大丈夫?クールジャパン - 吉川圭三

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※この記事は2016年11月28日にBLOGOSで公開されたものです

11月末、中国のテレビ制作者達が大勢で来日し私の3時間に渡る「面白いテレビの作り方」についてのレクチャーを聞きに来る。前回BLOGOSでお伝えした通り、中国における「日本のテレビに学べ」熱は熱く、「リアリティショーの元祖」としてニューヨークタイムズにも特集記事が掲載された「進め!電波少年」のTプロデューサーこと土屋敏男も来月遂に中国に足を踏み入れることになりそうだ。日本とは比較にならない程の巨額予算で、還暦を迎えてもまだまだアウトローなテレビ屋である土屋が中国サイドスタッフと中国政府の「ラジオ・テレビ・新聞総局」の規制の目を潜りながら一体何をやらかすのか?今から楽しみである。

一方、私は4月・10月とフランス・カンヌのMIP国際映像見本市に参加した。今、専門のドキュメンタリーに関して言えば英国・米国が優勢でフランスが息を吹き返していたのが印象的であった。ドラマはハリウッドのユニバーサル映画等の巨大スタジオ(本当は独立プロダクションが制作していることが多い)と英国BBC・ITV等の勢いが衰えず、韓国勢も虎視眈々と世界マーケットを狙っている。後は番組の企画とノウハウを売る「フォーマット販売」の盛況だ。堂々と「電波少年」をパクリ、世界中にリアリティショー他の企画を販売しているオランダの大企業エンデモール社も健在、ヨーロッパ最大のメディアグループであるドイツ・RTLグループ傘下の世界最大のテレビ制作会社・英国のフリーマントル・メディア社(元・英テムズテレビ)もフォーマット・ドラマ販売で鼻息が荒い。

しかしこのフォーマット販売、我が日本での成功例はみのもんた司会の「クイズミリオネア」のみである。また、あの2001年に始まった日本テレビの「\マネーの虎」は米ソニー・ピクチャーズを通じ世界25カ国に「ドラゴンズ・デン」と言う名で販売され、米国では「シャーク・タンク」として大成功した。筆者の見解だが、「マネ虎」とそっくりの企画、当時ジリ貧だったドナルド・トランプを全米で有名にした「ザ・アプレンティス」は2004年から放送されたが、私も良く知るある英国人プロデューサーによってパクられたとかなり確信的に推定できる。 だから、先日も「マネーの虎」創設者の栗原甚と企画決定者・当時の編成部長の土屋敏男に「あの息も絶え絶えだったトランプの息をテレビ出演で吹き返えさせたのは、遠因としてあんたらの責任も一部ある」等と冗談で伝えたら彼らは腹を抱えて笑っていた。これがあながち冗談とも言えないところが恐ろしい所である。

ここで、本題に入る。「クールジャパン」の事である。この活動を私が初めて この目で見たのは、今年10月のカンヌMIPでのことである。10月は「ジャパン・ウイーク」と称し様々な所に「ジャパニーズ・コンテンツ」の看板・イベント・トークセッションが行われていた。関係者によるとこれも「クールジャパン戦略」の一環であると言う。大きな「ジャパニーズブース」のテントもある。ただ、前を通った時にちょっとのぞいたが、中には人もそぞろ。入口に立っている下駄をはき浴衣を着たちょんまげの被りモノを乗せ日本酒を配っている東洋人らしい若者も所在無さげである。ニッポン主催のパーティが行われるらしいが日本から本物の「ゲイシャガール」を何人か呼んでいるのだが、現地では髪結いが出来ないので日本で結ってから来仏し彼女たちは1週間ほど髪を洗ってはいけないらしいと聞き、気の毒に思う。このパーティの主催者・演出者は「日本=ゲイシャガール」というステレオタイプから逃れられなかったのだろうかか?そう言えば、2015年6月のカンヌ映画祭の日本サイドのパーティでゆるきゃらの「くまモン」を呼んだことに映画監督の是枝裕和さんが少し苦言を呈していた事を思い出す。おそらく私も外国の方々に「くまモン」と日本映画の関係は何だかわからなかったと思う。これも「クールジャパン」の歪曲的内輪受け解釈の一つだろうか。

