家に取材に行きました。その時に、東条さんのお孫さんが手紙、ハガキを何千通持ってきて、見せてくれたんです。読んでみると、「馬鹿野郎」「意気地なし」「卑怯者」「早く戦争しろ」と書いてある。つまり、国民が戦争を始めない東条を「意気地なし」と批判していたんです。
猪瀬:学校の教科書では、ステレオタイプなことしか教えません。しかし、歴史というのは、踏み込んでみないと分からない部分もあるわけです。実際に開戦を決断した東条は、「戦犯」と言われています。元々開戦に積極的だった人間ですから、その通りではあるのですが、それでも一度開戦を防ごうとした上で、押し切られてしまうという流れがあるわけです。
実際、僕も35年前に『昭和16年 夏の敗戦』を書いた時、ある出版社の年配の編集者から「キミは東条の味方かね?」と言われました。本を読めば、僕が東条の味方ではないことはわかるのですが、そうした発言をするのが“進歩的文化人”といった空気が当時はありました。戦後の教科書の影響もあって、日本全体がそうだったと思います。
決断の“たらいまわし”が今作の見どころ
田原:東京裁判で、アメリカの検事は東条に「天皇から指示されたのか?」と問われた際に、「違う!俺が決めた」と主張しています。つまり、東条は自分が戦犯になることで、天皇を救ったわけです。
しかし、当時の朝日新聞や毎日新聞は、東条をボロクソに書いている。新聞というのは、そういうもんなんですよ。いつも時の権力にゴマをする。当時の権力である占領軍にゴマをすって、東条の悪口を言う。今と同じですよ。
―しかし、実際に開戦した時には、誰かが決断しているわけですよね?
猪瀬:問題はそこなんですよ。まさに今回の映画に関わってくる部分なんですが、例えば、決断しなくても会議が終わってしまう時がありますよね?
それと似たようなものなんです。結局、東条内閣は軍部と政府が別々なので、大本営政府連絡会議という合同会議を開いて、トータルで国家の意思決定をすることにしていました。しかし、その会議の議論で出てきた数字が少しずつ違ってくると、結論も違ってくる。議論をしながら段々時間切れになってくるわけです。
太平洋に西から風が吹いてくる時期が終わってしまうと、真珠湾に奇襲攻撃が出来なくなってしまう。すでに作戦がもう用意されているから、それを中止するという決断が出来ない。一方開戦するという決断も明確に出来ないのですが、段々そうせざるを得なくなって、やらざるを得なくなっているんです。
田原:一番ひどいのは、山本五十六が、「今なら戦争出来る。1年経ったらもう戦争出来ない、今なら戦える」と言っていることですね。要するに、勝つか負けるかじゃない。今なら戦えるから戦おうと。
猪瀬:つまり、不決断で始まった戦争だったわけです。
今回の映画は、最新のイノベーションであるドローンが登場しますが、ドローンを介して得た現場の情報を基に司令部が決断を下すというのが作品のテーマになっているわけです。
猪瀬:僕は、今年の3月に『民警』という本を出したのですが、この中で紹介しているように、現在は民間警備会社がドローンを様々な形で開発しています。
実際、原発の警備もドローンを利用しないと出来ない部分があるんです。
田原:民間警備会社というのは非武装だよね。
猪瀬:日本には銃刀法があるので、自衛隊と警察、海上保安庁といった組織以外は銃器を持てない。
アメリカでは、民間軍事会社が500~600社あって、大体民営化されています。元海兵隊員なんかが、高い給料をもらってそういう会社に関わっているんです。
田原:東京五輪の時にドローン攻撃、あるいは、サイバーテロが起きる可能性がある。そういうのを止めるために、民間警備会社が様々な取り組みをしています。
猪瀬:僕はオリンピック招致の後、都知事を辞めてしまったわけですが、今の東京五輪に関わっている人たちは、全然ガバナンスがきいてないですよね。森とかドン内田とか。もうすぐ、僕は『東京の敵』という本を出しますから。
それはさておき、僕は辞めてから東京五輪の警備が心配になって、民間警備会社を歴史から徹底的に調べて『民警』という本を書いたんです。
―現在、五輪の費用をめぐり問題が紛糾していますが、都政においても映画の中であったような“決断のたらい回し”のようなことが起こるのでしょうか。
