「日本の戦後史となぞらえて見ることもできる」 ドイツ映画「アイヒマンを追え」クラウメ監督インタビュー - BLOGOS編集部
※この記事は2016年12月05日にBLOGOSで公開されたものです
ヒトラー政権下のドイツで行われたユダヤ人の大量虐殺。数百万人もの人々が強制収容所に送られ、命を奪われた。第二次大戦でドイツが敗北すると、ナチス戦犯への責任追及が厳しく行われたが、ユダヤ人移送を指揮したアドルフ・アイヒマンは海外に逃亡した。この大物戦犯をめぐる追跡劇をテーマにしたドイツ映画「アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男」が、日本の劇場で2017年1月7日に公開される。
史実をもとにしたこの映画の主人公は、ドイツ・ヘッセン州の検事長を務めるフリッツ・バウアー。ナチスの戦争犯罪の告発に執念を燃やすが、政治・経済の中枢に元ナチ党員が残る戦後のドイツ社会で孤軍奮闘を強いられる。逆境の中でも信念を貫こうとする老検事。その姿をドラマティックに描いた「アイヒマンを追え!」は高く評価され、ドイツ映画賞で作品賞など6部門を受賞した。
いまから半世紀前のドイツを舞台にした映画だが、戦争責任との向き合い方など、日本が抱えてきた課題と重なる部分も少なくない。映画の製作者は、現代の日本で暮らす私たちに、どのようなメッセージを伝えたいのか。劇場公開を前に来日したラース・クラウメ監督にインタビューした。(取材・執筆:亀松太郎)
「ハンナ・アーレント」と共通する問いかけ
――ナチ戦犯アイヒマンに関する映画といえば、女性政治哲学者の孤高の戦いを描いた「ハンナ・アーレント」(ドイツ・ルクセンブルク・フランス合作)が2013年に日本で公開され、大きな反響を呼びました。「アイヒマンを追え!」と「ハンナ・アーレント」は、どのような関連性があるとお考えでしょうか?
「ハンナ・アーレント」に興味を持った人ならば、きっと「アイヒマンを追え!」の主人公フリッツ・バウアーにも興味をもってもらえると思います。同じ時代、同じ題材を扱っているということもありますが、2つの映画は同じような問いかけと向き合っているからです。
「ハンナ・アーレント」は、周囲の人々にとって聞き心地の良くない意見をあえて公表した結果、強い圧力にさらされる女性を描いています。「アイヒマンを追え!」は政治スリラーという側面もありますが、ハンナ・アーレントと同じような行動をするキャラクターが中心にいる映画です。
ハンナ・アーレントの姿にインスピレーションを感じた観客であれば、手強い敵が周りにいたにもかかわらず、ゴールに向かって戦い続けたフリッツ・バウアーの姿にも、きっとインスピレーションを感じてもらえるでしょう。
――自分と異なる意見の人に囲まれている中で意志を貫き続けるのは、現実の社会ではとても難しいことです。なぜ、バウアーは意志を貫くことができたのでしょうか?
バウアーは、必ずしも大きな成功をおさめたとは言えませんが、さまざな努力を続けて、功績を残しました。何が彼を突き動かしたのか。一つには、1934年に政治犯の収容所に収容され、政治的な転向を余儀なくされた体験が影響しているのだろうと考えられます。
もう一つは、独裁政治を経験していることが大きかったのではないかと思います。我々は生まれながらにして自由を享受し、そのために戦ったことがありませんが、バウアーは違います。そのような経験が、彼の強い信念を生み出したのではないでしょうか。
自分たちの国の「過去」とどう向き合うか?
――現在の日本で生活する私たちにとって、この映画の舞台である1960年前後のドイツは、時間的にも空間的にも遠く離れた世界だと言えます。日本の観客は、この映画をどう見ればいいでしょうか?
フリッツ・バウアーというキャラクターは、昔から存在するヒーロー像と重なる部分があるので、観客の年齢や国籍を問わず、すべての人にインスピレーションを与えてくれると思います。もちろん、日本人にも。
彼が守ろうとした民主主義やヒューマニズム、正義といった価値は、世界中の人々を一つにしてくれます。これは半世紀前のドイツの物語ですが、観客はそれぞれ、自分の国になぞらえて見ることができるでしょう。自分たちの国が過去とどう向き合うか、若い人々に民主主義をどう植え付けていくかについて、思いをめぐらすことができるでしょう。
たとえば、スペインの人々は、フランコ政権から社会がどう変わらねばならなかったかという課題を頭に描きながら、この映画を見ました。もしいま、エジプトでこの映画を上映したら、おそらく民主化のプロセスとなぞらえて見てもらえるのではないでしょうか。日本も同様だろうと思います。
――フリッツ・バウアーの生き方から、我々が何か学べることはあるでしょうか?
この映画から学べることの一つは、民主国家と宣言したからと言って、すぐにその国が民主化するわけではないということです。ドイツという国は「ファシズムの国」から「民主主義の国」へ変わることを学ばなければなりませんでした。新しい憲法は1948年に制定されましたが、それによってすぐ、みんなが民主主義者になるわけではないのです。
映画の中に、バウアーが若者たちと対話するシーンが出てきます。若者に「ドイツ人としての誇りは何か」と問われて、彼は「過去から受け継いだものを誇らしく思うのではなく、自分たちの手で作り上げたものだけを誇らしく思え」という回答をしました。
バウアーの民主主義やヒューマニズムに対する信念は、我々にインスピレーションを与えてくれます。国によって状況は違いますが、彼のメッセージは普遍的なものだと思います。