12月号の雑誌「ウエッジ」は「クールジャパンの不都合な真実」と称し、意味深い苦言・提言を挙げている。官制の日本エンターテイメント産業再生会社ANEWS(All Nippon Entertaiment Works)は60億円の公的資金を投入し日本製コンテンツのハリウッド進出を狙っているが設立から5年で成果を挙げられず赤字垂れ流し。映画プロデューサーのヒロ・マスダ氏によれば、日本政府はLAの日本総領事館でクールジャパンに関係が深いとしてあのロボット対戦映画「トランスフォーマー」のプロデューサーを表彰したのだが、あの映画は日本のタカラトミー製合金玩具をモチーフにしているが、巨大市場中国等の「トランスフォーマー」が大ヒットした国の映画観賞者があの作品で日本を感じ、それが日本のコンテンツ産業に跳ね返って来るとは言い難いと言う。ここにも、「くまモン」と同様の官民の「クールジャパン」に対する違和感・齟齬(そご)がある。

「ダークナイト」や「インターステラー」、ハリウッド製「ゴジラ」を製作したヒット連発のウォール街の大物投資家トーマス・タルが設立した映画制作会社レジェンダリー・エンターテイメントも中国最大の不動産コングロマリット「大連万達グループ」によって買収され「ゴジラ2」は大連万達が青島にオープンさせる総工費8000億円の世界最先端の撮影施設で撮影されることになるそうだ。映画・ドラマ産業も構造変化をしておりインターネット配信等にハリウッドのビジネスマン・映画人は商機を見出している。マスダ氏は続ける「日本のクールジャパンのANEWSが夢見る『いつかハリウッドの誰かが夢を叶えてくれる』というのでは解決しない・・・日本のクリエイティブ産業の発展に対し無責任な人達が無責任な未来を設計する様な政策は許してはならない。」と結んだ。

また、同紙でのクールジャパン機構への苦言が続く。投資の対象は漫画・アニメ・ファッション・食・伝統工芸である。私が驚いたのはラーメンチェーンの「一風堂」に7億の出資をする等の投資案件である。一体、NYやパリやロンドンやドバイに「一風堂」のラーメン店が増えても、日本国にとってどんなイメージ戦略になっているのだろうか?確かに先日、私が行ったモスクワでも世界中でも日本食は大人気だが、経営はロシア人であったり、英国人であったり、インド人であったり、香港人であることも少なくない。まがい物でインチキな日本食も沢山ある。もし、食による日本文化の素晴らしさの伝播を考えしっかりした利益を得るのであればもっと日本中の食のプロ達や海外メディア・ビジネスの専門家と戦略を練るべきだしその目的を明確化しなければならないと思うのだが。

そして私は「クールジャパン」やそれに類する施策より何よりも大事なのは「国策としてのコンテンツを制作するクリエーター育成システムと報酬・労働環境の整備」だと思う。私が知る限り日本における映画・アニメ・演劇・漫画クリエーターの環境はアメリカ・フランス・英国・ドイツ等に比べて極めて劣悪である。これらの国はクリエーターにお金が回るシステムと労働環境がしっかり考えられている。

日本においては私が働いていたテレビ業界や広告業界は劣悪だと指摘されてもまだ良いほうである。制作上の諸々の問題などあるとしても他の業界と比較しても、最もリッチかもしれない。「ウエッジ」紙によると、カンヌ国際映画祭で受賞歴のある深田晃司監督は照明助手から映画界に入ったが、37時間ぶっ通しで働いて「報酬なし」。「いつか映画監督」を目指して結婚式場で上映される映像制作のアルバイトでどうにか食いつないでいたと言う。あの園子温監督も最近「アメリカや中国の新人監督のデビュー作の予算が1億」以上と聞いて倒れそうになったという。日本ではせいぜい1000万円あれば良い方であろう。園監督自身もつい最近までは4畳半の風呂トイレが部屋に無いアパート暮らしであったというから驚く。

因みに1977年公開の「スターウォーズ」第1作は全世界で当時破格の1億1700万ドル(250億円)の興行収入を得たが、ルーカスの監督料は約5000万円。したたかなルーカスはスターウォーズのグッズ等の全商標権を獲得していたので膨大な利益を上げ制作スタッフ達に還元したという。ルーカスの条件を呑み込んだハリウッドも凄いが、ルーカスもしたたかだ。・・・ちなみに今年日本で大ヒットした2本の映画の正確な制作費を知り、私は驚いた。「でも、DVDで発売される時に監督や脚本家に還元されるのでしょうね?」と専門家に聞いたらその料率(還元率)の余りの低さに腰が砕けそうになった。

漫画家の今野涼氏(2013年スピリット賞受賞)もアシスタント時代1日15時間働いて日給7000円がザラだったと言う。演劇も30日間毎日12時間稽古して報酬なしで、しかも親戚・友人に切符を何枚も売らされる・・・などはザラに聞く話である。「好きだからタダで良いだろう?」では言いわけにならない日本の貧困さだ。