猪瀬:都政の場合、執行部としてはキチッと機能していますが、都議会というもう1つの壁があります。だから、今回の映画の話とは別ですね。
今回の映画は、内部での執行過程で、「誰がどう決めるか」という話です。主役であるヘレン・ミレンは大佐です。大佐というのは、会社で言えば部長みたいなもの。部長が一番辛い立場だからこそ、今回の主人公になっているわけです。
田原:イギリスの大佐が作戦の実行を決めるのだけど、これが上層部でたらい回しになる。このたらい回しが、今回の映画の見どころだよね。
猪瀬:現場の部長の判断に対して、役員がいたり、法務部が出て来たりということが起こる。この前、DeNAなんか、法務部がちゃんとしてないから、コピペして著作権侵害になっちゃったわけです(笑)。
実際、作中でも、シンガポールにいる外務大臣が出てきたり、外務大臣が「国務大臣に聞け」といったことが起こるわけです。
田原:自分で決断するのがイヤなんですよ。
猪瀬氏「今年度の最高傑作」
田原:もう一つ、この映画のテーマになっているのは、正義と道徳の問題ですよね。主人公のパウエル大佐(ヘレン・ミレン)は、正義を貫こうとするわけです。
猪瀬:文学と政治の論争で、「1人対99人」という言い方があります。これは、文学は一人の側に立つが、政治は99人の側に立つという意味なんです。
つまり、テロリストの隠れ家の近くにいる少女が一人いる一方で、テロリストによって殺されるかもしれない99人がいる。どちらを優先すべきか、というジレンマは、なかなか解決しがたい。
田原:以前、NHKが放送した「ハーバード白熱教室」のサンデル教授が出した例はよりシビアなものでしたね。
猪瀬:これはアフガニスタンで実際にあった例を授業で使っています。
3人の偵察部隊がタリバンの集落の農民に発見されてしまう。偵察部隊は、この農民を殺すかどうか議論するわけです。
1人は殺すべき、1人は分からない、もう1人は反対と意見が別れる。結局、この農民を殺さずに逃がしてしまった結果、偵察部隊が襲われてしまうんです。
そして、最終的に偵察部隊を救うために出動した米軍のヘリコプターが墜落させられてしまう。
この一連の出来事の中で、生き残ったのは、結局、村人を殺すか殺さないかで迷った人間だけ。ヘリの搭乗員十数人と農民を殺すことに賛成・反対した2人も死んでしまった。残った一人は、「俺があの時、迷わなかったら、みんな死ななかったな」と考えてしまうという実際に起きた話をサンデル教授は授業に使っているんです。
日本は、こういう「正義」や「決断」について考えることをあまりしないので、「アイ・イン・ザ・スカイ-世界一安全な戦場-」の中で描かれているような決断は非常に刺激になったと思う。僕は今年度「最高傑作」と言っていますよ。「君の名は。」はまだ観ていないけど(笑)。
作中の登場人物は、意思決定をキッチリとやっています。様々な条件を修正して、シミュレーションを繰り返す中でも、危機は迫ってくる。テロリストを取り逃がしたら、100人以上が確実に死ぬ。それを防ぐためには、少女を一人犠牲にしなければいけないが、その確率もミサイルの打ち込む方向によってできるだけ低くしょうと試みてはいるのですが、死ぬ確率はゼロにできたわけではない。いずれにしろ決断を迫られる。
太平洋戦争は日本の「不決断」で始まった結果、最終的に300万人の日本人が死んでいます。戦犯はいたけれど、不決断のまま、誰も責任を取らない形になってしまった。
この映画では、そういう決断のプロセスを丁寧に見せています。例えば、東京オリンピックでテロなどが起きた場合、しっかりと対策を判断できるかどうか。その一つのモデルとして、政府の関係者も観ておくべきだと思うよね。
―最後に、この映画の見どころを改めて一言ずつお願いします。
田原:「決断をする」ということが、いかに難しいかがよくわかる映画だと思います。自分が決断を避けるために、上へ上へと回していく。そのプロセスが面白い。
猪瀬:決断するということには、必ず犠牲が伴います。もし、日本が「戦争はやらない」と決断していたら、犠牲者は少なくなっていたと思います。
この映画は意思決定のプロセスをしっかりと描いているところが見どころだと思います。