「国はすぐお金になりそうなことばかりしている。コンテンツクリエーターを本気で育てているようには見えないし、楽なことをしている印象だ。」と「クールジャパン拠点構築検討会」の関係者は語ったと言う。

昨年秋私が訪れたオランダのIDFA(国際ドキュメンタリーフェスティバル)は世界最大のドキュメンタリーのマーケットだが、各国からクリエーターが集まってプロモーションの10分程度の映像を見せて世界中の放送局や映画関係者からの資金を募るシステムだが、ここにはプロデュースのプロもいるがコンテンツに目が利き金をかき集めて来る投資のプロもいる。「クールジャパン」等の絵に書いた餅より「夢と志のある人の制作資金や衣食住を最低限満たせる資金を得られる。しかも成功すれば次回作も作れる。」サクセスストーリーのビジネスの仕組みがここにはある。映画では米国の「サンダンス映画祭」が同様の仕組みを構築した。政治家が日本におけるサブカルチャーブームに便乗しコスプレをして「若者の支持を得た」とか言って浮かれている場合ではないのだ。

最後に、最近ある内外の映画・ドラマ事情に詳しい友人の映画研究家から聞いたある話である。私は映画ファンであると同時に「映画についての本」を読むのが好きだ。それも作品のメイキング・監督・プロデューサー・脚本家についての本を読みあさっている。私もコンテンツメイカーであるので、良い本を見つけた時にはまさに「お宝」である。ただ最近ある事に気付いた。「なぜこんな名作を作って来た監督やプロデューサーや原案者・脚本家の本が出版されていないのだ?」

友人の研究家の方が丁寧に答えてくれた。「吉川さん。もしスタッフサイドの本のプランを出しても出版社は絶対に売れないと言って企画を通してくれません。」私は呆然とした。友人が続ける。「最近ではあの黒澤明の本も難しくなっていますよ。」それはあるアメリカ人の在日経験のある映画研究家が調べに調べた分厚い英語で書かれた黒澤明の本の翻訳本の売れ行きの不調を指していた。確かに日本の環境の中、若者で「黒澤に学ぶぼうとする者」は少数派であろう。

そういえば昨年、ある著名な日本の映画人と夕食を共にした時、その方はスマートフォンを取りだしアプリで自分の顔と孫の顔がアッと言う間に2分間の見事なショートムービーになっているのを見せて
「吉川さん。日本でこれに勝てるコンテンツってあるんですかね?」
と自嘲気味に言い放った事が思い出される。

海外の映画事情に詳しい研究家は続ける「しかし、吉川さん。アメリカではエデュケーション(映画教育)目的の本であれば撮影風景の写真も、セットの図面も、絵コンテも著作権が格安で映画本が出しやすいシステムがあるのです。」
これを聞いて呆然とした。今年2月私がLAで見たあの映画専門書店の大きな棚に並ぶ古今東西(クロサワ~ヒッチコックまで)映画の制作にまつわる本の山にはそんな秘密があったのだ。もしかしたら、これは彼我の大学における映画制作教育にもこの環境は影響を及ぼしているのだろうか?

先日話したNY大学の映画学科出身の日本人映画監督によると映画の好き嫌いはともかくも、映画史に深い造詣を持ち、ルキノ・ヴィスコンティ監督や溝口健二監督の古い映画を資金調達しデジタル修復したマーティン・スコセッシ監督の授業がどきどき(月一程度!)あったと言う。・・・そうか、もうここで負けてるわ。と私は思うのである。比較にならぬが不肖私にも大学でのコンテンツ制作実践論講座の依頼がきて迷っているが、世界のリアリティーショーの元祖「電波少年」のTプロデューサーこと土屋敏男の授業とか日本の大学でやればいいのにとも思った。だが今度彼が行く北京で中国サイドのスタッフはきっと必死で土屋から学ぶのであろう事は想像出来る。100人のうち一人育てば歴史が変わるかも知れない。・・・さあどうなる?ジャパニーズ・コンテンツ。

「クリエーターを食わせること」と「クリエーター志望者をしっかり教育すること」と「十分な資金の調達とコンテンツファンドの充実」が急務である。・・・そう。クールジャパン等と称し国費でカンヌに「ゲイシャガール」や「くまモン」を連れて行ってる場合ではないのである。まずコンテンツの質的向上と予算調達の仕組み。

寝食を惜しんで、必死で汗をかいて、才能のある若者を「国家の文化的宣伝」称し搾取してばかりで育成せず十分な報酬を与えない表現ビジネス業界に決して明日はないのである。